第三十一話:中国大返し、安定の継承者と内なる毒の密約
あらすじ
一五八二年。織田信長(創造柱)が本能寺の変で倒れ、天下は混沌に包まれた。この機を逃さず、豊臣秀吉(内なる毒)は、備中高松城の水攻めから京都までの驚異的な速さの「中国大返し」を敢行する。秀吉の役割は、信長が創り出した「天下統一」の萌芽を完成させ、建設柱たる徳川家康に譲ることであった。彼は、毛利家の重鎮、小早川隆景(安定の継承者)との密約により、自軍を東へと疾走させる。二人の会話は、乱世の終わりと新しい秩序への緊急的な橋渡しを示唆していた。
本編
西暦一五八二年六月。備中高松城の周囲には、水の冷たい匂いと、掘削された泥の生臭さが満ちていた。水攻めを指揮する豊臣秀吉(内なる毒)の陣に、信長の死という悲報が届いた瞬間、秀吉は、座っていた石から跳ね上がり、その小さな体が一瞬、固まった。彼は、信長の創造という巨大な歯車が停止したことを、肌で感じ取った。
秀吉は、床に置かれた水の入った桶を蹴り倒し、冷や水を顔に浴びせた。水が顔から滴り落ちる中で、彼の目には、「いよいよ自分の番が来た」という気合いの炎が燃えた。
「これは、天が私に与えた、乱世の後始末か。光秀の手で、信長様の創造を無駄にはさせぬ」
秀吉は直ちに今しがた攻めようとしている毛利の陣へと密使を送った。和議の談判の場は、湿った山の奥深く、焚き火の煙が立ち上る、秘めた場所であった。
小早川隆景(安定の継承者)は、毛利の重臣たちが「今こそ好機」と叫ぶのを押し留め、一人、秀吉と対峙した。隆景は、落ち着いた様子で、焚き火の熱を手に吸い込み、静かに茶を啜った。
秀吉は、隆景の前で、指先を地面に押し付け、決意を込めた。
「隆景殿、親方様は斃れた。今、天下は真空となった。私が進む道は、親方様の意図を継ぎ、この天下を統一することだ」
隆景は、茶碗を置いた。陶器の乾いた音が静寂に響く。
「藤吉郎殿の焦りは理解する。信長公の後、誰が天下をとるのか、それが問題だ。この状況では貴殿が王手をかけている」
秀吉は、隆景の先見の明に目を細めた。
「京の混乱を見過ごせば、親方様の創造は水の泡となろう。毛利とは、和議を結びたい。この機に、京へと走らねばならぬ」
隆景は、腕を組み、静かに言った。
「毛利は、信長公の死を知らぬという前提で、和議に応じよう。次の時代への橋渡しとなろうぞ」
和議が結ばれた後、秀吉は、自軍を、文字通り「走らせた」。真夜中の山道を、兵士たちは泥と汗にまみれながら駆け抜けた。一日に十数里(約四十キロ)を走破する、常識外れの行軍は、武力による「暫定的な統一」を急ぐ秀吉の焦燥を物語っていた。彼の体からは、蒸発する汗の熱が夜の冷気に立ち上る。
行軍からわずか十日で、秀吉の軍は、光秀(信頼の破綻者)が立て籠もる山崎へと到着した。山崎の合戦は、信長の死によって生じた「天下の所有権」を巡る、最初の権力闘争であった。彼は、「天下をとる」という欲望に光った目で軍を動かした。山崎の合戦は、秀吉の猛攻と、疲労の色を見せない兵の勢いに飲まれ、光秀の軍は崩壊した。
秀吉は、刀を抜くことなく、ただ、声を上げ、次々と的確な指示を出した。
「光秀を討ち取り、信長様の天下を繋げ!休むな、走れ!」
彼の勝利は、信長の創造の勢いを借りて成し遂げられた、緊急事態への「応急処置」であった。この勝利は、秀吉が一時的な最高権力者となり、乱世を強制的に終焉させ、徳川家康(建設柱)へと時代を引き渡す道を開いたのである。




