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第三十ニ話:建設の胎動

あらすじ


 一五九〇年、豊臣秀吉(内なる毒)は、数十万の軍勢を率いて北条の居する小田原城を包囲し、長きにわたる戦国時代の終わりを告げようとしていた。秀吉の建設は、自己顕示欲と華麗さに彩られた「暫定的な統一」であり、その裏側には「内なる毒」が潜んでいた。一方、徳川家康(建設柱)は、その秀吉の支配下にありながらも、小田原攻めの陣中で、自らが目指す数百年の平和という「長期安定政権」の青図を着々と練り上げていた。二人の対話は、天下という構造を巡る、対照的な二つの意志を示唆していた。


本編


 西暦一五九〇年の夏、小田原城を囲む豊臣方の陣営は、数十万の兵が放つ熱気と、土埃、そして煮炊きの煙が混ざり合った、重苦しい空気に満ちていた。城の周囲には、「一夜城」と呼ばれる石垣が、権力の誇示として聳え立っていた。

 豊臣秀吉(内なる毒)は、本陣の豪華な茶室で、黄金の茶器を手に取り、静かに湯を飲んだ。茶室には、香木の華やかな匂いが漂い、戦場の泥臭さを覆い隠していた。彼の目は、目の前の小田原城ではなく、その先の、自らが完成させた「天下統一」の華麗な景色を見つめていた。

 そこに、徳川家康(建設柱)が、簡素な着物姿で現れた。家康は、茶室に入る前に、靴の裏に付いた細かい土を丁寧に払い落とした。彼の衣服からは、墨と紙の微かな匂いがした。家康の意識は、秀吉の短命で華美な建設とは対照的に、地味で堅固な土台作りを志向していた。


 秀吉は、家康に向かい、黄金の茶器を静かに置いた。

「家康、見てみよ。この小田原を落とせば、わしの天下統一は完成する。親方様が破壊した旧秩序の残滓は、すべてわしが縫い合わせた。この栄華は、永く続こう」

 秀吉は、茶室の壁に施された豪華な装飾を指さした。彼の手は、創造の熱を帯びていたが、どこか落ち着きがない。

 家康は、秀吉の言葉に頷き、茶器の輝きではなく、茶器の内側の、湯の揺らぎを見つめた。

「秀吉様の創造は、まことに鮮やか。この戦国を終わらせたことは、次の時代への礎となりましょう」

 家康は、「創造」という言葉を使い、自らの「建設」とは異なるものとして線引きした。

 秀吉は、湯を一口飲み、問うた。

「だが、家康。お前は、何を見ている。お前の眼には、天下を握った者の華麗さよりも、深い地中の土の匂いがする」

 家康は、座したまま、姿勢を正した。彼の指は、無意識のうちに、懐の中に隠された、検地の記録と法の雛形の紙の束に触れていた。

「秀吉様の築かれた華麗な城は、まことに素晴らしい。しかし、私が望むのは、この城が二百年、三百年、風雪に耐え、変わらぬ平和を提供することです。絢爛ではなく、堅牢な土台。武士が無駄な力を蓄えることを許さぬ、永続的な『構造』です」


 秀吉は、家康の言葉にわずかに眉を動かした。彼は、家康の堅固な意志が、自分の「華麗な建設」をやがて飲み込むものであることを、無意識のうちに感じ取っていた。秀吉は、家康を京から遠ざけるため、関東への移封を命じる。

「良かろう。お前の望む堅牢さは、東国で築くが良い。この小田原の後、八州をお前に与える。広大な領土で、お前のいう『永続的な構造』とやらを試すが良い」

 秀吉は、家康を遠ざけることで、自分の安定を図った。彼は、家康の内側に潜む「建設の力」を正しく評価していなかった。

 家康は、その命令に対し、一切の動揺を見せず、深く頭を下げた。

「有難き幸せ。この家康、関東八州の検地、城下町の整備、法の雛形作りに励みます。秀吉様の築かれた天下の安定のため、東の地を固めてまいる」

 家康の言葉は、忠誠を誓いながらも、既に未来の建設の土台を見据えていた。彼は、関東という広大な地を得ることが、長期的な政権の建設にとって重要な布石であることを知っていた。

 秀吉は、家康のその落ち着き払った姿に満足と同時に、言いようのない不安を感じた。秀吉は、黄金の茶器を二度、静かに叩いた。

 小田原の城が開城し、戦国が終焉したこの瞬間、秀吉の「毒」による華麗な破壊の建設と、家康の「忍耐」による地味で堅牢な建設は、決定的な道を分かち、次の大衝突と、その後の永続的な平和の構造へと向かっていくのである。

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