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第四十一話:創造の終わりと建設への移行

あらすじ


 慶応三年(一八六七年)。坂本龍馬(創造柱)による「大政奉還」という無血の創造は成就した。これは、高杉晋作(破壊柱)が旧体制の壁を軍事的な破壊で打ち破り、徳川慶喜(建設柱)に退路を与えた結果であった。徳川慶喜と西郷隆盛の両者(建設柱)は、それぞれ幕府と新政府の指導者として、「平和的な継承」という困難な建設を目指す。

 龍馬は、京都の近江屋で新たな国家体制の青図を練り上げる最中、その創造の役割の終焉を迎える。創造と破壊の二つの柱は、自らの使命を終え、新しい日本の建設を、生きた者たちの手に委ねる。


本編


 西暦一八六七年十二月十日(旧暦十一月十五日)。京都、醤油商の近江屋二階。廊下板を踏む音が、闇に溶け込んでいる。

 坂本龍馬(創造柱)は、行灯の揺らめく光の下で、新しい議会制度に関する紙を広げていた。彼は、煙管を取り出し、火皿を叩く。微かな火薬の匂いが、紙の匂いと混ざり合う。彼の周りには、もはや藩の垣根はない。薩摩、土佐、越前……彼が編み上げた理念の糸で結びついた同志たちの名前が、紙の上に並んでいた。

「これで、血を流すことなく、世は改まる……慶喜公は、賢明であった」

 龍馬は、隣に座る中岡慎太郎に、満足そうに語りかけた。彼の言葉は、確信に満ちていたが、その瞳の奥には、どこか諦念の色が宿っていた。

 その時、階段を昇る遠慮のない足音が響いた直後、廊下で肉を断つ、鈍い音が響いた。龍馬は即座に大声を上げた。

「ほたえな!(さわぐな)」

 障子が荒々しく引き開けられ、冷たい空気と殺気が部屋に流れ込む。龍馬は奥の刀に視線を飛ばし、反射的に振り返った。その瞬間、刺客の刀が龍馬の前頭部を横に払い、熱い血潮が顔を濡らした。

 龍馬は、右の肩先から背中にかけて深く斬られ、激痛に顔を歪ませる。彼は刀を掴んだが、抜くには至らず、鞘のままで敵の刀を受け止めた。

 「キィン」という音と共に、刺客の刀は鞘ごと龍馬の刀を削り、再び龍馬の前頭部に深い傷を与えた。

 彼は血の滴る畳の上に倒れ込み、かすれた声で叫んだ。

「石川(中岡の別名)、刀はないか、石川、刀はないか!」

 中岡慎太郎は、最初の斬撃で後頭部を斬られ、鞘のまま防戦するも、両手両足に深い傷を負った。彼は激痛に耐えかね、死んだふりで冷たい畳の上に沈黙した。

 刺客たちが「もうよい、もうよい!」と叫び、足音が遠ざかるのを待った。

 静寂が戻ると、龍馬は呻き声と共に意識を取り戻した。彼は、灯火に削られた刀をかざし、刀に映る自身の傷をみて悲痛な表情を浮かべた。

「残念残念」

 彼は中岡に問いかけた。

「慎太、慎太、手は利くか」

 中岡が「手は利く」と答えると、龍馬は血の跡を畳に残しながら、最後の力を振り絞った。

「慎太、僕は脳をやられたから、もうだめだ」

 その言葉と共に、龍馬の体は昏倒した。彼は、天井の梁に、無限の星空を見たような気がした。

(ああ、俺の創造の役割は、これで終わった。後は、慶喜と西郷の建設に、委ねる)

 彼は、冷たい空気が肺に入ってくるのを感じ、その息を静かに吐き出した。その一息が、創造柱の意識が、この肉体から離れた最後の証であった。


 創造柱(龍馬)は、理念の青図を完成させ、破壊柱(高杉)は、旧体制の物理的な壁を粉砕した。

 残されたのは、徳川慶喜と西郷隆盛という、建設柱の意識を宿した二人であった。彼らは、武力衝突という最悪の破壊を回避し、大政奉還と江戸城無血開城という、人類史上稀に見る平和的な移行を成し遂げた。

 龍馬と高杉の死は、彼らが意図した通り、建設者たちに、「もう、後戻りはできない」という、逃げ場のない現実を突きつけた。


 慶応四年正月。江戸城本丸御殿。大広間には、静寂が張り付いていた。

 徳川慶喜(建設柱)は、畳の上に正座し、背筋を伸ばしていた。彼の目の前には、鳥羽・伏見の敗報が記された、湿った紙の束が無造作に置かれている。紙の端は、京からの長旅で僅かに墨が滲み、敗戦の焦燥を物語っていた。

 家臣たちが、すすり泣くのを耳にしながら、慶喜は動かなかった。彼の鼻腔には、古い木材の匂いと、わずかな火薬の残り香が混ざり合っていた。

 大番頭の一人が、震える声で進み出た。

「上様……朝廷よりの沙汰でございます。『慶喜を朝敵とし、追討せよ』との勅命が……」

 慶喜は、目線一つ動かさず、静かに息を吸い込んだ。その吐息は、氷のように冷たく、広間にいた家臣たちの背筋を凍らせた。

「朝敵、か」

 彼は、懐から扇子を取り出し、音を立てずに広げた。その扇子で、目の前の紙の束を一撫でする。

「父祖の築いた『建設』が、ここで『破壊』される。これもまた、必然よ」

 彼は扇子を静かに閉じ、硬い音を立てて畳に置いた。彼は、覚悟を込めて顔を上げた。

「最早、武力で抗うは、この国を虎視眈々と狙う諸外国の前に晒すことになる。恭順の意を示せ。『慶喜、謹慎の上、江戸城を開く用意あり』と、伝えよ」

 その声は、広間の静寂を切り裂き、新しい建設への道筋を明確に示した。彼が選んだのは、徳川の面目ではなく、日本という国体の永続であった。彼は、敗北ではなく、次の時代への布石を打ったのだ。

 イギリスとフランスに国土を取られそうになっていた日本で、建設柱は慶喜としてはフランスと友好を結び、西郷としてはイギリスと友好を結んだ。

 各国には日本で代理戦争を行えるように見せておいて、日本の中で話を完結させ、日本の国土を守った。そのために、建設柱が二体に宿り、敵同士を演じ、喧嘩をしているように見せ、両者の視点から、着実に日本政府の樹立への体制を整えていくのだった。

 そして、徳川家康として幕府を拓いた建設柱が自ら慶喜として幕府を終えたのだ。三柱が人々の進化の場を整える活動のなんと奥深いことだろうか。


 慶応四年三月。江戸城外、薩摩藩邸。西郷隆盛は、軍服の上に陣羽織を羽織り、強い日差しを浴びながら、勝海舟との会談に臨んでいた。

勝は、茶碗の湯気が立ち上るのをじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「西郷殿。慶喜公は、心底、戦を望んでおらぬ。『日本という国』を守るため、自らその城を畳むという覚悟だ」

 西郷は、勝の言葉に、微動だにしなかった。彼の周りの空気は、冬の終わりとは思えぬほど張り詰めていた。彼は、自分の大きな掌を、冷たい石の上に静かに置いた。石の冷たさが、彼の熱を帯びた感情を鎮める。

「勝殿。俺は、『士族の心意気』を背負う。薩摩の兵たちは、長きにわたる徳川への怨念を晴らすために、この江戸へ来た。血を流さずに引き上げよと、どうして言えようか」

 西郷の声は、低く、怒りと理性の葛藤を秘めていた。

 勝は、茶碗を静かに置き、両手を膝の上に置いた。彼は、畳の硬さを両手で感じながら、西郷の目を真っ直ぐに見返した。

「西郷殿。貴殿の真の使命は、『新しい世の建設』ではござらぬか。ここで血戦をすれば、この江戸は灰燼に帰す。列強は、内戦で疲弊したこの国を、漁夫の利として狙っている。それは、慶喜公が一番恐れていることでござる」

 勝の言葉が、西郷の建設柱としての使命に、深く突き刺さった。西郷は、目を閉じ、遠くの海鳴りに耳を澄ませた。その音は、異国の船が迫り来る警鐘のように聞こえた。

 西郷は、再び目を開け、勝の顔を観察した。その顔には、偽りの気配はない。彼は、勝の言葉の裏に、慶喜公の静かなる決断を読み取った。

 西郷は、懐から、薩摩の士族の名が連なる出征名簿を取り出し、その名簿の重みを掌で感じた。

「わかった。慶喜公は、徳川三百年の歴史を、日本の未来のために自ら破壊する、という覚悟を示した。俺も、士族の怨念という個人的な感情を脇へ置こう」

 彼は、鋭く息を吸い込み、決断の言葉を口にした。

「総攻撃は中止する。兵を動かすな。江戸城は、無血で受け取る。ただし、慶喜公の身柄は、厳重に処罰する。それが、新政府の『面目』と、士族への『報い』となる」

 その言葉は、西郷にとっての「悲痛な決断」であった。彼は、熱烈な同志たちの期待を裏切り、冷徹な理性を優先させた。彼の建設は、個人の感情や過去の清算を超越した、国家の存続という大局に基づいていた。


 数日後。江戸城は無血で開城した。西郷は、城の高い石垣を見上げ、古い松の木の匂いを吸い込んだ。

 西郷は、勝海舟が去った後、一人、本丸御殿の暗い廊下に立っていた。彼は、徳川家康が長期政権の建設を始めた場所にいる。

 そこへ、一人の伝令が走り込んできた。

「西郷総督! 大久保様より、書状が!」

 西郷は、急いだ息遣いと共に差し出された書状を受け取り、封を切る。紙を広げ、行灯の光で照らされた墨の文字を追った。

 そこには、大久保利通による、新政府の具体的な施策、五箇条の御誓文の骨子が記されていた。「広く会議を興し、万機公論に決すべし」という文言が、西郷の目に飛び込んできた。

 西郷は、静かに書状を畳んだ。彼の口元には、わずかな笑みが浮かんだ。

(利通。お前もまた、武力でなく、『理念』で新しき国を創ろうとしているのだな)

 彼は、大久保が、坂本龍馬の無血の創造の理念を継承し、武士階級の破壊と同時に、新しい国家システムの建設に着手していることを理解した。

 西郷は、江戸城の重い木戸に背を預け、冷たい感触を味わった。

「慶喜公。貴殿の建設の終わりが、俺たちの新しい建設の始まりとなった。この国は、助かった」

 慶喜は、謹慎の身となって上野の寛永寺に入った後、庭の池を眺めていた。彼の目は、長い間、水面に映る自分の姿と、その背後にある瓦解した幕府の影を見つめていた。

「これからは諸外国と渡り合って行かねばならぬ。国内にばかり目を向け小さな問題に揉めている場合ではないのだ」

 二人の建設柱は、敵味方という立場で、内戦の破壊を回避し、日本の国体防衛という共通の建設を成し遂げた。

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