アランと次期侯爵
「そこで立派な立派なモリス侯爵令息にお願いよ。本当にリーネに申し訳ないと思うならちょっと評判を落としてくださらない?あなた達が評判を上げれば上げるほどリーネの立場が悪くなっている様な気がするの。ええそうね、もう王都の学園に通うわけではないわ。でもセレーナ嬢の指示で悪役令嬢の真似事なんてやらされていたのに、『あんな奇天烈な格好をしていたのだからアラン様が愛想尽かすのは当然だ』なんて学園では噂されているのよ、非道いと思わない?それもこれもあなたが立派だからだわ。」
「それは!父も私もリーネには非が無いと言い続けて」
「リーネなんて呼ばないで頂戴!!」
俺の言葉を遮るようにトウプチ先生は立ち上がると、怒鳴りつけられた。
思わず口を噤む。
「リーネは身内で呼んでいる大事な名前よ!あなたみたいな卑怯者に呼ばせるような名前じゃないのよ!!」
はく、と動いた口からは空気だけが漏れた。
グッと拳を握る。
「は……!被害者みたいなお顔がお上手ねえ。加害者だと言うのに!そうやって卒業までにどんどん評判は上がっていくんでしょうね!あなたなら立派な家の御令嬢と婚約するのでしょう、リーネは悪評がついたと言うのに!」
「そんなことは!」
「『アラン様は立派な方だから自分が悪いと周りに言っているが、断罪劇は催しだったのに本気にして田舎に帰ったハーフナー伯爵令嬢は愚か者』ですって!学園には名誉回復が著しいあなたの婚約者のポストに収まりたい御令嬢が沢山いるみたい!さすがは皆の麗しの君ね!頼まなくてもあなたの名誉回復を手伝ってくれているわ!」
思わず瞠目してしまった。
なんて事だ。
落ちぶれている時は皆好き勝手に俺を貶していたはずだ。
しかし俺が次期侯爵の座から下りないようだと思えば、皆方向転換だ。
俺を持ち上げるためにリーネを下げているのだ。
そんな事になっているなど!!!
「彼女の名誉も回復させます!必ず!」
気が付けば立ち上がり宣誓していた。
「どうやって?」
鼻で笑われる。
「リーネの噂がどうなっているのか知りもしなかったあなたが一体どうやって?……あらあら!知らなかったのに責めないでみたいな顔なさっているわね。知らないは免罪符にはならないわよ?」
「わかっています!」
「わかっていないわ!!」
反射的に言った俺の言葉に間髪入れず怒鳴り返される。
「わかってなどいない!!思っているのでしょう?!自分も騙されたんだって!ずっとそんな顔をしているわ!だからこうして薄い反省を盾に、他人事のような態度でのうのうと私たちの前に現れることができるのよ!」
サーと指先から冷たくなる。
トウプチ先生は凍りついたように立ち尽くす俺を射抜くように睨みつけた。
「リーネはあんたなんかには勿体無いってずっと思っていたわ!!リーネはねえ!あなた達兄妹の人生の踏み台じゃあないのよ!そんな扱いをしていい子じゃないの!絶対に違う!!違うわ!!」
トウプチ先生はそこまで言うと詰まったように黙り込み、そして勢いよく踵を返して部屋を出て行ってしまった。
静まり返る部屋。
俺は動くことができない。
「まあ、座れば?」
まるで何もなかったかのような軽い口調で言われる。
言われるがままぎこちなく座るも自分でもどこを見ているのかわからない。
「ま、もともと君との婚約は周りの貴族にも妬まれてたんだ。そんな中婚約破棄だなんて格好のネタだよねえ。ハーフナー領の近隣でもいろんな憶測が飛んでるよ。まあ君のお父さんも私達も火消しはしているんだけれど、学園の中までは、ねえ?」
次期侯爵の話が耳を通り過ぎていく。
と、思い出したように膝を叩いた。
「ああそうそう、君との婚約が無くなってからすぐはリーネにも中央貴族から婚約の申し込みが立て続けに来ていたんだ。」
一気に現実に戻される。
バッと次期侯爵の方を見る。
「本人無自覚だけれど学園では随分人気があったみたいだね?ま、でも今は瑕疵がついたリーネを貰ってやるからハーフナー領の農作物の利権をよこせだとか、品種改良した苗をよこせだとか随分上からの婚約の申し込みが来る様になったみたいで、リーネの父親が憤慨していたよ。」
呆れたような笑い声が冷え切った部屋に響き「モリス侯爵令息」と静かに呼びかけられる。
「最初は正しくリーネが被害者だと思われていたが、今は違う。」
そう言うと彼は足を組んだ。
「君達に大した罰がないのはリーネが望んだからだ。ところが罰が緩いから君達のしたことは大したことがないと皆思っているんだよ。モリス侯爵が制裁を加えたからセレーナ嬢の取り巻きのカーティス子爵家もマーチ男爵家も瀕死寸前だ。侯爵家の婚約を潰したんだ。当然だよね。でも潰れてはいない。……ああ、そうかそうか!そういえば君達は同じ派閥だったか!」
そうだったそうだったと、おどけたように言うが目は笑っていない。
同じ派閥同士で庇っている、そう仄めかしている。
「この調子だと修道院に行っているとはいえ評判のいい彼女たちは、高等部に上がる頃には何事もなかったように戻ってくるだろうねえ。高位貴族にも問題なく嫁げそうだ。結局瑕疵がついたのはリーネだけだった。理不尽な話だと思わないかい?」
「それは」「まっ、学園内のトラブルにそこまで目くじら立てるなって貴族も多いしね。」
じっとこちらを見る。
とうとう堪えきれず顔を背けてしまった。
「だから王都にいないリーネに名誉回復などあるはずもない。」
見ずともわかるくらい次期侯爵の視線が鋭く突き刺さる。
「この件、君に責任が取れるだなんて思えないなあ。」
人当たりのいい喋り口。
しかし俺の胸をザクザクと抉る。
静まり返った部屋に彼の低い笑い声がよく聞こえる。
「ステラの言う通り、よくよく君は茶番が好きなようだ。」
エイレン次期侯爵は組んだ足を戻すとサッと雰囲気を変えた。
「しかし私はまったく楽しめないんだよ。よほど君とは感性が違うらしい…………アレフレッド!」
控えていた執事であろう人物が返事をする。
「お客様がお帰りだ。お送りして差し上げろ。」
俺を鋭く見据えながら執事に命じる。
思わず口を開いた。
何か言わなければと。
しかし
何を?
そこからはどうやって帰ってきたのか、全く覚えていない。
よく顔を出せたな。
エイレン次期侯爵夫妻の態度は一貫してこれだった。
刺すような言葉の数々はすべて図星だった。
それなりの結果を出した俺を評価してもらえるのではないかと期待していた事も、見透かされていた。
そしてあわよくば……リーネの話が聞けるんじゃないかと思っていた事もお見通しだろう。
自覚すれば脳天気にエイレン侯爵家に行った事自体恥ずかしくてたまらない。
現実はそれどころじゃなかったと言うのに。
俺は自分の名誉回復ばかりに必死でリーネの噂がそんなことになっていることすら知らなかった。
情けなさに唇を噛む。
俺は
俺は一体どうしたらいいんだ




