第十八話:平清盛、貨幣経済の創造と旧体制の破壊
あらすじ
西暦一一七〇年頃。平治の乱を経て武家のトップとして太政大臣に昇り詰めた平清盛(創造柱)は、次の創造を経済の分野に見出した。公家の基盤である荘園経済(旧体制)を時代遅れのものとするため、彼は大胆に日宋貿易を拡大し、宋銭を用いた貨幣経済という新しい経済システムを創造する。この経済的な破壊と創造は、公家の富と権力を急速に武士(平氏)の側へ移し、次の時代(武家)への経済基盤を整える役割を担った。
本編
西暦一一七〇年頃。清盛(創造柱)が経済を中心とする世の中を作るため都を移した福原(現・神戸)の大輪田泊には、塩気の強い風と、外国の船員たちの喧騒が満ちていた。海と油の匂いが潮風に混ざり合う。
清盛は、自ら開削させた人工島の上に立ち、遠く沖合に浮かぶ宋の巨船を見つめた。彼の顔には、新しい文明と富を引き寄せる創造者の確信が滲んでいた。
彼の手には、宋から輸入された銅銭が握られていた。冷たく、均一で、遠くの地の匂いがするこの銭は、彼にとって、古い荘園の土の匂いが染み付いた公家の経済を破壊する、強力な道具であった。
彼は強く、銅銭の冷たさを感じながら静かに呟いた。
「米と土地に縛られた旧い価値は、この銭の流れの前に無力となる。国を動かすのは血筋ではなく、富の力だ」
清盛は、日宋貿易の利益を独占し、多量の宋銭を国内に流通させた。公家の主要な収入源は、土地から得られる米と絹といった荘園からの年貢であったが、清盛は、海外貿易から得られる銭という、新しい富の源を掌握したのである。かつて道長として公家の頂点に立った創造柱は、公家と武家の双方の頂点に立つ道を開いていく。
京都の公卿たちは、新興の武士が宋の豪華な品々や絹織物を大量に購入する様を見て、眉をひそめた。彼らは、依然として雅な生活を送っていたが、彼らの富の基盤はゆっくりと、確実に腐食し始めていた。清盛が築いた武家政権は、軍事力と血縁だけでなく、新しい経済という強固な基礎を手に入れたのである。
公家の一人が、清盛の新しい貿易政策に対して、袖を振って嘲った。
「何と卑しいことか、銭に魂を売るなど。我々の尊厳は土地に宿る」
その声は裏に隠された、自分たちの権威が経済の波に飲み込まれることへの恐怖が含まれていた。
清盛の創造は、経済の再構築に留まらなかった。彼は、武士の棟梁でありながら、公家の文化を取り入れ、厳島神社の壮麗な社殿を造営した。海に浮かぶ朱色の鳥居は、武士が文化の担い手となり、権力の中心に躍り出たことを象徴していた。海の潮の香りと朱色の厳かな色彩が融合していた。
清盛は、福原から瀬戸内海を見下ろした。彼の創造は頂点に達していた。武士が公家に代わって国を動かす時代の扉は開かれ、その扉を支える礎は、宋から流れ込む、冷たい金属の輝きを放つ貨幣であった。
しかし、福原の遷都は貴族の強い反発や、後世の挙兵といった反平氏の動きが激化したため、わずか半年で取りやめになり、京都へ戻された。
彼は静かに拳を開き、その手のひらに残った潮風の感触を確かめた。彼の創造はこの場では一時的な後退を見せたが、貨幣経済の流れは止まることはなかった。この公武合体と貨幣経済による統治は、清盛の死後、二百年後の足利義満(創造柱)の時代に結実することになる。そして創造の役割は間もなく次へと引き継がれる。




