第21章 BLUE FRONTIER[後編]
第21章 BLUE FRONTIER[後編]
登山道を踏みしめる二人の足音が、静寂の中に溶けていく。
リュックを背負った絵美の足取りは軽やかだ。
「だいたい何で山登りなんて必要なんだ?」
水稀が怪訝そうに問いかける。
「アーシングをするためだよ」
「アーシング?」
「大地と繋がることで、精度の高いサーチングが可能になるの」
絵美は振り返りもせず、落ち着いた声で答えた。
「特に火山は強いエネルギーを持っている。それを活用すれば、私はあなたの千里眼から一気にターゲットに繋がる座標が割り出せる」
それは平地でやるよりも、遥かに精度が高く、効率がいい。だからここを選んだ」
水稀はふーんと鼻を鳴らした。
「……ふーん、そーゆーもんなのか」
道の脇には、木に巻きつけられた目印のテープが揺れていた。
「要所要所にテープが巻かれてるな」
「ここに来た人たちが迷わないように、目印を残しているの。『お互いにご安全に』って思いも込められてるんだよ」
絵美がにっこり笑うと、水稀は少しだけ表情を和らげた。
「よく山登るのか?」
「うん、時々ね」
「さすがトレイルさんって言うだけあるな」
水稀がつぶやくと、絵美は肩越しに笑った。
「ふふふ……私たちみたいなPSIは、負のエネルギーが溜まりやすいからね。自然の中に身を置くことは、心身の浄化にもなるんだよ。水稀もだんだん実感するはず」
水稀は小さく息をつき、視線を森の奥へと向けた。
「そんなふうに考えたこと、なかったな……」
水稀の頭に、子供の頃の記憶が浮かぶ。
「山なんて、小さいとき伯母さんたちと当別の青山で山菜採りに行ったくらいだ。登山なんて疲れるだけで、何が楽しいのか分からなかったけど……」
足を進めながら、彼女はふと呟いた。
「不思議だ…確かに、肉体は疲れるが……精神面が充実し、エネルギーレベルが上がる気がする」
「でしょ?」
振り返った絵美が、軽く指を差しながら微笑んだ。
「ほら、手を貸してあげる」
差し伸べられた手に、水稀も思わず手を伸ばす。
二人の手が重なり合い、引き上げられる感覚に水稀は思わず笑みをこぼした。
「これはこれで……悪くないな」
約二時間半後。
山道の先に、恵庭岳の頂がくっきりと姿を現した。
「あと少し、頑張って」
「……ああ」
二人は額に汗をにじませながら、なおも一歩一歩、頂上を目指して登っていった。
険しい坂道を登り切ろうとする二人。
「ここを上がれば……山頂だ」
絵美が息を整えながら呟く。
水稀の視線も、その先をとらえていた。
視界が一気に開ける。
まばゆい光とともに現れたのは、眼下に広がる広大な湖の蒼。
「……絶景すぎる……」水稀が思わず声を漏らす。
「そうだね。美しい二つのブルーの湖を望めるなんて。こんな贅沢な場所はここだけだよ」
絵美の言葉には誇らしさがあった。
二人は肩を並べて立ち尽くす。
山頂からは二つの湖が一望できた。
前面に支笏湖、背面にオコタンペ湖。
視線はその光景に縫いとめられ、しばし瞬きさえ忘れる。
だが次の瞬間――
「イヤッホォォウ!」
「てっぺんマジ最高〜!!」
水稀は両手を天に突き上げ、声を張り上げた。胸いっぱいに空気を吸い込み、そのまま叫ぶ歓喜は、山頂の青空に響き渡る。
その様子に、絵美は思わず吹き出してしまう。
「おやまぁ(笑)」
二人の笑い声は澄んだ青空に吸い込まれていった。
水稀は肩で息をつきながらも、カメラを構えて夢中でシャッターを切っていた。
「水稀、登る前とぜんぜんテンション違うじゃん。ちゃっかりカメラ持ってきてるし」
絵美が笑いながら声をかける。
「……ああ、もう爆上がりだぜ!!
こんな景色見せられたらな」
ファインダー越しに見える絶景に、思わず声を張り上げる水稀。
「ここは……“美しい”が、たくさん詰まってる」
瞳がきらりと光る。
「うん」
絵美はおにぎりを手にしたまま頷き、遠くへ視線をやる。
「……だからこそ、この美しい自然を汚しちゃいけない…」
(それは、あの日視た彼女の原動力のひとつ…)
ふと、絵美の胸中に別の光景がよみがえる。
先のリーディング調査で視た「白い女」の姿――。
セリカの女が、峠を荒らす者を容赦なく叩き伏せ、言葉鋭く説き伏せていた。
絵美の瞳には、まだ鮮明にその記憶が焼き付いていた。
やがて二人は登山靴を脱ぎ、二人は素足を地面に置いた。
黒い鉱石のペンデュラムが胸元で揺れる。
「必ず……辿り着いてみせる」
絵美の声が、風に溶けていく。
足裏から土の温もりが伝わり、意識が澄み渡っていく。
「これが……アーシングってやつか!」
水稀が息を弾ませる。
「思考が活性化してきたぜ!」
絵美がにやりと笑い、問いかける。
「準備はいい?」
「……ああ、いつでも発動できるぜ!!」
二人の意識が重なり合う。
絵美はペンデュラムを掲げ、声を張った。
「導け! 青き水辺の山よ、大地よ!」
そしてさらに、強く祈るように叫ぶ。
「示せ――私のペンデュラム!!」
青空の下、二人は並び立ち、大地と繋がる。
その瞬間、彼女たちの探査が始まった。
つづく




