第7章 TRAIL×TRIAL
第7章 TRAIL×TRIAL
ナビ画面に表示されたコース図。
道の形、起伏、曲率。絵美の脳裏に、すでに全てが入っていた。
(走り屋の世界って、よくわかっていないけど……
でも、必要なのは、速さがあるかどうかだけ)
(この世界は、速さこそが全てを許す。車種は関係ない。絶対に――)
シフトレンジのカバーをめくると、そこには改造されたギアレンジが現れた。絵美はギアレバーを「D」から「マニュアルスポーツモード」へ。
シフトレバーに手をかける指が震えることはなかった。
「行くよ、レッドマスク……!」
X-TYLEモード、解放。
アクセルを深く踏み込んだ。
「準備よし!」
「厚田川を越えた……あと300m……」
「そろそろよ――ここからね!」
互いの視線が交差する――そして。
「3……2……1……」
「GO!!」
咆哮とともに、二台のマシンが加速する。
タコメーターの針が跳ね上がり、ハンドルがぐっと重くなる。
梢のロードスターが先行、絵美のエクストレイルがそれに続く。
「ギャアアアアッ……!」
タイヤが悲鳴を上げ、路面のスキール音が夜を裂く。
――立ち上がりも無駄がない。
加速、そしてライン取り。絵美のエクストレイルが、確実に食らいつく。
(やはり……速いわね)
(思った以上だわ、オウルージュ……!)
「でも――ちぎらせない!」
彼女の胸に灯るのは、燃えるような情熱。
SUVだろうと、何だろうと、証明してみせる。自分に走る資格があると――。
梢のロードスターが前方のコーナーを鮮やかに抜けていく。
絵美もまた、それをなぞるようにラインをトレースしながら食らいついた。
「ふふっ……少し驚かせちゃったかしら?」
梢の表情が少し緩む。
だがその目は、まだ油断してはいない。
――中間地点。
中間地点のカーブに、控えのメンバーたちの視線が集まる。星空の下、舗装された路面にヘッドライトの光が届き、タイヤのスキール音が夜気を裂いて響く。
「梢のやつ、今日はSUV乗りを試すみたいだぜ」
腕を組んでコースを見つめていた赤超水稀が、ぽつりと呟く。
「でもさすがに、SUVは厳しいんじゃないかなぁ?」
もう一人のメンバー槍沙羅が首を傾げる。
その背後、赤いスープラとエボ10のリアスポイラーには、同じく「オウルージュ」のステッカーが光っている。
「まぁそうだろうけどよ、一応このポイントで梢とのタイム差くらいは確認しようや」
水稀はそう言って、コーナーの先を見つめる。
「ここは梢ちゃんが基準だからね」
と、沙羅は腕時計に目を落とす。
そう梢は、この西コースで最速と名高い存在。中間地点の到達タイムも、チーム内では彼女の記録が基準だ。
「ちなみに、ゴール時の合格ラインは?」
沙羅の問いに、水稀が答える。
「梢のゴールから5秒以内だ」
「相変わらず、偏差値高いね、オウルージュは」
その言葉に、水稀は静かに頷いた。
「さて、今日のやつはどうかな?」
星空の下、照明もない森の中で、微かに道を照らすヘッドライトの明かりが、やがてその答えを運んでくる。
――テストは、今まさに始まったばかりだった。
夜の峠に、エンジン音がこだまする。
上り区間、重さの軽いFRマシン──梢のロードスターには有利な構成だ。
8割がた上り坂となるこのコースでは、どうしたって絵美のエクストレイルは不利な立場。
だが、それを承知で仕掛けてきた。
「なるほどね。これは最初から遅れを前提としたテストってことか」
絵美はハンドルを握る手に力を込めた。
(このビハインドをどこまでリカバリーできるかを見るのね)
だが、いかに絵美が喰らいついていても、ロードスターのペースは軽やかだ。
少しずつ、じわじわとその差は広がっていく。
(このままじゃ、ジリ貧か…)
しかし。
「といっても──それは、普通のエクストレイルだったらの話」
ガチャリ、とシフトゲートが鳴る。
絵美の指がモードスイッチを回し、隠されたモードを呼び起こす。
『X-TYLE ATTESA E-TSモード作動しますか?』
『はい』
ピッと応答が返り、制御系が覚醒する。
「トルクスプリット、強化フォーム連動スタンバイOK。40km/hリミット──解除!」
踏み込みは鋭く、ペダルの下から唸るように立ち上がる加速。
モニターには、前輪と後輪のトルク配分が変化していく様子が表示されている。
「この子はその辺のT32とは、ちょっと違うのよ……」
——この子は、ノーマルの仮面を被ったモンスターマシンよ!
「トラクションのかかりが良くなったよ!X-TYLE ATTESA E-TS フォーム連動完了っ!」
月明かりが照らす峠に、唸り声のような排気音が響いた。
「ヴァァァァァァッ!」
中間地点にいた仲間たちが顔を上げる。
「来たな」
ロードスターが通過する。
「オオオォォォォ!」
「ひゃーっ! ミアタリ(見當+ミアタ)今日もかっ飛んでるぞー!」
続いて、わずかな時間差で──
「続くぞ、SUVも!」
「──あれは、エクストレイルか? 結構攻めてるよ!」
スーッと通り過ぎていくエクストレイルの走りを見て、観戦組の2人も目を見張る。
「……差は?」と水稀が沙羅に聞く
「3秒4!梢ちゃんに喰らいついてるじゃん!!」
エクストレイルの窓の向こうに人影が映る
「今のはチームの仲間……?」
絵美もまた、通過時に脇に立つ女子2人を確認していた。
「そうか、時計を見ているんだ」
──ということは、ゴールゲートでも、仲間が時計を持って見てるはずね。
(それじゃあ──みっともない走りはできないわ)
「更に詰めてみせる!」
絵美のエクストレイルが疾走する闇夜の峠。ヘッドライトが地面をなぞりながら、猛然とロードスターの背後へと迫っていく
(今はコースマーシャルを置いてない……だから――)
絵美は心の中で言い聞かせる。
(このルールの中で、センターラインを割らずに詰めるには……)
視界の先、左コーナーが迫っていた。
「左コーナーッ!」
右へ車体をねじ込むロードスターの後方で、絵美のエクストレイルがまったく同じ軌道を描く。目の前の勝負の一点を見据え、絵美は声を漏らす。
「イン側の、鬼攻めよ……!!」
ステアリングを切る音が、内面の緊張とリンクするように響いた。
――ギャアアアアッ!
闇の中で火花のように舞い散るヘッドライト。その一閃が、ロードスターの背に追いつく。
「追いついたぁぁっ!!」
あのロードスターに、ここでは誰よりも速いはずの梢に、ついにテールトゥノーズだ。
「嘘っ!? 三秒はアドバンテージあったのに!?」
「このコーナーで一気に詰めてきたというの!?」
驚愕に目を見開く梢。ミラー越しにビタリと貼り付くVモーショングリルはまるで挑戦状そのもののように感じられた。
「一瞬でわからなかった! 信じられないペースで来たわ!」
ロードスターのタイヤが叫び、エクストレイルの車体が重心を傾けて迫る。夜の道は、もう彼女たちだけのフィールドとなっていた。
「すごい腕前じゃない! 私の見立て以上だわ!」
ハンドルを握る梢が、瞳を見開いたまま震える。
「驚いたわ! これが昔、走り屋やってた人の走りってやつ!? 久しぶりにワクワクしちゃう!」
その言葉の向こう、絵美のエクストレイルが、なおもロードスターに貼り付き、追従しながら唸りをあげる。
「まだいけるんでしょ? もっと見せて! 絵美さん!」
ロードスターのブレーキランプが一瞬きらめき、そして――ギアが入れ替わる。
「本気の走りに変わった!」
「誘ってるのね……ならば、見せちゃう」
梢の手がアクセルを踏み込む。絵美の表情は静かだ。
(マジ最強の――)
アクセル全開、グッと踏み込み、タイヤが地面を引っ掻く。
「超・鬼攻めってやつを!」
再び2台は、稲妻のように、深夜の路面に閃きを描いた――。
真夜中の峠に、異常な迫力の走行音が響きわたった。
「ここから下り!」
絵美の声がキャビン内に響いた。
「残るコーナーはあと2つ!」
彼女の目はギラつき、ハンドルを握る手が一切の迷いを見せていなかった。
「凄い気迫……!」
前を行く梢が思わずつぶやく。
「感じる……!」
ゴオオオオ……と車体がしなる。
――次の瞬間。
「この左で! 前、貰います!!」
絵美が叫び、ハンドルを切る。視界が一気に回り、ロードスターの鼻先が右へと流れる。
つづく