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第四十話:坂本龍馬と高杉晋作、明日を拓く者たち

あらすじ


 十九世紀半ば、徳川が築いたニ六〇年の「安定」が、黒船来航という外圧によって終わりを告げ、日本は激しい動乱の時代に入った。

 西暦一八六六年。徳川幕府による第二次長州征伐の最中、長州は孤立していた。坂本龍馬(創造柱)は、長年の敵であった薩摩藩と長州藩を繋ぎ、武力による内戦を避けるための政治的な青図を創造する使命を帯びていた。

 彼は、薩摩の西郷隆盛と長州の桂小五郎という、互いに強い憎悪を持つ指導者たちを前に、言葉と理念という見えない武器で、日本という新しい国体を建設するための礎石を築く。慶応二年(一八六六年)。江戸幕府は、長州藩に対する第二次長州征伐(四境戦争)を敢行した。この時、高杉晋作(破壊柱)はすでに重い結核に罹患していたが、彼の破壊の炎は衰えていなかった。彼は、自らが創り上げた奇兵隊を率いて、旧体制の象徴たる幕府軍に立ち向かう。龍馬の創造した薩長同盟による物資支援を受け、高杉は小倉口で幕府軍の巨大な壁を打ち破るという最後の軍事的な破壊を成し遂げ、膠着した政治状況を強制的に動かす。


本編


 西暦一八六六年一月。京都、薩摩藩邸の一室は、雪解けの冷たい空気に満ちていた。外の庭からは、水滴が竹を打つ、乾いた音が時折聞こえてくる。

 坂本龍馬(創造柱)は、火鉢の前に座っていた。火鉢の赤く熾った炭から立ち上る微かな灰の匂いが、緊張した空気を一層濃くする。向かいには、桂小五郎(後の木戸孝允)、そして西郷隆盛(建設柱)が座している。

 桂小五郎は、硬く拳を握り、膝の上に置いた。彼の顔の筋肉は、怒りで微かに痙攣している。彼は、畳を強く睨みつけ、西郷の顔を見ようとしなかった。

「西郷殿。我ら長州は、薩摩に煮え湯を飲まされた身。今、この部屋にいること自体、屈辱でござる。何を話せというのか」

 西郷隆盛は、黙然と座し、黙って桂の顔を見つめていた。その表情は、巨大な岩のように動かない。

 龍馬は、額の汗を静かに拭った。彼は、この憎悪を、新しい理念で上書きしなければならない。

 龍馬は、身を乗り出し、畳の軋む音をさせた。

「桂先生、西郷殿。今、目の前の敵は、幕府ではない。遠き海の外に、この国全体を狙う者たちがおる」

 龍馬は、火鉢の横から薄い紙を取り上げ、それを音を立てて広げた。それは、イギリスとフランスの東アジアへの介入状況を示した地図であった。紙の乾いた感触が、彼の指先に現実の重みを伝えた。

「このまま内輪の喧嘩を続けて、日本という箱が壊れたら、元も子もない。薩摩も長州も、一つの船に乗っておるのだ!」

 桂は、深く息を吸い込み、胸の内で炎上する憎悪を押し殺した。彼は、ゆっくりと西郷の方に顔を向けた。西郷の静かな目と、桂の鋭い目が、初めて交差した。

 西郷は、一度深く頷き、その低い声を部屋に響かせた。

「桂先生。恨みは、後の世でいくらでも晴らせる。だが、今、国が亡びては、後の世もない。龍馬が言うとおり、大きな敵が迫っておる」

 西郷は、自分の太い指を、火鉢の熱い縁に置き、熱気を確かめた。

「俺は、徳川を討ち、『次の世の建設』を成就させたい。そのために、長州という『破壊力』が必要だ」

 龍馬は、この言葉に確信を抱いた。彼は、言葉という創造の力が、武力を上回った瞬間を感じていた。

「よし、決まりじゃ! 薩摩は武器と船を、長州は兵力と志を出す。互いに過去の遺恨は、今日の雪と共に溶かす!」

 龍馬は、喜びを噛み殺し、強引に二人の手を握らせようと、両者の袖を強く掴んだ。羅紗と絹の異なる感触が、彼の指に伝わる。

 桂は、一瞬、手を引きかけたが、龍馬の揺るぎない眼差しを見て、諦めの吐息を漏らした。そして、西郷の厚い手に、自分の冷たい手を重ねた。


 慶応二年六月。長州藩領、小倉口を望む丘の上。高杉晋作(破壊柱)は、陣羽織を羽織り、咳き込みながらも、自ら馬に跨っていた。彼の顔は土気色で、唇は乾いた血の跡で微かに赤く染まっている。彼の周囲には、硝煙の匂いと、夏の湿った土の匂いが混ざり合っていた。

彼は、馬上で激しい咳を一つ漏らし、口元を押さえた白い布には、すぐに鮮血の赤が広がった。

 傍らに控える奇兵隊の隊士、山縣有朋やまがたありともが、心配そうな面持ちで進み出た。

「晋作様、ご無理でございます! ここは後方でご指揮を。今日の攻撃は、赤報隊に任せてくだされ」

 高杉は、山縣の方に目線だけを向けた。彼の瞳には、病の熱と決意の光が入り混じり、鋭く燃えていた。

「山縣。破壊というものは、生ぬるい心で成し遂げられるものではない。俺の存在そのものが、旧い世への決別の『象徴』でなければならん」

 彼は、乾いた咳を喉の奥で押し殺し、冷たい空気を大きく吸い込んだ。

「幕府軍は、巨大な壁だ。しかし、内側は腐りきっておる。俺が先頭に立って、その壁に風穴を開ける。それが、坂本の描く『無血の創造』を、実現させるための最後の破壊となる」

 彼は、馬の手綱を強く握りしめた。革の硬い感触が、彼の意志の強さを支える。


 高杉は、小倉口へ向かう先頭に立った。彼の乗る馬の蹄の音が、硬い岩場に鋭く響いた。

 幕府軍の陣営からは、銃の火薬の匂いと、威嚇の怒号が風に乗って流れてくる。

 高杉は、腰の刀の鞘に触れた。冷たい感触が、彼の高熱の体をわずかに冷ます。

「進め! 動かぬ世を、強制的に動かすのだ!」

 奇兵隊は、高杉の病に勝る気迫に鼓舞され、一斉に突撃を開始した。隊士たちの足音が、大地を震わせる。

 彼は、最前線で指揮を執り、龍馬が手配し西郷が送った西洋式の銃を自ら構えた。銃声と硝煙が、彼の周りを包み込む。耳鳴りがするほどの轟音の中、彼の視線は、一点も揺るがなかった。

 彼は、幕府軍の混乱を肌で感じた。規律も志もない彼らの足並みの乱れは、高杉の破壊を容易にした。

 高杉は、呼吸が苦しくなるのを感じながら、胸板を強く叩き、激しく鼓舞した。

「怯むな! 古い常識は、新しい銃弾の前では塵に等しい! 我々は、新しい世を力で創るのだ!」

 彼の叫び声は、濁った空気を切り裂き、隊士たちの耳に届いた。

 戦闘は、長州軍の圧倒的な優勢で進んだ。高杉は、旧体制の巨大な壁が、音を立てて崩れ去るのを、視覚と聴覚で感じた。幕府軍の敗走は、徳川三百年の建設が完全に機能不全に陥ったことを示す明白な破壊の証であった。


 小倉城は、長州軍の手に落ちた。焦げた木の匂いと、血の匂いが、城跡に満ちていた。

 高杉は、戦闘後、激しく嘔吐し、喀血した。その熱い血が、彼の軍服の胸元を黒く濡らした。鉄錆の強烈な匂いが、彼の鼻腔を焼く。

彼は、地面に手をつき、土の硬さを確かめた。

山縣有朋が、勝利の報を携え、駆け寄ってきた。

「晋作様! 勝利です! 小倉城は、我々の手に! 貴方の破壊が、天下を動かしました!」

 山縣の歓喜に満ちた声が、高杉の耳には遠く聞こえた。

 高杉は、震える手で、地面に散らばる硝煙の黒い灰を一つまみし、その匂いを嗅いだ。

「坂本の創造は、これで道筋を得た。そして慶喜は、もう戦う理由を失った」

 彼は、かすれた声で、最後の言葉を絞り出した。

「俺の破壊の役割は……ここまでだ。後は、建設者たちに舞台を譲る」

 彼は、勝利の熱狂の中で、自らの肉体の冷たさを感じた。

 慶応三年五月。長州、下関の桜山。高杉晋作(破壊柱)は、床に伏せていた。喀血を繰り返す彼の口元からは、鉄の味が絶えず広がっていた。窓からは、海風が入り込み、彼の薄い寝衣を揺らす。海と塩の匂いが、病室に満ちていた。

 彼の病床の傍らには、白い晒が置かれていた。そこに、彼は「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」という言葉を書きつけていた。

 見舞いに来た同志、伊藤博文が、その高杉の衰弱した姿を見て、涙をこらえた。

「晋作さん……もう、充分です。貴方の破壊が、長州藩を動かし、幕府を打ち破った。後は、我々が新しい建設をします」

 高杉は、わずかに体を起こし、口の中の血の味を舌で確認した。彼の目は、病の熱で輝いていた。

「建設だと? 伊藤、お前は甘い。破壊は、旧いものを打ち破るだけではない。膠着した状況を、強制的に動かすためにある」

 高杉は、震える手で、枕元に置かれた三味線を掴んだ。彼は、糸を強く弾き、甲高い音を響かせた。

「聞け! 俺の破壊は、これで終わりではない。俺の死が、明日を開いて行くのだ」

 彼は、三味線を静かに横に置き、深く息を吸い込んだ。彼の肺は、既に限界であった。彼は、伊藤の顔を真っ直ぐに見つめ、そう覚悟の言葉を吐き出した。伊藤は、その言葉の真の重さを理解し、畳に手をついて頭を下げた。

 高杉は、その夜、荒い呼吸音を部屋に残しながら、静かに息を引き取った。

 彼の静かな退場は、新しい時代の建設を、もはや誰にも止められないものとした。

 これにより、高杉晋作(破壊柱)は、その役割を完了し、建設柱である徳川慶喜と西郷隆盛に、平和的な政権移行という最後の建設への道筋を、血の代償をもって開いた。


 薩長同盟締結から数ヶ月後。龍馬は、土佐藩の船の上、潮風に吹かれながら、一人、甲板に立っていた。波の音と、帆の軋む音だけが響いている。

 彼は、懐から和紙を取り出し、墨壺と筆を用意した。紙の上に、新しい国家の輪郭を描き始める。

(武力で幕府を倒すだけでは、『新しい国』は創れぬ)

 彼は、筆を素早く動かし、理念を文字へと変えていく。墨の匂いが、潮の匂いと混ざり合い、彼の周囲に漂った。

 彼が描いたのは、武力による「破壊」ではない、対話による「無血の創造」であった。

 筆を置いた後、彼は、八つの項目が並んだ紙を、懐深く仕舞い込んだ。

「大政奉還。慶喜公に、武士の時代の建設を自ら終わらせるという『道』を示す。これが、わしの創造だ」

 彼は、船縁に手をつき、遥かな水平線を見つめた。太陽の光が、彼の顔を照らし、決意の固さを浮き彫りにした。

 彼は、深い海の匂いを吸い込み、大きな声で、誰に聞かせるでもなく語りかけた。

「破壊は、高杉に任せる。建設は、慶喜公と西郷殿の仕事。俺の創造は、この青図で終わる」

 彼の心の中には、自分の命が長くはないという予感があった。しかし、彼は、その短い命と引き換えに、日本という国体の命脈を繋ぐ創造を成し遂げた。


 その後、長州は薩摩から購入した武器で武装し、第二次長州征伐に勝利した。この朗報は、龍馬の耳にも届いた。

 長崎の亀山社中で、龍馬は大きな地図を広げていた。長州の旗印が、幕府軍を押し返していることを示す印が、地図上に書き込まれている。

 彼は、傍らにいたお龍(意識名:創造の伴走者)の手を、力強く握りしめた。彼女の手の温もりが、龍馬の創造の成功を祝うようであった。

 彼らはカエサルとクレオパトラ、源義経と静御前という関係を経て、この時代には龍馬とお龍として生涯を共にした。

「お龍、見たか。長州は勝った! 西郷と桂を繋いだ、俺の創造が、現実の力となった」

 お龍は、静かに龍馬の腕に寄り添った。彼女は、龍馬の興奮した呼吸を肌で感じた。

「貴方様の理念は、武力よりも強い力で、世を動かしました。貴方様が描いた船は、嵐の中を、まっすぐ進んでおります」

 龍馬は、破顔一笑し、大きな声で笑った。その笑い声は、歓喜に満ちていたが、彼の創造の役割の終わりが近づいていることも、同時に示していた。

(さあ、この青図を、慶喜公の手に渡さねばならん。建設の時が来た)

 龍馬は、静かに筆を取り、「船中八策」を徳川慶喜に渡すための手配書を書き始めた。創造は、建設への橋渡しをもって、その使命を終える。

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