第四十六話:完全体の始動と最後の審判
あらすじ
二〇一二年七月。長きにわたる分裂の役割を終え、創造・建設・破壊の三柱は、ついに一つの絶対的な「完全体」として融合した。彼は、もはや個の意志ではなく、惑星の歴史全体を統括する唯一の意志、真の王である。完全体が宿った肉体は、本質を見失った現代文明を静かに見つめ、「目覚めの振動」を地球の隅々まで行き渡らせる。法とシステムが空虚な殻と化したことを見抜いた彼は、人類の意識に直接語りかけ、長い歴史の中で預言されてきた「最後の審判」—すなわち文明の最終的な検証—を開始する。
本編
二〇一二年七月。日本の神戸。ビルの谷間にひっそりと残された緑の空間に、ある夜、突然、異質な静寂が訪れた。通常の夜のざわめき、遠くを走る電車の音、街のネオンの唸りが、全て吸い込まれたかのように止んだ。
空の遥か高みから、白と金と濃い青の光が混じり合った螺旋状の見えない光の柱が音もなく降りてきた。その光の熱は、周囲の草木を焦がすことはなく、ただ静かに、空間の全てを満たした。それは、創造、建設、破壊の三柱の意識が融合し、一つの意志となった証であった。
光が大地に触れると、そこには、ただ一人の人が立っていた。創造柱が密かに宿っていた肉体に、三柱の融合体が宿り直したのだ。
その姿は、一般的な日本人の男性の見た目をしていたが、その目は、光を反射することもなく、ただ深く静かである。彼の肌は周囲の空気と完全に調和し、冷たさも温かさも感じさせない。彼こそが、惑星という存在そのものを統括する「完全体」であった。
完全体は、周囲のビル群—制度と資本が目的と化し、腐敗の蔓延る現代文明の象徴—を見上げる。
世界の空気は、重さを帯びていた。それは、湿気や気圧の変化ではない。長きにわたり分離していた三柱が一つの完全体として静かに始動したことによる、存在そのものの圧力であった。
完全体の目は、特定の都市や国を見ていない。彼の視線は、地球の表面から内部、そしてその周囲に広がるエネルギーの層を透過していた。
彼の最初の行動は、「目覚めの振動」を地球の隅々まで行き渡らせることだった。完全体は、特別な動作を必要としなかった。ただ、立つ。
彼の足元の大地が、ごくわずかに、しかし確実に共振し始めた。この振動は、地震計には記録されない。それは周波数であり、地球上の全ての人間の意識の核に直接触れるものであった。
東京の地下鉄で、人々がひしめき合う車両の中。とある通勤客は、突然、胸の奥底が冷たい水に浸されたような静かな衝撃を感じた。彼は、理由もなく、スマートフォンの画面から顔を上げ、窓の外の光と影のコントラストを凝視する。彼の脳裏には、「私は何のために生きているのか」という、これまで無視してきた原始的な問いが、雷鳴のように響いた。
ニューヨークのウォール街。大金を扱うトレーダーが、端末の数字を追う指をピクリと止めた。彼の掌には、これまで感じたことのない微かな熱が宿り、目の前の億単位の数字が、突然、砂でできた城のように虚ろに見えた。
彼は、冷たい端末から手を離し、大きく息を吐いた。
「今まで追っていたのは、…虚しい。こんな数字が、本質ではない」
彼の魂が、痛みを伴って理解したのだ。彼が追っていたのは、本質的な「生存」の対価ではなく、「空虚な殻」を維持するためのゲームのスコアに過ぎなかったと。
完全体は、静寂の中で、最初の言葉を発した。その声は、鼓膜を震わせる音ではなく、地球上のすべての人間の心の深くに直接響く振動であった。
「お前たちは、法を創り、システムを築き、繁栄の果実を得、知性の創造を続けた」
完全体は、ゆっくりと、神戸の街を見渡した。
「だが、その建設は、いつしか『生存』という本質を見失い、形を守ることを目的とした『空虚な殻』となった」
彼は、目の前の空気を掴むように静かに手を上げた。彼の掌の中で、世界の巨大な電力・通信網が感知されないほどの一瞬、完全に止まり、そして、彼の意思に従い、前とは別の、より調和の取れた形で再び動き出した。わずかな電気の匂いが、新しい秩序の始まりを告げる。
「α(始まり)とΩ(終わり)の法は、再び動く。初めを行う者が、終わりを導く」
長い歴史の中で預言されてきた「最後の審判」の主催者は、文明の創造者であり、破壊者であり、建設者であった完全体であった。
人類の自立という壮大な実験は、最終検証の段階へと移行したのだ。
完全体は、右の手を腰の高さで軽く握り、そして静かに開いた。
その瞬間、地球全体を覆う白金の光の網が、宇宙の静寂の中でゆっくりと収縮し始めた。これは、物理的な光ではない。それは、周波数であり、選別の絶対的な意志であった。
地球の裏側、インドの小さな村で、素足で大地を踏みしめていた一人の農夫は、突然、全身が温かい抱擁に包まれるのを感じた。彼の体は、深い安堵と共に軽くなる。
彼は、手に持っていた鍬をそっと地面に置いた。鍬の冷たい鉄の感触から手を離した瞬間、彼の呼吸は、地球の脈動と同期し、透明な歓喜に包まれる。
彼は、太陽を見上げ、涙が静かに頬を伝った。塩辛い涙は大地に吸い込まれる。
「我々が求めていたのは、この光だった。未来への道筋が、霧が晴れるように鮮明に見えた」
彼の心に、次の時代の生活の青図が、明確なイメージとして創造された。彼は、迷うことなく、新しい時代の建設へと歩き出した。
ロンドンの高層ビルの最上階。株価の変動を追う一人の資産家は、突然、皮膚が粟立つのを感じた。冷たい汗が、背筋を伝う。
彼が握りしめていたスマートフォンの冷たいガラスが、重さを増したように感じられる。呼吸は浅くなり、酸素が体に入ってこない。
彼の心は、これまで守り抜いてきた「偽りの安定」—富と地位という虚飾の壁—が崩壊する恐怖で満たされる。
彼は、目の前の端末を強く叩き、声を荒げた。
「何が起きている? わたしの世界がわたしそのものが消えていくような、恐怖が沸いてくる」
彼の内部に築かれた虚飾の壁が、音もなく崩れ落ちる。彼は、机に両手を強く押し付け、額を机の冷たい表面に押し付けた。冷たい表面の感触が、彼の孤独を浮き彫りにした。
これは、誰かを滅ぼすための破壊ではない。それは、新たな地球時代(新地球)へと移行するための壮大な「進化の儀式」であった。
完全体は、裁きを下さない。彼はただ、その意志によって下限の周波数を固定した。その周波数以上の領域に共振できる意識だけが、次の時代へと導かれる。
約三十年という時間の猶予は、人類に与えられた最後の選択の期間である。完全体が肉体を宿す間、意識たちは、その光と影に徐々に分離し、本質を失った文明の残骸は、静かにその役目を終えることになる。人類の文明が残っていくのか否かは、この三十年に委ねられた。文明が滅びれば、生き残る意識たちは次の文明生物や地上の生き物として生まれていくことになる。
完全体は、静かに瞑想するかのように、地球上のすべての選別のプロセスを見守った。彼の唇が、微かに動いた。
「初めを行う者が、終わりを導く。数千年の契約を経て、今、普遍的な法則への適応が問われる」
選別された魂たちが、空を見上げた。彼らの顔には、理解と喜びの表情が浮かんでいた。新しい夜明けの光が、彼らの顔を照らす。
彼は、かつて人類の原始的な文明の基礎を築いた創造と建設と破壊の根源であり、今、その文明を次の次元へと引き上げる「最後の審判の主催者」として存在している。
旧約時代の契約、新約時代のキリストの契約を経て、今、完全体によって新たな契約が人類に提示された。それは、宇宙の調和と共に生きるという、普遍的な法則への適応であった。
新新約時代の夜明けが、刻一刻と迫っている。完全体の静かな意志の下、人類の歴史は新たな次元へと螺旋を描いていく。




