悪役令嬢とは
先に手紙が届いたのはアラン様の妹のセレーナ様。
封を開ければいい香りがした。
これが王都の匂いかと鼻をクンクン鳴らす。
手紙はアラン様との婚約をお祝いする言葉から始まり、学年が同じになるので学園のことは教えるから心配しなくても大丈夫だ、とこちらを気遣ってくれている文章が続く。
そして私が王都に来るのが待ち遠しく、とても楽しみだと締められていた。
セレーナ様と手紙をやり取りを重ねていると、とうとうアラン様からもお手紙が届いた。
婚約が成った挨拶の手紙だった。
何度も名前を確認し本当に夢ではないのかと自分をつねったり叩いたり。
そうしてもう何度も手紙をみては侯爵家の便箋や封蝋の紋を確認して「本物だわ……」と呟きながらまたつねったり叩いたり、その日は1日落ち着かなく過ごした。
セレーナ様は筆まめらしくお手紙をたくさんくれる。
私はそれが嬉しくてせっせとお返事を書く。
手紙とはいえ同じ年の女の子とこんなにお話したのが初めてで私は舞い上がっていた。
私は本来なら中等部一年生。
この辺りは東の辺境伯領が近く、皆そこの王立学園に通う。
私も一学期が終わり夏の長期休暇に入るまではそこに通っていた。
過去形なのは、今は通っていないから。
クラスメイトと上手く話せず、孤立してしまったのだ。
この国の中等部には飛び級がある。
私は逃げるように中等部の単位は全部取ってしまい、学園に行かなくなった。
クラスに馴染めなかった理由はわかっている。
ハーフナー伯爵家オタク一家
学園に行くようになり初めて家がそんな風に言われている事を知った。
父は肥料や虫や植物の病気の興味が止まらない農業オタク。
上の兄はからくりや道具好きの農具開発オタク。
下の兄は地理と天候オタクだ。
そして私は実験と計算式オタク。
父や兄達の手伝いをしているうちに、記録したり、それを数値にしたりコツコツ何かを積み重ねるのが大好きになってしまった。
その為家族で話せば農業の話になり止まらない。
お母様が頃合いを見て止めてくれなければ、いつまででも話しているだろう。
そしてこれが異端と言う事を私は中等部に入るまで知らなかったのだ。
畑や数学の話しかしない私にクラスメイトはそっと距離を置いた。
孤立して初めて普通のご令嬢はそんな話をしないと知り、消えてしまいたいくらい恥ずかしかった。
すっかり引きこもった私に「恥ずかしがり屋のリーネ。」と父や兄達は揶揄って、故に友達ができなかったと思われているけれど、そうじゃない。
単に誰とも仲良くなれなかっただけだ。
幸い辺境の貴族は中等部は通わず高等部から学園入りする貴族も多く、ひきこもっても誰にも責められることはなかった。
それがまた学園に通う?
不安でいっぱいだったが、セレーナ様からお手紙をもらえた。
それだけでどれだけ力になっただろうか。
本当はクラスメイトとも仲良くしてみたい。
そして憧れのアラン様とも自信を持って話してみたい。
夢のような未来に不安と期待が入り混じりながらの手紙をセレーナ様に書く。
するとまるでこちらの不安を見透かしたように王都や学園やアラン様の様子を事細かに教えてくれるようになった。
何よりセレーナ様の手紙で楽しみなのはアラン様の事。
アラン様はクール王子と呼ばれ学園の令嬢に人気があること。
しかし見ていて令嬢達が気の毒になる程の塩対応であること。
定期的に開かれる優秀な学園生を集めた勉強会といわれる会を楽しみにしていることや、隠しているが甘いものが好きなこと、などなど。
妹のセレーナ様だから知るアラン様の様子に心が躍り何度も読み返した。
クールなアラン様と話すのは勇気がいりそうだ、と手紙に書いたところ届いた返事には聞いたこともない言葉が書かれていた。
『兄はどうやら普通のご令嬢はつまらないらしく、だからこその塩対応なのです。これは内緒ですが本当は悪役令嬢のような女性が好きなようです。ですので遠慮などせず堂々と話しかければいいのですよ。』
初めて聞く言葉だった。
悪役令嬢……それは一体。
『平民あがりの男爵家が気軽に殿下に話しかけるなど身の程知らずな!わきまえなさい!』
「へええ……」
間抜けな声を出しながらセリフにアンダーラインをひく。
私は悪役令嬢断罪ものなる小説を読んでいる。
この類の本や舞台が王都だけでなく地方でも女性を中心に流行っているらしいのだ。
上の兄に聞いたところ「ええ!お前知らないのか?!」と逆に馬鹿にされてしまった。
うーん。
創作とはいえ『平民上がりの男爵令嬢が王子に見初められ、婚約者の公爵令嬢を押し退けて王妃になる』というありえない話なのだが、そこがいいのだろうか?
勧善懲悪というにはあまりにも公爵令嬢が正しいと言わざるを得ず……
作品によりけりだが、婚約者の公爵令嬢は国外追放されたり処刑されてしまったり。
なかなかどうして気の毒としか言いようがない。
乙女の夢だけを詰めたような話なので男性には不人気というのも頷ける。
それゆえかアラン様は周りにはこのような小説を好んでいることをまわりに隠しているらしい。
悪役令嬢のような人が好みだという話も、セレーナ様が勉強を教えてもらいにアラン様の部屋に入ったところ偶然机の上の小説を目にしてしまい、動揺したアラン様がポロリと漏らしてしまったらしい。
侯爵夫妻や両親から聞くアラン様は冷静沈着を絵に描いたようなクールな方だった。
そんなアラン様が動揺するなど、よほど隠したいのだろうな。
そう思うとくすくすと笑いがこぼれる。
なんだか遠い存在と思っていたアラン様が急に近くに感じられた。
とはいえ、小説の悪役令嬢は私とはおそろしいほど真逆の性格の令嬢だったのだけれども……。
アラン様とうまくやれるかしら……いいえ、セレーナ様がきっと協力すると言ってくださったから大丈夫よ。
自分を奮い立たせる。
そうしているうちに、まだまだ先だと思われていた王都への出発はあっという間にやってきたのだった。




