第22章 シンクロ・ブリッジ
第22章 シンクロ・ブリッジ
山頂の風が頬を撫でていく。
雲の切れ間から差し込む陽光が、岩肌を銀色に照らしていた。
二人は立ち尽くしていた。
前方には支笏湖が、背後にはオコタンペ湖が、青の濃淡を分けるように広がっている。
高鳴る鼓動が耳の奥で風音と重なり、時間の流れがゆるやかに伸びていく。
「まずは東北東に意識を集中して、ゆっくり飛ばせばいいんだな?」
水稀の声が、山頂の澄んだ空気の中に溶けた。
絵美は風に揺れる帽子のつばを押さえ、静かに頷く。
「そうそう。シルバーのGT-Fourね。お互いのイメージが合ってないと、シンクロできないから」
水稀は眉を寄せた。
「でもさ、GT-Fourっていっても色々型式あるぜ? アンタ、どれをイメージしてんだ?ほら、st185とかst205とかいろいろあるじゃない?それともst165か?」
その一言に、絵美の顔が固まった。
「……えっ?型式ぃ? GT-Fourって……型式の名前じゃないの?他にもモデルがあったの…?」
思わぬ問い返しに水稀は目を丸くする。
「はぁ? マジで言ってんのか」
絵美は慌ててスマホを取り出し、検索をかけようとする。だが画面には無情にも「圏外」の表示。
「……。 ここ、電波届かないか…」
仕方なくスケッチブックを広げ、鉛筆を走らせる。
「だったら描けばいいんだ!要は水稀にイメージが伝わればいいから」
やがて勢いよくページをめくり、水稀の前に差し出した。
絵美がスケッチブックを高々と掲げた。
「まさしく――あの車! 我ながらよく描けた!」
その満足げな笑顔に、水稀は苦笑を浮かべながら顔を覗き込む。
「絵だったら、水稀でもわかるでしょ?これは何で形式のやつ?」
「…え?」
ページに描かれていたのは、子どもが落書き帳に描くような車の絵。
デフォルメされた丸いタイヤと、曖昧なライン。壊滅的な画力。
思わず水稀は言葉を失った。
(……うーん。これは、どう解釈すりゃいいんだ?)
心の中では「何描いてんだコイツ」と突っ込みたかったが、絵美の真剣な表情を見て飲み込む。
自身たっぷりに描いているから、当ててあげないとかわいそうだ。否定すれば、せっかくの勢いを折ってしまう。
(何とか、手がかりを探さないと……)
ページを覗き込みながら、水稀は必死に特徴を拾い出そうとした。そして気づいた。
「……むむ? よく見るとライトがリトラじゃねぇな……。ってことは……あっ!」
顔を上げ、慎重に尋ねる。
「……もしかして、ライトが四つ並んでるやつか⁉︎」
絵美の顔がぱっと明るくなった。
「そうそう! それそれ! イメージ伝わって良かった〜!」
胸を張ってスケッチブックを抱きしめる絵美。
その様子に、水稀は苦笑を浮かべつつ、心の中でぼそりと呟いた。
(……いや、そのイメージで大丈夫か?)
だが、絵美が嬉しそうにしているのを見て、結局それ以上は言わなかった。
山頂の澄んだ空気に、二人のやり取りは小さな笑いを残して消えていった。
「これ、ST205っていうんだ!」
絵美が得意げに言う。
「イメージより上手く伝わってよかった!」
水稀はその笑顔を見つめながら、心の中で静かに突っ込んだ。
(そのイメージ、大丈夫か……?)
けれど、口には出さない。
楽しそうに頬を紅潮させる絵美を前にすれば、茶々を入れる気にもなれなかった。
彼女の絵の拙ささえ、今は清らかな儀式の一部に思えてくる。
「とはいえ、絵美のポジティブ思考もアーシングの効果かもな」
水稀は苦笑しながら呟いた。
「私もアーシングで想像力が上がったってことかな。それはそれで、悪くないな」
絵美がくすりと笑い、二人の間にやわらかな空気が流れた。
――
「よし、仕切り直しだ」
水稀が立ち上がり、視線を空に向ける。
絵美も立ち上がり、その肩に手を置いた。
「読み取り、しっかり頼むぜ」
「うん」
絵美の瞳に光が宿る。
そして、水稀の声が風に溶けた。
「発動――」
ヒュオォォ……
風が巻き上がり、視界が白く閃く。
瞬間、水稀の意識が遠くへ飛んだ。
まるで天空から地上を見下ろすように、視界が拡がっていく。
「すげぇ……! 今までより遠くまで視えるようになったぞ!」
驚きと興奮が入り混じった声が響く。
絵美も同じ光景を共有していた。
「浄化登山とアーシングの効果だね」
「私もちゃんと視えてるよ」
――眼下に広がる大地の上を、光の梟が羽ばたいていた。
その翼は金色の粒子を散らしながら、ゆるやかに旋回する。
「どこまで進む?」
「十里でOK。そこで旋回」
絵美は地図を指でなぞりながら指示を出す。
「そのまま東南東まで、ゆっくり進めばいい」
地図上に描かれるラインが光を帯び、空間に重なる。
「こんなんでわかるのか?」と呟く水稀に、絵美が小さく笑った。
「私の記憶のイメージが山のエネルギーで増幅されて、ラインに反応するの。
ターゲットの所持品が手元にないときは、この方法がいちばん有効なの」
水稀は感心したように頷いた。
(理論はともかく……こいつ、本気だな)
――
「だから、イメージを強くキープして」
「そのまま……そのまま……」
絵美の声が、風の中で優しく響く。
水稀の視界の奥で、光の梟が旋回しながら一点に降下した。
「……ここか……」
微かに呟いたその声に、絵美が顔を上げる。
「もう、わかったのか?」
「うん。じゃあ次は――向こうの風不死岳からやってみよう」
「はっ?」
「も、もしかして……下山してあの山を登るの〜!?」
水稀が声を上げた。驚きと半分あきれの混じった顔だ。
「まさかだよ」
絵美は肩越しに笑い返した。
「今みたいに向こうに意識体を飛ばせばいいんだよ。もう、ここでアーシングできてるんだから」
水稀はほっと息をつき、笑顔を取り戻す。
「あーなるほど、よかった〜」
絵美は地図を広げ、再び真剣な目を向けた。
「同じ要領で、風不死岳から意識体を進めていく。二地点で反応が強い交点――そこがターゲットのエリアになる」
水稀が感心したように頷く。
「そっか! 三角測定法の応用だ!」
「そう。マップダウジングとの合わせ技だよ」
風がふたりの帽子のつばを揺らした。
天空の光と大地の鼓動が、静かに共鳴していた。
――
場面が変わり、風不死岳の山頂。
名のとおり風が絶えることなく吹き抜けている。
「簡単に来れるのはいいけど……ちょっと寄り難い怖い名の山だな」
水稀が苦笑混じりに言うと、絵美がうなずいた。
「そうね。支笏三山の中でも最も歴史の古い火山なの。
でも、風が絶えることなく吹きすさぶ――その名に違わない山でもあるのよ」
「今度はここから真東に行けばいいんだな?」
「うん。さっきと同じ距離で旋回して、北東まで進んで」
水稀が頷き、再び目を閉じる。
意識の中で、光の梟が羽ばたいた。
――
「空の玄関口付近をうろうろしてるのって、なんか落ち着かないな」
「わかるわかる」
絵美が苦笑する。
「だって、絵面的には水稀、完全に航空法違反だからね(笑)」
「よく言うよ。絵美だって共犯なんだからな(笑)」
「はいはい、集中して」
梟の意識体が低空を滑るように進む。
千歳の街並みを掠め、光の尾を引いて一直線に伸びた。
――
「――捉えた!」
絵美の瞳が見開かれる。
「その交点は……」
キラァァン!
閃光が走り、視界が一点に収束する。
「H地区だ!」
水稀が叫んだ。
「なるほど、そこに行けばわかるんだな」
「うん。下山して確かめよう」
二人は視線を交わし、力強く頷いた。
梟の残光が空に溶けていく。
――
下山し、車のエンジン音が響いた。
「急げ!」
支笏湖畔を駆け抜ける赤いエクストレイル。
陽光を反射する軌跡が、風と大地を結ぶ橋のように、遠くまで続いていた。
つづく




