アランと悪役令嬢
今日は妹のセレーナと夕食が一緒になった。
うちの家は朝食は皆揃って食べるが夜は大抵父親が忙しく一緒ではない。
母親は父親と食べるため必然的にセレーナと二人になるのだが、それもまちまちだ。
二人で食事をする時は大抵セレーナが一方的に学校や友達の話をしているので適当に相槌を打っている。
そして今日はふと思い出したかの様にこう言い出したのだ。
「お兄様、キャリーが最近は悪役令嬢断罪劇の話ばかりするんではなくて?」
「確かにその通りだが、何故知ってる?」
そこまで言って何故知っているかを思い至る。
「お父様に面倒を見てあげろと言わているもの。同じクラスだし仕方ないわ。とは言えキャリーはクラスから浮いてしまっているから放っておいては可哀想で……最初はおとなしかったのだけれどもねえ。」
セレーナの言葉に少なからず驚く。
「随分面倒見がいいんだな。」
いつまでも我が儘な妹だと思っていたが、いつの間にやら人の世話を焼けるほどには成長していたらしい。
「まあ、お兄様!私ももう学園生。いつまでも子供じゃないのよ。」
憤慨したように言っていたがすぐに気を取り直すように咳払いをすると、先ほどの話の続きを口にする。
「どうやらお兄様に誘ってもらいたい様よ、キャリーは。」
思わず目を丸くした。
「悪役令嬢断罪劇の舞台に?」
「ええ、舞台もそうだし、小説も貸してと言われると思っているみたいだわ。」
「まさか。」
「そのまさかなのよ、お兄様。」
「悪役令嬢断罪劇など好む高位貴族など居ないだろう?」
劇で悪役令嬢と言われ断罪されるのは高位貴族の令嬢だ。
そうして断罪後王子様は平民と結婚するのが定番だ。
そんなものみたい高位貴族などいない。
「ええ……キャリーは田舎貴族だからピンと来ないのかも。私からそれとなく誘われることはないのではと言ったのだけれどね。キャリーはずっと悪役令嬢に憧れがあるらしくて。」
「悪役令嬢に憧れ?だからあんなに派手なのか?」
悪役令嬢はだいたい華やかだ。
「派手にすれば華やかになると信じているんだわ。田舎貴族にありがちね。でも癇癪を起こされたらと思うとなかなかアドバイスも出来ないわ。……本当にお兄様と真逆のタイプの婚約者ね。うまく行くのかしら。」
俺は軽くため息をつく。
「そんなことを言っても仕方がない。婚約は正式なものだ。彼女はまだお前と同じ中等部2年の14歳。まだ成長の途中だ。」
そう言いながらふと(リーネはどうなんだろうか?)と思う。
悪役令嬢断罪劇、もしかしたら好きなのかもしれない。
リーネに今度尋ねてみよう。
そう思うと子供の様にランチの時間が待ち遠しくなるのだった。
「悪役令嬢断罪ものと言う流行りに君は興味あるのか?」
そういえばリーネは驚いたようにこちらを見た。
ランチの時間、さっそく俺はリーネに話題を振っていた。
驚いた顔に俺は思わず笑みがこぼれる。
まさか俺の口から悪役令嬢断罪ものの話が出ると思わなかったんだろう。
なぜだかしてやったりと言う気分になる。
「実は私も最近まで知らなかったのです。ですが知ってからは小説を何冊も読みました……。」
何冊も読んだと言うことは、ハマったということだろうか。
そう考えていると、リーネがおずおずと切り出した。
「……お貸ししましょうか……?」
「え?」
予想外の言葉に今度はこちらが驚いた。
「あ、いえ……もちろん、アベル様さえよければ、ですが……!」
俺の反応に取ってつけた様な言葉を足してくる。
悪役令嬢断罪もの。そういった類の本は作者を変えてたくさん出ている。
リーネと同じ本を読み、話題を共有する。
そう思うとドキリと胸がなった。
「ありがとう。ぜひ貸してくれ。一度読んでみたいと思っていたんだ。」
俺の言葉に彼女は少し肩をすくめ笑みを浮かべた。
「では明日、また持ってきますね!」
約束する。
約束
約束を交わしたことは俺を浮かれさせ、『悪役令嬢断罪ものなんて読み進めることができるだろうか』という心配など吹っ飛ばすほどだった。
そうして次の日リーネに借りた本をみてそんな心配は杞憂だったと知る。
パラパラと小説をめくり、思わず吹き出してしまった。
流石はリーネ。
研究者だ。
娯楽小説だというのに、中はびっしり書き込みだらけ。
引かれているラインの意味は、と考えながら読み進めるとなかなかどうして興味深い。
伏線だったり、ヒロインや悪役令嬢の好きな宝石、癖。
全てに意味を見出そうとしている。
そして回収されない伏線にはきっちり注釈が書いてあり、また笑ってしまう。
それに比べてハーフナー伯爵令嬢は。
このような本を読んでも、悪役令嬢に憧れ自分を派手に着飾ることに夢中になっている。
だがリーネなら同じ悪役令嬢ものでもこんなに鮮やかに彩られ、あっという間に興味深い研究対象になるのだ。
そこまで考えて、勢いのまま立ち上がった。
俺は今何を考えていた?
無意識にハーフナー伯爵令嬢とリーネを比べていた。
「馬鹿な真似を……」
言いながらまたソファーに座る。
人を比べるなど品の無い事をした自分に呆れ、静かに首を振った。
手にある小説に目を落とす。
返さなくてはな
ぼんやりそんな事を思いながら、本の表紙をそっと撫でた。
すると目の前にリーネはいないと言うのに、また口にビネガーでも突っ込まれたようなすっぱい気持ちになり胸の辺りが縮こまるのだった。




