第6章 SUV その片目に映らなかったビジュアル
第6章 SUV その片目に映らなかったビジュアル
三夜にわたり、道道78号を流してみた。
ポロピナイの看板が照らす湖畔道。右も左も見通しの悪いコースに、絵美のT32エクストレイルが孤独なエンジン音を響かせていた。
「ん〜……当てずっぽうに走ってもダメかぁ」
雨も霧もなく、条件は悪くない。それでも“片目のセリカ”は姿を現さなかった。調査の足取りも空回りしている気がして、絵美は溜息をつく。
──つまり、走り屋狩りの亡霊に会えればいいわけだ?
「そうなんだけど……これがなかなか出てきてくれないのよねぇ」
声をかけてきたのは、サブモニター越しの白く丸い存在。いつもの“ボス”だ。
「理由は簡単だ」
低く響くその声に、絵美は身を乗り出した。
「そもそも君は“走り屋”ではないだろ?」
「はっ!!」
目を見開いた絵美は、その前提を忘れていた自分に気づく。確かに、彼女はただの探偵屋だ。運転技術はあっても、峠で腕を競い合う走り屋ではない。
──なら、対象外なのか?
だが、それだけではなかった。別の可能性が絵美の中に浮かぶ。
(……もしかして、対象の“選別”がある?)
その夜、手稲の自宅に戻った絵美は、事務所兼自室のリビングで奇駿久利恵と二三澄香に経過を語っていた。三人の間にコーヒーとホットシェフの唐揚げ弁当が並ぶ、いつもの作戦会議の光景。
「三日間、夜な夜な見回ったのに結局出なかったのよ。GT-Fourも、片目の女も」
「その週の頭って……月曜から水曜じゃなかった?」久利恵が言う。
「そう。なにか関係ある?」
「あるかもね」今度は澄香が口を挟んだ。「地方から来るチームって、大抵週末を狙うと思うんだ。連休でもない限り、平日ど真ん中に遠征はしないよね」
「それに……」久利恵が続けた。「もし来てたとしても、たとえば停車場で何かに遭遇して──たとえば警告を受けたとか──すぐ引き返した可能性はあるよね。『やばい』って察知して」
絵美は息を呑む。GT-fourは、必要な時にだけ現れる。そこに「正当性」があるのなら──。
「……じゃあ、私は“制裁対象じゃない”ってこと?」
久利恵が小さく笑った。「じゃない? エクストレイルだし、SUVだし。そもそも普通に走ってるだけだしね。幽霊にすら無視された女ってとこかな」
「そいつには映らないビジュアル。略してSUV」と澄香。
「ちょっと!DAIGOかよ!」
三人の間に笑いがこぼれる。
「.……なら、“走り屋”として見られれば、認識されるってことだよね?」
「そうか、さっきボスがさ、まずはどこかのチームに加入しとけと言ってたのはそうゆーことか!」
「なるほど、チームのステッカーでも貼っておけばとりあえず認識されるよな。
走り屋チーム、どこか探す?」
澄香が尋ねる。絵美は頷いた。
「たしか、石狩か当別に女の子のチーム、なかったっけ?」
「うん、いたはずよ。アタマ張ってるのが女の子のチーム」
そこから話題に上がったのは、「オウルージュ」と呼ばれる一流チーム。
「“フクロウ”と“赤い水”を掛け合わせたハイセンスなネーミングよね」
「なんでも赤い車オンリーのチームらしいよ」
「それは都合がいいわね。エクストレイルもバーニングレッドだし…!」
一抹の可能性が絵美をよぎる。
「よし、DM送る!たのもーって言って、門をたたく!」
「おいおい、道場破りかょ!」
カシオペアの丘にて。
「水稀さーん、今日もカシオペアの丘ですかぁ?」
厚田の夜空は澄み切り、星々が鮮明に瞬いていた。携帯越しの声に、水稀は笑みを浮かべて応える。
「ああ、今日も星が綺麗だぜー」
「あら、素敵な夜をお過ごしですね」
「実はね――さっき“オウルージュに入りたい”って子からDMきたのよ。今コンビニで待ち合わせしてて、それからふくろう湖に向かうの」
「多少腕に自信あるみたいよ。よかったら水稀さんも来ません?もっと素敵な夜になるかもですよ」
「そいつはスゲェな!で、何に乗ってるんだ?RX-7か?それともランエボか?」
「え…? えすゆぅ…ぶい…?」
***
「みんカラからオウルージュにコンタクトを取ったら、すぐに反応があった」
絵美は夜の国道をエクストレイルで走る。
返信メッセージ――
「よかったら、もうその夜にメンバーが会ってくれるというのだ」
「善は急げ!ってやつだ」
アクセルを踏み込み、厚田へと向かう。
***
厚田店のセイコーマート駐車場には、すでに赤いロードスターが停まっていた。
「赤いロードスターのミアタリさん……あ、あの人だ!」
絵美はブレーキをかけながら、ロードスターの横につけ、運転手席の窓を下げた。
「こんばんは。はじめまして」
「あなたがDMくれた絵美さんね。はじめまして」
目の前に現れた女性は、想像していたよりもずっと――「綺麗な人」だった。
「すてきな、お車ね」
「ありがとうございます」
「見當梢、愛車はロードスター、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします!」
握手を交わすと、梢はやや意外そうに口を開いた。
「あなた、面白そうな人だわ。SUV乗りで走り屋チームに入りたい人なんて、初めてだから」
「わ、私、どうしてもオウルージュに入りたいんです!」
「でもね。うちに入るには、速さと技術が必要なの。リーダーの意向でね、誰でもってわけにはいかないのよ」
「……わかりました」
「ふふ、あなたのように“入りたい”って子は結構いるのよ。だから少し、あなたの実力を見せてほしいの。基準を満たしていれば、私の裁量で決めれるわ」
梢はロードスターのリアを軽く叩いて、笑った。
「ここからふくろう湖まで。途中で厚田川付近にゲートがある。そこから新青山中央ゲートまで、全開でアタックするから。ついてきてほしいの。ただし、この間ではセンターを割らないこと。これがルール」
「はい……全力で行かせてもらいます!」
エンジンが唸り、赤いロードスターが先導する。絵美のエクストレイルがそれについていく。
「ついていけなければ、ここでさようならだ。喰らいついてみせるよ!」
――速さこそが、すべてを許す。
この世界は、速さが唯一の答え。
車種も問わない。必要なのは、走れるかどうかだけ。
「行くよ、レッドマスク」
絵美は息を吸い、静かにATシフトのゲートに手を添えた。
(つづく)