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アランの口から溢れる想いは

ランチの時間はいつも通りすぎた。

寂しく思っているのは俺だけだ。

そんな事を思い苦笑する。


いつも通りのリーネに少し物足りなさを感じながらサンドイッチを食べ終わる。

するとなんだかリーネがソワソワと落ち着かない様子に思えた。


俺の願望だろうか?


いや、やはり何か言いたいことでもあるかのようにモジモジとしている様に見える。


何か言いたいこと?


自分の考えに心臓が音を立てる。

すると徐にリーネが口を開いた。


「アラン様……手紙を手渡すことをお許しいただけますか……?」


「え?」


おずおずと差し出される手紙を持つ手は震えている。

リーネの顔を見れば慌てたように目を逸らし、みるみる真っ赤になっていった。

見ているのが申し訳なくなる程に。


思わずこちらまで顔が熱くなる。

体の底から溢れてくる期待に体が震えそうになる。

手紙を受け取ろうと手を差し出そうとしたが、きっと俺の手も逸る気持ちに震えているだろうと一瞬躊躇した。


そのためらいに気付いたのか、リーネは慌てた様に手を引っ込めた。


「あ……もも申し訳ありません!手紙を……手渡すなんて……本当に…………っ!」


そう言いながら勢いよく立ち上がった。


「違う!」


思わず俺も立ち上がる。

ああ、つまらぬ見栄のためにあらぬ誤解をさせてしまった!


恥ずかしさのあまりか勢いよく振り返り立ち去ろうとする彼女になおも言い募ろうとした時だった。




グラっと彼女の体が傾く。


「危ない!」



思わず彼女の腕をつかむ。


ボスン


自身の体に勢いよく彼女の体重がかかる心地がした事に安堵する。



「よかった……」


「ご……ごめんなさい……」


足がもつれ倒れそうになったリーネを無事受け止めた。

彼女は小柄なせいかすっぽり俺の腕におさまってしまった。


布越しに彼女の体温を感じ、身体が強張った。


これはダメだ。

すぐに彼女を引き離さなくては。


そう思うのに受け止めた腕を緩める事ができない。


時が止まったかの様にお互いの体温を感じ、私たちは動けなくなってしまった。


そっと腕の中に目を落とすとリーネの震えるまつ毛が見える。


心臓が掴まれた様に苦しい。



何度考えただろうか。


彼女の美しい琥珀の瞳を縁取る長いまつ毛に唇で触れてみたいと。


俺の吐息をまぶたで受けたなら、リーネはその頬を赤く染めてくれるだろうか


何度想像し、そして打ち消しただろう。

婚約者がいる自分が考えていい事ではないと。


しかしずっと気付かぬふりをしていた感情がとうとう誤魔化せなくなってしまった。

そしてきっと彼女も俺と同じ気持ちに違いないと確信にも似たことを思う。


そして応える事などできないというのに堪えきれなくなった。


「俺には……想い人がいる……。」


リーネは黙って聞いている。


「だが…」


そこでなんとか口を閉じる。

これ以上は言うべきではない。

もう一人の自分はそう声を上げている。

しかし俺の口はあっさりと続きを口にしてしまった。


「その人は…婚約者ではないんだ…」


ああ、なんて曖昧で卑怯な物言いだろうか!


応えることはできないと思いながら、自分の想いは伝えたいなど!


しかしリーネの体温を知ってしまった途端抑えきれなくなった。


「はい……」


悲しげな声で返事をするリーネ。

彼女もわかっているのだ。私が応えられないと思っていることに。


思わずリーネを包む腕に力が入る。

しかし逆らうように押し返された。


リーネはさっきまでの事など何も無かったかの様に、あっという間に体を離すとバスケットを手に取る。


「ではまた……!」


言いながら小リスが逃げる様に扉の向こうに行ってしまった。


一人畑に残され俯き自身の手をじっと見る。

残滓のように残っていた彼女の体温もあっという間に無くなってしまった。


そしてふと落ちている手紙がふと目に入った。

ふらついた時に落としたらしい。


(リーネから俺宛ての手紙)


手紙を拾い泥を払うともう一度ベンチに座り、封を開けた。


彼女はこちらに顔を向けずに帰って行った。

ズキリと胸が痛んだ。

呆れられて当然だ。


そう思いながら手紙に目を通す。


直接手紙を渡す事を許して欲しいと文章から始まり、リーネが毎日俺と話すのがどれだけ楽しいと思っているか。どれだけ俺が彼女を楽しませているか、事細かに書かれていた。

そうして、口が重い事を気にしていたが、それは俺が思慮深いからだと。

誰も傷付けない言葉を選んで話しているだけだと。


心が震える。


彼女の目には一体俺はどんな風に映っていたのだろう。

これじゃあ口下手が、まるで長所じゃないか。


手紙を畳み、丁寧に封筒に戻す。


最後までは読めなかった。

こんな真っ直ぐで純粋な気持ちを綴ってくれていたというのに俺はなんて不誠実なんだろう。


グっと喉が鳴る。


リーネは、ではまたと言った。

しかし本当に来るとは思えない。

だからといって誘う事もできない。

それは婚約者のいる自分がしていいことではない。


唇をかむ。

俺に落ち込む権利など無い。


リーネは最後どんな顔をしていただろうか。

あの時見えなかった。



期待、恋心、抑えきれない想い。



俺が今まで見ないように押し込めていたものが、蓋が開いたように次々目の前に現れる。


(ハーフナー伯爵令嬢さえ居なければ)


最後に現れたのは黒い感情だった。

慌てて払うようにかぶりを振った。


しかしそれは何度頭を振ろうとも、こびりついたように離れては行かなかったのだった。


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