運命の日
そして次の日はテスト期間を理由に学校を休んだ。
おば様は何も聞かずに了承してくれた。
セレーナ様にも朝の迎えもお断りした。
一日休んでも、やっぱり気になるのは観察対象の水草や作物たち。
水草の水は今頃どうなってるかしら……
室内のトマト、昨日鉢を移動させたわ……おば様にちゃんと言ったかしら…
乙女らしさも繊細さのかけらもない自分に嫌気がさしつつ、次の日からはおば様と一緒に登校し、おば様の研究室に直行した。
つくづく落ち込むなんて似合わないのだ。
試験も終わり学期末の終業式の日はセレーナ様が迎えに来た。
そして顔を合わせるなり呆れたように話しかけられた。
「テスト期間に入った途端登校しなくなったから驚いたわ!お兄様に会えないからかしら?!今日だって私が迎えに来なければ、登校しないつもりだったのではなくって?」
「そんな……ちゃんと終業式は出るつもりだったわ。」
苦笑いで答える。
「そうなの?それはそれで貴方も不思議な人ね……ああ、それともやっぱり終業式の後のパーティーが目当てかしら?」
うふふ、とセレーナ様は可愛らしく笑った。
前からセレーナ様達に一緒に出ましょうと約束していたパーティー。
その時は確かに楽しみだったけれども……
毎年夏の長期休暇の前に生徒会が主催のパーティーが行われるらしい。
生徒だけで運営されるパーティーは自由出席でありながらほとんどの生徒が出席する。
参加は制服でパートナーはいなくても良い。
立食での軽食が提供され、コーラス部やオーケストラ部などから、個人にいたるまで生徒による催しも企画されており、毎年盛り上がる人気の行事だそうだ。
「試験期間中はお兄様に会えなかったのだから、ちょうどいいじゃないの。私たちがまたメイクしてあげるわ!」
お兄様、と言われて思わずギクリとなる。
パーティーが気不味い理由がそれだった。
アラン様とは最悪の別れ方をしたままだった。
でも……
考え方を変えれば、パーティーの華やかな雰囲気の中お会いするなら……
セレーナ様達も一緒なら、気不味さもなく再会できるかもしれない……そんな事を考えているとセレーナ様が私におずおずと話しかけた。
「それでね、キャリー……少し言いにくいのだけれど……ひとつお願いがあるの……」
セレーナ様はひどく言い辛そうだ。
私は一体何をお願いされるのかわからず、首を傾げる。
「……私で力になれるのなら……」
私がそう答えると、セレーナ様は重い口を開いた。
はあああああ
大きいため息をついて机に突っ伏した。
今頃はパーティーは始まっているだろう。でも私はおば様の教員室にいた。
ああ、こんな大きなため息をついたのは人生初めてではなかろうか。
そんな馬鹿な事を考える。
いや、馬鹿な事でも考えていないと余計な事を考えてしまいそうだった。
そろそろパーティー会場に行っていいだろうか。
ダンスの時間は終わっただろうか。
そんな事を考えながら顔を上げると、研究対象の水草が目に入る。
じっと見つめると水草の入っているガラスの入れ物に自分が映っているのが見える。
自分じゃないような自分の顔。
悪役令嬢の方の私だ。
いつまで経ってもこの顔には見慣れない。
はああ
二度目のため息をつくと
「そりゃあ……手紙を受け取ってなんてもらえない筈だわ……」
腑抜けたような声を出した。
セレーナ様のお願いとは、このパーティーでアラン様のエスコートをメグ様に受けさせたい、と言う話だった。
『実はアラン様から申し込みがあったの……正真正銘最後の思い出にパートナーとなって欲しいって……でも…キャリーに申し訳ないわ…』
そうメグ様から相談を受けたそうだ。
今回のパーティーは学園全体の規模ではあるが生徒会主催のパーティーだ。
故に色々ゆるい。
婚約者以外の人とパートナーとして始まりのダンスを踊っても特に問題はない。
お巫山戯で同性同士で踊る人もいるらしい。
そもそもダンスだって踊っても踊らなくてもいい。
ただただ楽しむパーティーだそうだ。
だから…… 最後の思い出に……
そう言われてセレーナ様も拒否できなかったと。
私だって断れるはずもない。
お邪魔虫はこちらの方なのだから。
とはいえ流石に婚約者の目の前でというのはあまり良くないだろうと言うことで私は遅れていくことになった。
(そろそろいいかしらね……)
重い腰を上げる。
私は欠席しても構わない。
そうメグ様に言うと「いいのよ!!最初のダンスだけアラン様のエスコート受けると言うことになっているのだから!アラン様はその後貴方と過ごすとおっしゃっていたわ。どうか、そんな事言わないでキャリー、それなら私も欠席するわ……」
メグ様に涙目でこんな風に言われてしまえば出席せざるを得ない。
アラン様も律儀な方ね……
いっそ放って置いてくれたら……お邪魔虫として邪険にしてくれたら……諦めもつくかもしれないのに。
ただこの時、私は知らなかったのだ。
もうとっくにお邪魔虫として、目障りな存在として、アラン様に認識されていたことを。
すでに諦めるしかない状況だということを、私だけが知らなかった。
パーティーの会場の前まで行くとエイミー様が待っててくれていた。
ひとりで途中から入るのは気まずいでしょう。と言ってくれていたのだ。
「キャリー!こっちこっち!随分のんびりしてたのねえ。もうとっくにダンスは終わったわよ!さ!ああ、だめよ、そちらからではなく、こっちから中に入りましょう!」
パーティ会場の扉が開く。
そして自分の立場を思い知らされる事になる。
「キャロライン=ガンボール=ハーフナー伯爵令嬢!」
会場に入った私を高らかに呼んだのは、メグ様に寄り添われながら私を真っ直ぐに見据えるアラン様だった。
「お前は次期侯爵夫人に相応しくない!」
静まり返る会場の中
ああ
やっぱり
そんなことを思いながら私はまるで他人事の様にアラン様の声を聞いていたのだった。




