遡って始まりを見る
ことの始まりは1年前。
地方の伯爵令嬢の私キャロラインが、アラン=マルルロード=モリス侯爵令息と婚約した事にはじまる。
アラン様はこの国の者なら誰でも知っている、輝くような美貌の御令息。
そんなアラン様と私との接点といえば『お互いの領が隣接している』という事だけだった。
とはいえモリス侯爵領は広大だ。
我がハーフナー領が隣接しているのはモリス侯爵領の端っこも端っこ。
とてつもなく辺鄙な場所なのだ。
あちらからすれば数ある隣接する小さな貴族領のひとつ。
個人的な接点などあるはずも無く、私はモリス侯爵様もアラン様も会った事はおろか見た事すらなかった。
そしてそれはこれから先も変わらない。
はずだった。
それを覆したのは、更に一年前の事。
この国を前代未聞の豪雨が襲ったのだ。
河川の氾濫や土砂崩れ。
ハーフナー領は山手にあるため被害は少なく済んだけれども大きい被害を受けた領も多かった。
その被害の一つがモリス領との領境の川の越水だ。
この辺りは土地が低く浸水の被害が出た。
ハーフナー領側は人も住んでおらず空き地だったがモリス領側は村があった。
村全体が浸水し、死者こそ出なかったものの大きな被害となった。
そこでハーフナー伯爵家は復興に出来うる限りの事をした。
農業の盛んなうちの領の技術と支援により畑を復活させ、ハーフナー領の屈強な農夫達の手により家も住めるようにと、異例のスピードで復興したのである。
落ち着いた頃、両親や復興に尽力したハーフナー領民へ感謝のしるしにと、モリス領主邸での晩餐会に招待された。
夜なため私は留守番だったけれど。
そして両親が帰ってくれば何故か私とアラン様との婚約が決まったと聞かされたのだ。
絶句する私にお父様は「ハーフナー領にいるものなら視察に来たアラン様にお前が恋に落ちた事はみーんな知ってるぞ?よかったなあ。」
と言ってにやあっと笑った。
どうして知っているの!!!
田舎の狭さにゾッとする。
確かに復興の手伝いに行った時、遠くから見えたアラン様に一目見て一瞬で心を持って行かれていた。
遠目にもわかる程洗練された貴族の優美さを持つアラン様に私は釘付けになり、目が離せないでいた。
アラン様はモリス侯爵様と一緒にお父様と話していた。
ふとお父様がキョロキョロと辺りを見渡しだした。
下の兄を見つけると大声で呼び寄せモリス侯爵様とアラン様に紹介しているようだった。
ハッと思わずパタパタと自分の服の泥を払う。
何故か払えば払うほど汚れていく。
そこでやっと自分の手が汚れていると気付いた。
またアラン様の方に視線を戻すと、今度は上の兄が紹介されている様だった。
もう一度お父様がキョロキョロと首を振る……。
次は自分だ。
背筋が凍る。
気が付けば踵を返して逃げ出していた。
どうしても取れない泥汚れ。
無造作に結い上げた髪の毛。
そんなもの気にした事もなかったというのに、急に恥ずかしくなった。
帰ろうとしていた領民にまじり私も馬車に乗り、その日は帰ってしまった。
どうやらその一連の行動は領民の皆に見られていたらしい。
大体アラン様が来たのはその一度きりだ。
なのに私が恋に落ちたからと言って婚約が成るのはおかしいじゃないか。
加えて相手は侯爵家嫡男。
そんな簡単に決まるものかと、お父様も恥ずかしい冗談を言うものだと、そう思っていたら本当に婚約が成っていた。
そこからはあれよあれよと話が進んでいく。
モリス領の領主邸で顔合わせをする。
アラン様は学園があるためいらっしゃらなかったけれど、侯爵夫妻とはお話しをした。
そこでわかったのはハーフナー家による復興支援に随分恩義を感じてくださっているという事。
だからと言って婚約はやりすぎなのでは?
そんな疑問を投げかける暇もなくあっという間に、半年後の4月にはアラン様のいる王都の学園の中等部に編入する話がまとまっていた。
モリス侯爵様曰く「王都にいなければなかなか息子とも交流をはかれないだろうし、モリス侯爵家に滞在して息子達と一緒に学園に通えばいい。」らしい。
しかしながら王都には父親の弟が婿入りした侯爵家がある。
いくら婚約者といえど同じ屋根の下になどという話になり、私はそちらに身を寄せる事になった。
「息子のアランは高等部だから校舎も違うのだけれども、娘のセレーナは君と同い歳だ。きっと同じクラスになるだろうから仲良くしておくれ。」
もう現実味もなく素早くまとまっていくアラン様との婚約の話にもはや唖然とする以外なかった。
そうして王都に行くまでの半年間はアラン様とセレーナ様と手紙での交流をはかる事が決まった。




