アランはお茶会をすっぽかされる
「これはもう、来ないな?」
俺は自室で誰に言うでもなく呟く。
昼下がりのお茶会。
来るであろう時間はとうに過ぎた。
だがいつまで経ってもドアがノックされることはない。
これ以上は待っていても仕方がない。
別に来ないならそれで構わない。
だが伝言もないのは何故だ。
チラと窓の外を見る。
ニコラスの集まりはそろそろ始まる頃だ。
そう思い勢いよく立ち上がる。
ウォルターを呼び、馬車の用意をさせる。
今からならニコラスの集まりに間に合う。
そう思った。
身だしなみはもう整っている。
馬車が用意できたと聞いて部屋を出て向かっていると、執務室から母上が出てきた。
丁度いい。
これ以上待つ気は無いと、今から出かけると言っておこうじゃないか。
呼び止めようと口を開くが、こちらに気付いた母上が先に声を上げた。
「あら、今から勉強会?」
あっけらかんとした母上の態度に思わず驚き言葉を無くす。
「まあ、勉強会もいいけれど、私達にもきちんと予定があることを言ってもらわなくては困るわよ。キャロライン嬢がお手紙をくれていなければお茶会の用意して、待ちぼうけだったわ!」
母上はやれやれというように呆れた様にため息をつく。
「え?」
俺が間抜けな声をあげたのを母上は違うように受け取ったらしい。
「キャロライン嬢が手紙をくれたのよ。あなたが勉強会に行くからお茶会が延期になって残念だってお手紙を。」
逆だ。
お茶会があるから集まりを断ったんだ。
しかしあまりにも予想外の母上の言葉に、俺は言葉を忘れたように黙り込んだ。
母上は困った様な顔で微笑むと、今度からは気をつけてちょうだい、と言いながら俺の横を通り過ぎていった。
母上の足音が遠くなり消えてしまっても俺はその場で立ち尽くしていた。
どうして俺が断ったことになっている?
「お兄様?」
すると不意に声をかけられた。
ぎこちなく振り向くとそこには護衛を連れた妹のセレーナが立っていた。
どうやら出かけていたらしい。
「こんなところで突っ立って何を?」
俺が返事を返す前にまたセレーナが話し出す。
「表の馬車はお兄様が用意したのかしら?今からニコラス様と勉強会でしょう?」
「何故それを?」
母上どころか妹まで同じことを言い出して俺は戦慄する。
「キャリーから聞いたわ。今日はベルラトール伯爵令息アンソニー様がクラスの親睦会のガーデンパーティを開いてくださって、私はそれに参加してたの。そこにキャリーも居て、言っていたわ。今日の侯爵邸でのお茶会はお兄様の勉強会があるからキャンセルになったって。」
どういうことだ?
「キャンセルなどした覚えはないが。」
「ええ?でもキャリーは私たちとのパーティにいたから……ではキャリーがすっぽかしたってこと?」
「いいや」
初めてそこでセレーナが怪訝な顔をする。
「一体どういうこと?お兄様がキャンセルしていないのなら、うちではお茶会の用意があったはず。でもすっぽかしてないって、そんなのキャリーが二人いるわ?!」
「いや、父上と母上には今日のお茶会が延期になって残念だという手紙が届いたらしい。待ちぼうけを喰らったのは俺だけだ。」
「まあ……そうなの……だから……」
意味ありげなつぶやきに思わず「なんだ?」と問う。
「いいえ……でも……そうね。」
迷いながらも話し出す。
「実は今日のガーデンパーティはキャリーは誘われていなかったの。キャリーはあんな感じだから、皆敬遠してしまっていて……。でもどこからか聞きつけたようで今日パーティにいきなり現れたのよ。だから聞いたの。今日は侯爵邸でお茶会だったのではって。そうしたら今日はキャンセルになったって。私も少しは変だとは思ったのだけど……」
おそらく、いやきっと俺もセレーナも同じ考えに辿り着いていたに違いない。
ベルラトール伯爵令息。
彼の事は俺でも知っている。
高等部の俺にまで話が届くくらい今中等部で一番の人気者と言っていいだろう。
見目麗しく、頭もよく、家柄も良い。
将来を有望視されている生徒の一人だ。
呆れとも納得ともつかぬ気持ちになる。
結局律儀に予定を空けて馬鹿を見たのは俺だけだという事か。




