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第三十六話:ブリュメールの霧、建設と破壊の密約

あらすじ


 一七九九年、ロベスピエール(創造柱)の死後、フランスは総裁政府というシエイエス(建設柱)の設計した「骨格」の上で不安定な均衡を保っていた。しかし、この建設は内部の腐敗と外部の脅威に晒され、崩壊の危機に瀕していた。シエイエスは、自らの築いた共和制の構造を救うため、エジプト遠征から帰還した若き将軍、ナポレオン・ボナパルト(破壊柱)の「武力」を利用することを決断する。シエイエスは、ナポレオンを利用して構造を安定させた後に排除する青図を描いていたが、ナポレオンの破壊の勢いは、シエイエスの建設の計算を超えるものであった。


本編


 西暦一七九九年の秋、パリの政治は腐敗の匂いを放っていた。ロベスピエール(創造柱)が創り出した共和制の理念は、シエイエス(建設柱)が設計した総裁政府の構造の下で運用されていたが、政治家たちの私欲と争いの声が議場にこだましていた。シエイエスは、執務室で、机の上に散らばった財政報告の紙を叩いた。紙の乾いた音が、政府の権威の脆さを示唆しているようだ。

「私が設計した構造は正しい。だが、動かす者が腐っている。このままでは、革命の建設は崩壊し、王政が逆流する」

 シエイエスの手は、インクで汚れていたが、その動きは緻密な設計士のそれである。彼の目は、自らの描いた憲法の条文を見つめていた。

 その時、遠くエジプトから、若き将軍ナポレオン・ボナパルト(破壊柱)が帰還したという報が入った。シエイエスは、ナポレオンの名を記した紙を拾い上げ、ペンの先で静かになぞった。

「武力で、この構造を一度、清算する必要がある。彼は、その道具となる」


 一七九九年十一月九日(ブリュメール十八日)。パリの街は朝霧の冷たい湿気に包まれていた。シエイエスとナポレオンの密談は、総裁政府から離れた邸宅で行われた。部屋の空気は、火の気のない冷ややかさを保っていた。

 シエイエスは、ナポレオンを招き入れ、自らが描いた新しい憲法の骨格の図を机に広げた。ナポレオンは、軍服の革の匂いを漂わせながら、その図を鋭い目つきで見つめた。彼の手は、剣の柄に触れていた。

 シエイエスは、ペンを図の中心の「行政権」を示す箇所に置いた。

「ボナパルト将軍。わしは、この国に永続する構造を建設したい。しかし、この総裁政府は、あまりに脆い。貴殿の力で、この腐敗した構造を破壊し、新しい構造を定着させてほしい」

 ナポレオンは、一歩前に出て、図の上に手の平を置いた。彼の手の温もりが紙に伝わる。彼は、シエイエスの顔ではなく、シエイエスが描いた「権力の座」を見つめていた。

「シエイエス殿、わしは軍人だ。破壊は得意だ。だが、その後の建設は、貴殿の知恵を借りる」

 シエイエスは、冷静に答えた。彼は、ナポレオンを一時的な「道具」として利用し、武力で構造を安定させた後に排除する青図を描いていた。

「その『建設』の骨格は、既にわしの頭の中にある。貴殿は、わしの設計図に従い、力を振るえば良い。三人の執政官の下で、この国は新たな安定へと向かう」

 ナポレオンは、フッと鼻で笑い、シエイエスの目をまっすぐ見返した。その目には、燃える火のような破壊の勢いが宿っていた。

「わしは、誰かの描いた図面の上を歩く軍人ではない。その権力の座は、わしが望む形で掴む」

 ナポレオンの言葉は、シエイエスの計画に、初めて予期せぬ亀裂を入れた。過去には信長(創造柱)が天下統一の基盤を作り、家康(建設柱)と彼を支えるの忠勝(破壊柱)が天下統一と太平を実現した彼らが、今度はフランスを舞台に政治基盤をロベスピエールが作り、シエイエスとナポレオンが実現していくのだった。彼らの役割は時代の転換期に人間に紛れながら確実に時代を進めることにあることがわかる。


 密談の翌日、ブリュメールのクーデターが実行された。ナポレオンは、シエイエスが予想した以上に、迅速かつ暴力的に動いた。武力が議場を制圧した時、シエイエスの設計した憲法の骨格は、ナポレオンの力によって、彼の思惑とは異なる形に歪められ始めた。

 ナポレオンは、軍靴の硬い音を響かせながら、シエイエスの執務室へと戻ってきた。部屋には、硝煙の微かな匂いと、興奮の熱気が残っていた。

 ナポレオンは、執政官の座を巡る会議の最中、シエイエスに向かって問うた。

「シエイエス殿、あなたは三人の執政官の一人だが、権力の中心は、誰が握るべきか。この国に安定をもたらす力は、誰にあるか」

 ナポレオンは、机の上に置かれた、自らの署名がなされた軍の命令書を指さした。

 シエイエスは、自らの建設の青図が、ナポレオンの破壊的な勢いに飲まれていることを痛感した。彼は、インクを吸い取った紙の冷たい感触を指に感じながら、静かに答えた。彼の声には、設計者としての諦念と、より大きな安定を選ぶ覚悟が混じっていた。

「ボナパルト将軍。今、この国を安定させる力は、貴殿の軍にある。私の設計を一時的に超えてでも、この国に秩序を」

 シエイエスは、自らの設計した憲法の骨格に、ナポレオンという強大な武力が捩じ込まれるのを許容した。ナポレオンは、たちまち第一執政の座を確保し、シエイエスの設計を自らの都合の良い形へと変貌させていく。

 ロベスピエールの創造に始まったシエイエスの建設は、ナポレオンの破壊という強烈なエンジンを取り込んだことで、新たな皇帝の時代への骨格となって残されるのである。

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