第130話 アランの過ち
師匠のお屋敷で、お昼ご飯を食べたアランは上機嫌で帰りの道を歩いていた。
林の中で、不意に声をかけられた。
「おい、餓鬼!お前、あの屋敷の奴と知り合いか?」
行きに、お屋敷から出て来たのを見かけた師匠の弟子が、林の中から出て来た。
18才ぐらいの男で、威圧的な、嫌な話し方だった。
「薬を届けに来ただけです。」
アランは、そそくさと前を通り過ぎようとした。
「いっ、痛い!」
アランは、急に腕を強く掴まれ、つま先立ちになるぐらい引っ張り上げられた。
「アイツ、重症か?死ぬのか?」
アランの顔に、男の顔が付かんばかりに近付き、アランは、恐怖で声が出なかった。
「おい餓鬼!聞いてんのか?答えろ!」
男の大声で、アランは我に返った。
「死ぬ訳ないだろ!師匠は、特級魔法使いなんだぞ!」
アランは、男に負けないぐらい大声で、理由にはならないことを答えた。
「師匠?笑わせんな、お前みたいな餓鬼をアイツが弟子にする訳ないだろ。」
男は、鼻で笑った。
アランは、腹が立った。
確かに、師匠には弟子じゃないと言われたが、魔法を教えてくれている。
この腹立ちが、アランをどんどん意固地にしていった。
「ふん、クソ餓鬼なんか相手にしてる場合じゃなかった。どうせ大した魔法も使えないんだろう、嘘つきが!」
アランは、男に突き飛ばされ尻もちをついた。
「使えるよ!師匠からいつも褒められているもん。お前なんか弟子失格なくせに!師匠が言ってたぞ!弟子なんか取るんじゃ無かったって!だから、今は僕が師匠の一番弟子なんだからな!」
アランは、何とか立ち上がり男を見上げた。
男は、意地悪そうに笑うとアランの胸を突いて、1冊の本を見せる。
「おい、クソ餓鬼、そんなにアイツに褒められているなら、この本に載っている魔法を1日で覚えてみろよ!」
アランは、男の馬鹿にした顔を見て、本を引ったくった。
「こんなの簡単さ!」
アランのムキになった顔を見て、男は満足気に頷いた。
「明日、またその本を持って来いよ!覚えられないからって、本を無くしたとか言うなよな。それとその本、誰にも見られるなよ!隠して持っていけ。価値ある本なんだから、絶対だぞ!」
男は、辺りを見回すと、また林の中に入って行った。
アランは、本を鞄に入れて歩き出した。
絶対、全部覚えてやる。
本は、硬い背表紙で立派に見えるが、薄いし、パッと見た感じ字数も魔法の数も少ない。
楽勝だ。
アランは、まだイライラしていたし、それに肩がまだ痛かった。
林を抜けて、橋を渡ろうとして、またも不意に声をかけられ、アランはびっくりした。
今度は、さっきの元弟子より大人な男2人と女が1人。
ローブが魔法協会のものだった。
アランは、なんとなくホッとしたが、思わず鞄に手をかけた。
「坊や、脅かしてごめんね。」
女が優しく声をかける。
「この近くに、特級魔法使いの家があるはずなんだけど知らない?」
アランは、黙って指差した。
「あの林の道を、行けばいいのね。」
女の言葉に、アランは頷いた。
「ありがとう。」
女が優しく笑った。
可愛いわね、照れちゃってっと言う言葉が聞こえたが、アランは、恥ずかしがったのでは無く、ただ理由の分からないドキドキを何とか抑えていた。
アランは家に戻り、机に本を置いてため息をついた。
勢いで覚えると言ってしまったことを今は後悔していた。
アイツは、魔法協会に追われていると師匠は言っていた。
「…これと関係があるんだろうか?」
アランは、小さな声で呟いた。
でも、覚えて行かなかったら……。
あの腹立たしい顔を思い出し、アランは本を開いた。
「変な魔法……。」
どれも簡単で、アランはすぐ覚えられた。
最後のほうは、難しいのかな?
使う時が無さそうだし、なんか嫌な魔法ばかりだった。
ページをめくり、最後のページを見ると、もっと嫌な魔法が載っていて、最後の最後で、アランは慌てて本を閉じた。
操る魔法、魂を抜く魔法……。
本の最後は、
『さぁ、身近な人で試してみましょう。』
と書かれていた。
アランは、身震いした。
師匠に、この本を持って行き、この危険な本をどうにかしてもらおうかな。
この魔法って、みんな知っているものなの?
アイツは?
持っていたなら、知っているってこと?アイツ、まさか師匠に使ったりしないよな!
師匠に知らせないと!
アランは、師匠のお屋敷に行かなければと、急いで席を立った。