第9話 - 静電の血
このエピソードは少し長くなったため、二つのパートに分けることにしました。どうぞお楽しみください。
雪が静かに降っていた。
その中に立ち尽くす。吐く息は白く、乱れていた。
音がない。あまりにも静かすぎて、逆に何かがおかしいと叫んでいるような沈黙。
指先が震えていた――寒さではない。皮膚の下を這う、不吉なざわめきのせいだ。
「……リン?」
小さく呼ぶ。
前方に、白い着物の影が立っていた。
雪の中で揺れる髪。無表情のまま、こちらを見つめている。リン――そう“見えた”。
一歩、近づく。安堵が喉を通りかけた瞬間――
地面が裂けた。
――シュッ!
その姿がぶれ、鎌が俺の喉を狙って振り抜かれた。
反射的に屈む。耳元で風が切れ、火花が散った。
「チッ……なにしてんだ、リン!?」
返事はない。影のように、機械的に動く。
腕で受け止め、金属と幽鋼がぶつかる音。歯を食いしばり、体をひねり、蹴りを放つ――だが彼女は宙返りでかわした。
「……違う。こいつはリンじゃない」
胸の鼓動が速くなる。「また幻か」
雪面が割れ、紫に染まる。
静電気のようなノイズが空気を走った。
顔を上げる――
空が砕けた。
紫の稲妻が地へ降り注ぎ、世界が溶けていく。
雪は水に、水は煙に、煙は黒い炎に変わる。
瞬きをした瞬間――
そこは“街”だった。
静まり返った、廃墟の街。
空気の中を、紫のノイズが稲妻のように走っている。
通りの中央に、ひとりの人影が倒れていた。
喉が詰まる。
足が勝手に前へ出る。
顔が見えた瞬間――
「……イツキ?」
目が見開く。「嘘だろ――」
イツキの目が開く。
その手が閃き、俺の脇腹を貫いた。
息が詰まる。血が飛ぶ。
後ずさる俺の前で、イツキの笑みが別の顔に変わった。
形が歪み、空気が紫の静電気に染まる。
立っていたのは――クロガミだった。
「俺が人間だと思っていたか、レンジ?」
怠惰そうに片手を上げ、薄く笑う。
目が赤く燃える。「……てめぇ」
クロガミは腕を広げ、静かな声で告げた。
「ここはもう俺の世界だ。お前も同じだ――足を踏み入れた時点でな。」
指を鳴らす。
空が再び波打った。
低く、深い唸りが皮膚の下を這う。
瞬きした。そこに――リンとイツキが立っていた。
無言。無表情。白く濁った瞳。
近づこうとした瞬間、空が鏡のように砕けた。
紅の欠片が上へ舞い、地面が砂に変わる。
――海。
黒く、果てのない海が広がっていた。
波が亡霊のように立ち上がり、泣き声にも似た囁きを吐く。
「まさか……この場所は……」
知っている。潮の匂い。血の匂い。――モモが死んだ日の海だ。
顔を上げる。そこに彼女がいた。
モモが、裸足で波打ち際を走り、助けを叫んでいる。
五つの影が追っていた。笑い声が波を切り裂く。
その中の一人が振り返った――クロガミの顔。
冷たい。空虚。地獄のような笑み。
息が止まる。「やめろ……」
走り出す。
水面を蹴るたびに、赤く光る波紋が広がる。
「モモォォォ!!」
叫び、手を伸ばす。だが届かない。
いじめの影たちが彼女を取り囲む。モモが振り向き、涙が頬を伝う。
「レンジ……どうして、助けてくれないの……」
その一言が、心の奥で何かを砕いた。
飛んだ。世界が震える。
刃が風を裂き、黒い霧のように影たちを吹き飛ばす。
モモの手を掴む。だがその身体が――ノイズのように崩れた。
手の中で溶けていく。
世界が、ガラスが弾けるように割れた。
前のめりに倒れ、息を荒げる。
砂も、海も消えた。
残ったのは赤い霧と、遠くで鳴る鎖の音。
顔を上げる。汗が頬を伝う。
――現実。
幻の外側。
リンの目が見開かれ、瞳が白く光った。
「レンジ……!」
小屋が揺れる。
黒い影が数十、取り囲んでいた。歪んだ顔。下僕たち。
リンは立ち上がり、鎌を呼び出す。
霧から形を成す刃、紫の炎が絡みつく。
突っ込んでくる敵。
一閃――風が裂け、三体が同時に崩れ落ちた。
髪が頬をかすめ、着物が揺れ、荒い息が白く光る。
背後でイツキが立ち上がり、鼻血を拭って笑った。
「先に始めるなよ。」
リン:「また血が出てる。」
イツキ:「これが俺のスタイルだ。」
森の奥から、二つの巨大な気配が近づく。
サヤとトオル――変貌した幽鬼の姿、瞳に憎悪の炎。
リンの声が低く沈む。「モモを殺したのは……お前たちだな。」
二人は笑った。背筋を這うような笑い。
リンの握る手が震えるほどに強くなる。
「なら、今度こそ跡形もなく消してやる。」
モモの幻影
海辺。波の音が耳を引き裂く。
自分の死体が足元に横たわっていた。
血と砂。泣き顔のまま。
五人のいじめっ子が取り囲む。
ライハが黒い霧の鞭を揺らし、ケンタの拳が黒炎を纏っている。
「死んでも弱いままか?」ライハが嘲笑う。
モモは震え、しかし冷たい笑みを浮かべた。
「……ちゃんと、殺しとけばよかったのに。」
幽炎が腕を包み、爪のように輝く。
「今度は――」顔を上げる。瞳は淡い青に燃えていた。
「殺すのは、私。」
ライハが鞭を振る。
モモは掴み取り、一気に引き寄せ、膝蹴り。
続けざまに回転し、ケンタの胸を青い炎で切り裂く。
ケンタが咆哮し、炎がぶつかり合う。
砂浜がひび割れ、空が黒く染まった。
モモの叫びが幻を揺らす。
読んでいただき、ありがとうございました!感想をコメントでいただけると嬉しいです。次回もお楽しみに!




