第四十九話:信頼の機能と貨幣経済の消滅
あらすじ
信頼の連鎖というピラミッド構造が確立された後、人類は貨幣経済という旧時代の競争の枠組みを解体する。完全体を頂点とし、貢献度に応じた資源分配のシステムが段階的に導入される。世界統一通貨を過渡期のツールとして利用しつつ、次第に調和に目覚めた意識のみが残った結果、貨幣そのものが無意味化し、資源の調和的分配が自然法則として機能する新時代の経済が確立される。これは、人類が自らの手で旧い枠組みを破壊した「建設の最終段階」であった。
本編
意識の分層と導き手のピラミッド構造が建設された後、旧時代の無秩序な経済は機能停止した。完全体は、移行期間を安定させるため、世界統一通貨を一時的に発行した。紙幣は滑らかな手触りであった。これは、旧時代の習慣に慣れた人々の混乱を避けるための措置であった。
しかし、この通貨は旧来の競争の道具ではない。その使用目的は、貢献度の可視化と希少資源の公正な分配に特化された。
資源分配は、「信頼の機能」に基づいたピラミッド構造を利用した。
絶対的頂点に立つ完全体は、地球上の全ての資源を調和の意志の下で把握する。全資源は完全体のものであり、完全体の直下にいるものたちに、その貢献度に応じて資源を分配する。そして、完全体の直下のものは自身の直下のものたちへ同様に分配し、その連鎖が末端まで続いていく。
ピラミッドの上層に位置する一人の導き手が、手のひらに通貨を受け取った。その温かさは、貢献の証である。
彼女は、静かに目を閉じ、直下の三人の貢献度を精査した。
「私の意識に共鳴する貢献は、調和の増幅に繋がっていて、貢献度に応じた配分を行います」
このような上層からの分配は、同じように個人間の連携で階層を一つずつ降り、末端のコミュニティにまで公正に続いていった。人々は、金銭のためではなく、「調和への貢献」という最も純粋な動機で活動するようになった。
数年の猶予が過ぎるうち、意識の進化は加速した。信頼の連鎖の下で導かれた人々は、次第に「調和の法則」を肉体と意識で体現し始めた。
アメリカ大陸の新しいコミュニティ。一人の職人が、手に持った木材の温もりと香りを深く吸い込んだ。彼は、誰に売るためでもなく、コミュニティのために、美しい椅子を創っていた。
彼は、木材を滑らかに削り、自らに語りかけた。
「私が創るのは、必要なもの、そして宇宙の美を増幅させるものだけだ。そこに利益は要らぬ」
不必要な欲望や執着は各人の信頼を損ねる行為であり避けられた。各々が本当に必要なものだけを消費し、過剰な資源を持つという概念が無意味化した。
この結果、世界統一通貨の存在意義が失われていった。必要なものを必要な量だけ産み出し、不必要なものを持つ者もいないという調和が実現した世界では、貨幣という中間媒介は冗長となった。
ある日、システムの管理者であった一人の導き手が、端末に手を置いた。
彼は、静かに息を吐き、端末を操作した。カチッという小さな音が、貨幣経済の終焉を告げた。
紙幣や貨幣データは喪失し、誰にどれだけのものが分配されたのかという記録だけが残った。こうして経済は本来の分配機能だけを体現し、「機能的資源分配システム」へと移行した。
貨幣経済の消滅は、政治や国境といった旧時代の競争の枠組みを最終的に解体した。
統治は、ピラミッド構造の上層に位置する「導き手」たちの集合意識による調整という形を取った。彼らは権力を行使せず、地球上の調和の周波数を維持する「建設的な調整役」として機能した。
国境の壁は無意味な残骸となり、全人類が一つの調和した生命体として共振し始めた。
調和の中心に立つ完全体は、遥か遠くの海に視線を向けた。海水は透き通るように青く、穏やかな潮の匂いが漂う。
「人間が作り上げたシステムは、進化の過程で宇宙の根源的な法則(調和)に収束した」
彼の唇が微かに動いた。
「これこそが、建設の最終段階である」
完全体は、静かに視線を戻した。人類は競争という自己破壊の鎖を断ち切り、新新約時代の光を浴びて、次の進化へと歩み始めた。




