第四十三話:近代の試練、自由と紛争の創造
あらすじ
一八七〇年代。明治維新による近代国家の建設が軌道に乗ると、創造、建設、破壊の三柱は、人類の自立を見届け、肉体を持つ転生と直接的な介入を停止した。この時代、「創造」の力は、蒸気機関や電気といった技術だけでなく、「自由」や「民主主義」という抽象的な理念の創造へと向かう。三柱は、指導者や思想家の精神にアイデアの種を授ける間接的な支援に徹する。しかし、この自由な創造は、国家間の激しい競争と対立という、世界大戦というかつてない規模の「破壊」を引き起こす試練となる。三柱以外の同程度の実力を持つ者たちが、文明の要所で人類を静かに見守る。
本編
十九世紀末。ロンドンの薄暗い書斎には、古い紙と石油ランプの煤が混じった匂いが漂っていた。一人の経済学者が、分厚い帳簿の上に身を屈めている。彼の指先は、鉛筆の芯で黒く汚れ、思考の焦燥を示していた。彼は、新しい経済の青図を求めていたが、既成の重商主義という巨大な壁に思考が囚われ、書き損じた紙を音を立てて丸め、床に投げ捨てた。
彼は、頭を抱え、冷たい空気を大きく吸い込んだ。その瞬間、彼の意識の深い場所に、まるで冷たい水が染み込んでくるような、明瞭なロジックの閃光が走った。
それは、創造柱から間接的に授けられたアイデアであった。
学者は、机の上の散乱した紙を一掃し、新しい紙を広げた。その乾いた感触が、彼の決意を促す。彼は、震える手で鉛筆を握り、新しい国家の経済原理を書き始めた。
「権力に縛られない競争こそが、最大の富を創造する。市場は、見えざる手で自らを秩序立てる」
彼の鉛筆の音は、静寂な書斎で鋭く響き、自由資本主義という新しい経済システムの礎を創造していた。
三柱は、もはや肉体を持たない。彼らは、人類の精神という海に、進化を促す「核」となるアイデアを静かに沈め、彼らの自立を促した。
自由と競争の創造は、急速な技術革新と富の集中を生み出したが、同時に、国家間の熾烈な対立をもたらした。
十九世紀末。現在のヨーロッパ地域のとある首都。豪華な会議室の重い扉が開け放たれると、タバコの煙と、張り詰めた緊張が重く濁った匂いとなって外へ流れ出した。
各国の指導者たちは、豪華な長机を挟み、植民地と資源を巡って互いを威嚇している。彼らの握りしめられた拳と、鋭い視線の交換は、武力衝突の予感を肌で感じさせた。
一国の代表が、分厚い書類を音を立てて机に叩きつけ、怒声を上げた。
「我が国の権益は、一歩も譲れぬ! 力の均衡は、もはや崩壊している!」
指導者たちの心中で、破壊柱の意識が静かに共鳴した。
(競争が飽和した時、次の進化のためには、清算が必要だ。この矛盾した古い体制は、自ら崩壊する時が来た)
破壊柱は、戦争という悲劇的な試練が、旧い独裁と不平等という壁を徹底的に粉砕する最後の手段であると静かに見守った。彼らの間接的な共鳴は、各国指導者の心中の不信と対立を増幅させた。
一九一四年。サラエボの銃声は、人類が自ら生み出した集合的な破滅の力の開始を告げた。
塹壕の泥と血の臭い。毒ガスの刺激臭が、戦場を覆った。
工業化された「破壊」は、かつての武王や項羽の個人的な破壊を遥かに超える規模で、無数の命を奪い、旧き帝国の体制を瓦礫へと変えた。
一人の若い兵士が、泥にまみれた塹壕の中で、冷たい鉄砲を抱きしめ、激しい銃声の轟音に耳を塞いでいた。彼の顔には、恐怖に凍り付いた表情が張り付いている。彼は、故郷の家族を思い出し、声を上げずに涙を流した。塩辛い涙が、顔の泥と混ざり合う。
彼は、隣の兵士の冷たくなった手を握りしめ、苦しい息を吐き出した。
「何のための戦いだ……。この破壊の先に、何があるというのだ」
人類は、自ら創造した技術を破壊のために転用し、大きな代償を支払わされていた。三柱の意識は、この試練を静かに見守った。彼らは自らで進化しようと歩みを進めており、その破壊も滅びるほどではなかったからであった。
二度の世界大戦という最大の破壊を経験した後、指導者たちは、廃墟の中で新しい建設の必要性を痛感した。
戦後の会議の場。疲弊した各国の代表たちは、古いタバコとコーヒーの匂いがこもる部屋で、重い沈黙を続けていた。彼らの指先は、机の冷たい木目を無意識になぞる。
この沈黙の中で、建設柱の意識が静かに作用した
(平和を維持するためには、『力の均衡』と『普遍的な法と人権』に基づく、新しいシステムの建設が不可欠だ)
アメリカの代表が、咳払いをし、乾いた声で口を開いた。
「我々は、この悲劇を繰り返してはならない。各国が対話し、紛争を法の下で解決する『場』を建設する必要がある」
ソビエトの代表は、グラスの冷たい水を一気に飲み干し、冷徹な声で応じた。
「平和とは、力の裏付けあってこそ永続する」
彼らは、議論を重ね、ペンを走らせ、紙の上に新しい世界秩序の青図を描いた。「民主主義」と「国際連合」という建設のアイデアは、指導者たちの心に植え付けられた。
この建設は、かつての単一の権力者によるものではなく、人類全体の合意と努力によって築かれるものであった。
三柱の意識は、このように介入を最低限に留め、人類が自立して、創造と破壊を経て、平和という建設に向かう姿を、静かな安堵と共に見守った。




