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悲恋の恋人

私はステラおば様の教員室でぼんやりと水草を眺めていた。

こうしていると、この部屋だけ時が止まっている様な気分になる。


(水草の水を採って今日の水質を調べて……)


いつもの日課をこなそうとするのに手が動かない。


(まさか……ベス様とアラン様が……)


今朝聞いた話がずっと頭を回っていた。





「隠していたのではないのよ。ただ言う必要がないと思って……だけど……。実はお兄様とベスは思い合っていたの。ただベスは子爵家でしょう?侯爵家とは釣り合わないから……お付き合いはしていなかったのよ。でも……お兄様は贈り物はしていたのね。私も知らなかったわ……。」



いつも明るく話すセレーナ様が歯切れも悪く神妙に話した。


「キャリーは気にしなくて良いのよ。もともと結ばれない2人だったしね。ベスも以前言っていたわ。あなたを応援することで自分も報われるって。どうしても気になるのなら、お兄様とうまくいく事だけ考えていればいいの。それが皆の幸せになるわ。だから自信持って頂戴。」


そう言ってセレーナ様は微笑を浮かべた。






「気を使わせてしまったわね……」


そんなセレーナ様を思い出しながら自分でも聞こえないくらいの声で呟く。


鈍ちんの私でもわかってしまった。

あの深いブルーサファイアの髪飾りはアラン様からの贈り物。


自分の瞳の色を想い人に送るなんて、なんてロマンチックなのかしらね。

私にそんな贈り物が届いたら飛び上がって喜んでいただろう。


実際は一度も贈り物がされたことのない婚約者なのだけれども。


そんな事全く気にした事もなかったけれど、知ってしまった。

本来は離れていても贈り合うのだと。

そしてアラン様はこう言うことには疎いけれど、想い人にはきちんと送っていた。


じわり、と口の中に冷たい鉛でも詰め込まれたように鉄の味がした。

気持ちの悪さに顔を顰め、誤魔化すようにスウと大きく息をすった。


「気にしても仕方がないわ!」


わざと大きな声を出す。


そう、今更気にしても仕方がない。

婚約は成っているし、アラン様が私に興味がないのも元々じゃないか。


大体私だって贈り物なんてしていない。

自分のことは棚にあげて、ショックを受けるなんて、図々しいわ。

少々自分に呆れてしまった。

アラン様とお昼をご一緒するようになって、随分距離が縮まったと私はどうやら自惚れていたらしい。



そうよ。

私に興味がないで元々だ。

だからこうして交流のために王都の学園に通っているのよ。


きゅっと唇を引き結び、緩んでいた気持ちに気合いを入れた。








「どうかしたのか?今日は少し元気がないように見えるが……」


深い群青色の瞳が私を覗き込む。


びゃ!


思わず飛び上がりそうになるがかろうじて抑える。

この兄妹は揃って顔を覗き込む癖があるらしい。

心臓に悪いわ……


「いいえ、そんな事はありません!あ、ただ……午前の観察が思ったように進まなくて、それで少し元気がないように見えるのかもしれません。」


午前はいくら気持ちを切り替えようとしても、気分は沈みがちだった。

日課の観察はあまり捗る事もないまま、ぼんやりしているといつの間にか時間が経っていた。


なのに……こうしてランチタイムにアラン様に会えば悩みなど吹っ飛んでしまったのだから我ながら単純だと思う。


「そうか。リーネでもそういう日があるのだな。いつも目を輝かせて観察しているのかと思っていたよ。」


アラン様は揶揄うように笑って見せた。



リーネ



アラン様にそう呼ばれると心弾む。


初めてランチをした時、アラン様は私の名前を呼ぼうとしてハッとしたように言葉を飲み込んだ。

そして困ったように言ったのだ


「君のことは何と呼べばいいだろうか。」


きっとアラン様は「ハーフナー伯爵令嬢」と言いかけたのだろう。

朝はいつもその調子だ。

しかしお昼を一緒に摂りながら呼ぶ名としては少し遠い。

だからだろう。

そう聞いてくださった。


咄嗟にリーネと呼んでくださいと言っていた。


だって何度夢見ただろう。

身内しか呼ばないこの愛称をいつか……いつかアラン様が呼んでくれるその時を。


呼ばれる度嬉しくて、くすぐったくて、思わず笑みが溢れてしまう。


でもふとまた口の中に鉄の味がした。


本当ならこうして微笑み合うのも親密な愛称で呼び合うのも、私では役不足なのでしょうね……


何度でも浮かぶそんな考え。

その度に考えても仕方がないと自分を諌め、ただただ今の幸せをかみしめるのだった。









「とうとう明日でランチも一区切りだわ……」


ステラおば様の研究室で鉢植えのトマトを眺めながら呟く。


アラン様とは朝と昼、順調に交流を深めていた。

ベス様も今まで通り接してくれている。


ただ一言だけ言われた。


「学園生の間だけでいい、この髪飾りをつけることだけは許してほしい。」と。


勿論と答えた。


それ以上はなんて言って良いのか分からなかった。

ベス様はありがとうと寂しげに微笑み、髪飾りの事はもうそれで終わった。




アラン様との手紙の交流も順調だった。

主に朝の服装や話題の豊富さを褒めてくれることが多い。

あとはメイクや服装の好みを教えてくださる。


それは私がセレーナ様にせっつかれてアラン様の好みを手紙で聞いているからだ。

聞けば聞くほど真逆な好みは私を落ち込ませた。


それでも手紙で書いている話題をランチに持ち込むことはない。

それは逆も然りでランチの話題を手紙に書くこともない。


私にとってランチのあの時間は特別で、手紙に書いてしまうと壊れてしまうような気持ちになるのだ。

アラン様も手紙でランチの話に触れない。真意は分からないけれど、同じ気持ちならいいな、と思う。




そんなランチ時の交流もかれこれ一ヶ月は経とうとしている。


学園は夏の長期休暇に入る。その前に試験が始まる。

試験前の期間はランチ前に帰ることになるので、ランチの交流は明日で終わりなのだ。

次顔を合わすのはモリス侯爵邸での正式な顔合わせのお茶会になるだろう。


その前に……もう少し踏み込んだお手紙を書きたくなった。

アラン様への感謝の気持ちや自分の気持ち。

想いを伝えるのは苦手だけれども手紙なら……


手紙はセレーナ様を通してやり取りしてほしいと言われていた。

きっとそうするべきなのだろう。


でももし……許可が貰えるのなら……


明日は自分の手でアラン様に渡したい。


その想いに押されるように、私はペンを取った。


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