表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

第12章 運び屋(トランスポーター)の記憶


第12章 運び屋の記憶



「……熱心に“視る”のね。変速機が珍しいのも、無理ないわ」




挿絵(By みてみん)




絵美は、自分の車が“普通”ではないことを知っていた。




――普通じゃない奴が手がけた、普通じゃない車。




脳裏に、一瞬“整備者”の姿がよぎる。




「そう、ボスの用意する車は、いつもこういうのばかりだった。ワンオフで鬼チューン、最先端技術を極秘ルートで先行入手……」




――いったい、ボスは裏でどんなヤバいことをやってるんだか。




(……ま、ヤバいのは今に始まったことでもないけど)




挿絵(By みてみん)






「……私も、昔はあの“ヤバい仕事”に、手を貸していたっけ」




彼女の心に、記憶の断片がふと蘇る。




ーーー




(あの頃からボスはいつも口癖のように言ってた。“セーフティーマージンは確保しておけ”って)






イギリス国




夜のとある地下駐車場。




黒いスーツに黒縁メガネの絵美が、小型車のそばで携帯端末に静かに声を落とす。




「定刻どおりよ。指定場所に到着してるわ」




返ってきたボスの声。




「間もなく財団の人間が“ブツ”を渡しに来る。それを12時間以内に、E市の指定場所へ運ぶのが今回の契約内容だ」




「了解。引き受けたわ」




冷たい風が、絵美の横顔をかすめる。




黒塗りのスーツをまとった男が、無言で歩み寄ってくる。




「来たようね、財団ユプシロン」




「運び屋だな?」




「ええ、預かる品はそちらかしら?」




男が差し出したのは黒いアタッシュケース。中身は最高機密。トランスポーターが中身を詮索することは無い。




挿絵(By みてみん)




「指定先には受取人がいる。確実に渡せ」




「心配ご無用。計画は確実に実行するわ」






だが――。




バキュン!




銃声が駐車場に響き渡り、アタッシュケースがはじけ飛ぶ。




挿絵(By みてみん)




「クソッ、何者だ!」




煙の中から現れたのは、前髪パッツンにサングラスの女。静かに銃口を向けながら言い放った。




「そのカバン、いただくわ」




「こ……コードG2!? な、何の真似だ!?」




「お知り合い?」と絵美が男に問う。




「同じ財団のエージェントだ。だが、持ち場が違うはず……」




「お久しぶりね、コードA9」




女は、余裕の笑みを浮かべる。





「ずっと待ってたのよ。あなたがソルトロン鉱石を持ち出すのを。それが手に入れば、もう財団に用はないわ。FOCへの、お土産よ」




「まさか……貴様、FOCの工作員だったのか!」




挿絵(By みてみん)




「始末する!」




バキューン!



銃を抜こうとするA9。しかしその銃は、G2の弾丸によって即座に吹き飛ばされる。





「余計な動きをすれば、次は頭に風穴が開くわよ」




G2が冷たく言い放つ。




「私のガンスキル、ご存知でしょう? おとなしくカバンを渡してちょうだい」




A9は歯噛みする。




「……これは最高機密、ヤツはどうやって……どこでこの取引を知ったんだ……」




「リスクヘッジが甘いってことよ」




絵美が冷静に口を開く。




「組織に潜り込んでチャンスを伺う輩なんて珍しくもない。裏組織では定期的に“炙り出し”をしないと、こういうのは幾らでも湧いてくるのよ」




G2が、今度は絵美に銃口を向ける。




「そこの女、そのカバンをこちらへ持ってきなさい。前に置いて、そのまま下がりなさい!」



冷たい命令に、絵美は眉ひとつ動かさず、淡々と返す。 




挿絵(By みてみん)



「お断りよ」




静かな声が、場の空気を凍らせた。




「あいにく、この荷物の届け先は決まってるの。あなたみたいな図々しい“荷物預かりサービス”には、興味ないわ」




「……はぁ? あんた、状況わかってるの?」




「ええ。あなたがあまり状況を理解してないってことは、理解してるつもりよ」




くゆる銃口の先は絵美に向けられたままだ。




「リスクヘッジって、わかる? 起こりうる危険を想定して備えておくこと」






「バカじゃないの?、さっき見たでしょ? あんたが銃を抜いても、私のトリガーが先なのよ」




「バカはあなたよ?そんな飛び道具ひとつで、本当に優位に立ってるつもり、私との距離、それで足りてる?」




A9が慌てて口を挟む。「お、おい、刺激するな!」






絵美は静かにいい放つ。




「教えてあげる。初対面の相手と対峙する時はね、セーフティーマージンをちゃんと取らなきゃ、危険なのよ」




挿絵(By みてみん)




「やかましいっ! 講釈なら、あの世で垂れな!」




――その瞬間。




挿絵(By みてみん)




ドン!




轟音と共に、G2の体が跳ね飛ばされた。




「ぎゃっ!!」




背後から突進してきたのは、絵美の愛車・チンクチェント。無人のはずのその車が、見事なタイミングでG2を跳ね飛ばした。




「……遠隔操作よ。ボスの改造」




淡々と語る絵美。




倒れ伏すG2。




彼女はアタッシュケースを拾い上げ、A9に一言だけ告げる。




「その人のことは、貴方の組織内のことなんで、処理はあなたに任せるわ」




「え……ああ。君の車……銃よりヤバイな」




「そう? でも、銃よりは優しいでしょ。全身打撲だけで、命に別状はないもの」




挿絵(By みてみん)






「じゃ、私はE市へ向かうわ」




《ギャアアアア――ッ!》




タイヤが夜を裂く叫びをあげ、小さな車体は闇へと消えていく。




「お預かりしまーす!」




その背を止められる者は、誰一人としていなかった。




――




月明かりの下、フィアット500が山道を滑るように走る。フロントガラスの先には、まだ暗い夜道が続いている。




インカム越しに、ボスの声が低く響く。




「輸送は順調のようだな」




絵美はハンドルを握ったまま、視線を逸らさず応じる。




「ええ。邪魔者も現れたけど、問題なく処理しておいたわ」




「ご苦労だった。重要な品だ、確実に届けてくれ」




「大丈夫。全開で飛ばせば明け方には届くわ」




「だがワイディングの攻めすぎには注意しろよ。リスクヘッジは忘れるな」




小さく息をつきながら、絵美は苦笑した。




「はいはい。“セーフティーマージンは確保しろ”って、言いたいんでしょ?」




挿絵(By みてみん)




インカム越しにしばしの沈黙。やがて、静かに返されたひと言。




「……忘れてないわ」




夜風が窓をなぞるように流れ、絵美の横顔を優しく照らす。彼女は目を細め、遠く前方を見据えた。





――




再び、現在の峠。




絵美は心の中でつぶやく。




(……忘れてないわ。基本スタイルは当時と変わらない。“ステディ”だわ)




それは、かつてボスと共有した哲学。


無理をせず、しかし確実に任務を完遂する“走り”。




――




先行する赤いSUV。水稀の視界に焼き付くその姿。




重たいはずの車体が、軽やかに加速する。




その後ろに、光の残像のように“覚悟”が尾を引いていた。






「遅ればせながら、よく拝ませてもらったよ……あんたの車」




水稀の心に、確信が灯る。



「間違いない……今までの中で、一番ヤバイ相手だってことがね」



水稀は静かに息を吐き、ハンドルを握る指先に力を込める。






挿絵(By みてみん)




――ゴウァァァァアアア!




ふたつの咆哮が、峠の闇を切り裂いた。






その音の奥に、水稀は確かに感じていた。




この勝負の先には、今まで知らなかった“何か”が待っていると。




――そして、それはきっと、“ステディ”の正体に近づく鍵でもあるのだ。





(つづく)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ