第二十九話:建設者の思索と破壊者の覚悟
あらすじ
一五七〇年頃。織田信長(創造柱)が破竹の勢いで旧体制の破壊と革新を進める一方、徳川家康(建設柱)は、三河の地で、長期安定政権という青図を胸に、ひたすら忍耐を続けた。家康の目標は、数百年に及ぶ「長期的な安定」の建設であった。家康の傍には、常に猛将・本多忠勝(破壊柱)がいた。忠勝は、戦場で一切の妥協なく敵を粉砕し、「乱世の残滓」を徹底的に破壊することで、家康を血腥い現実から遠ざけ、青図の完成へと集中させた。これは、戦国の終焉と江戸時代の確固たる建設を実現させる、重要な布石となった。
本編
西暦一五七〇年頃、三河の岡崎城は、周囲の戦国の喧騒とは裏腹に、異様なほど静かであった。徳川家康(建設柱)は、城の一室で、蝋燭の灯りの下、広げられた紙を見つめていた。部屋には、墨と古い紙の匂いが満ちていた。彼の視線は、信長の如き「創造」の勝利を追うのでなく、百年、二百年先の未来の「建設」を見ていた。紙には、武家の統治構造、身分の序列、そして諸外国との関係を規定する、緻密な「安定システムの設計図」が描かれていた。
家康は、筆を置いた後、庭の松の木を見つめた。松の葉が風に擦れる微かな音が聞こえる。彼は、自らの役割は、信長の創造が作り出す「地盤」の上に、長期的な平和という「巨大な建造物」を築くことだと理解していた。
彼は、暖かい茶を一口飲み込み、静かに紙の上の線を指でなぞった。
「一時の勝利は要らぬ。この国が、数百年にわたり、安寧を保つ構造を築く。そのために、今は忍耐せねばならぬ」
その時、廊下から、鎧の擦れる重々しい音が近づいてきた。本多忠勝(破壊柱)である。彼は、姉川の戦いから戻ったばかりで、鹿の角の兜は外していたが、その漆黒の鎧には、乾いた血と土の匂いが染み付いていた。忠勝は、家康の前に進み出て、静かに膝をついた。
家康は、机の上の墨の匂いとは異なる、血腥い現実の匂いを嗅いだ。彼は、顔を上げ、忠勝の無傷の表情と、しかし鎧に残された凄惨な戦いの痕跡を見た。忠勝の破壊は、単なる武功のためではなかった。彼は、家康が目指す「長期的な安定」の建設を確固たるものとするために、今、存在する全ての敵と不安要素を、根から断つという役割を全うしていた。姉川の戦い、三方ヶ原の戦い…忠勝は、敵の猛攻に晒されても、決して退かない。彼の猛攻は、「ここより先には行かせない、建設者には近づけさせない」という意思を示し、「平和」の建設に邪魔な「乱世の残滓」を徹底的に粉砕する役割を全うしていた。
家康は、静かに、紙を脇に寄せた。
「忠勝、無事で戻ったか。その鎧の血の跡は、今、私が守られている証だ」
忠勝は、微動だにせず、地についた手に力を込めた。
「殿、御意のままに、敵は討ち滅ぼしました。彼らは、殿の築かれる世に不要な、古い時代の雑音でござる。乱世の種は残しませぬ」
彼の声は、感情を伴わない、硬質な鉄の響きを持っていた。
家康は、再び、紙の上の構造図に視線を戻した。
「乱世の終わりは、お前の槍が決める。だが、忠勝。お前の槍が壊した後に、この国を繋ぎ留める法と秩序を、私は創り続けねばならぬ」
家康は、その言葉を発しながら、筆を取り、紙に一文字、力強く書き加えた。
忠勝は、その筆の動きを見て、深く息を吸い込んだ。彼は、自身の役割が、この書物に記される未来の平和のための「血の清算」であることを知っていた。
「殿の建設が成るまで、この忠勝は、敵の槍を一本も殿に近づけませぬ。槍が錆びる時、この世は安寧を迎えるでしょう」
忠勝は、一礼した後、音を立てずに部屋を出た。彼が去った後、家康の部屋に残されたのは、再び、墨と紙の匂いと、深い静寂であった。建設者の冷静な思索が、この三河の地で、確実に進んでいた。




