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第18章 理解者 [前編]


第18章 理解者 [前編]



静かな朝だった。


陽光が差し込む居間には、木の香りとともに、静謐な空気が漂っていた。


整えられた仏壇の前に、写真立てがいくつか並んでいる。若き日の家族の姿――入学式、そして小さな子を抱いた写真。


挿絵(By みてみん)


水稀は、その前に正座して手を合わせていた。


祈りの姿は凛とし、しかしその背中には、どこか迷いの影が残っていた。




(……あなたの行動は立派だったと思うよ)


耳の奥に、遠い日の母の声が蘇る。




(でもね、理解されにくい世の中だから。正義や世のために力を使っていくと、あなた自身が苦しくなっていくわ)


(だから、大義めいたこと、無理に考えなくていいのよ)




あの頃の母の声は、今も鮮明に残っていた。




(いつかあなたの理解者が現れたとき、その時の人の力になってあげればいいの)


(それまでは自分を守る事や自己研鑽とか、自分のためにだけ力を使ってればいいんだからね)


(それが器用なやり方……それが賢い生き方だから)




あのとき、母はそう言って微笑んだ。




 




「……ずいぶん、昔のことを思い出したな」




そっと目を閉じ、合掌を解く水稀の胸には、かつて交わした言葉の響きが静かに残る。




(あ、でも……お母さんがまた無くしものしちゃった場合だけは、特別に力を使ってね、って言ってたっけ)




(それとさ……夏休みに入ったら思い切って、私のお姉さんの家に引っ越そうよって)


(そう、あなたの伯母さん家が広すぎて部屋も余ってるしー)


(転校したらまた新しい友達、たくさんできるよ)




「……なんで、バトルしたあと、ふと、思い出したんだろう」




その言葉に続けるように、後ろから穏やかな声がかかった。




挿絵(By みてみん)






「みっちゃん、今日は早起きねー」




振り返れば、伯母が和やかに微笑んでいた。




 


「ちょっと用事あってさ、札幌まで出かけてくるよ、伯母さん」




「また車仲間の集まりかい? 楽しそうね」




そう尋ねる伯母に、水稀は頷く。




「昨夜も遅くまで走ってたんでしょう? あんまり派手な運転しちゃダメよ」




「昼間っからそんなことしないって」




――水稀の伯母は和やかに階段の上から声をかけ、彼女を見送った。




「ほんと、車バカなところは燈月(ひづき)にそっくり。血は争えないっていうからねぇ」




冗談まじりの一言に、水稀は苦笑いを浮かべる。




 


やがて、真紅のスープラが伯母の家の前を離れていく。




空は澄みわたり、どこまでも青い。




「……いい空だ」




アクセルを踏み込みながら、水稀はそう独りごちた。




彼女の目に映るその空は、新しい何かの始まりを告げているようだった。






挿絵(By みてみん)




ーーー




ファストフード店の窓際、まだ午前の光が残る店内にて、2人は向かい合っていた。




「昨日はお疲れ」




そう言って声をかけたのは水稀だった。外には絵美の赤いエクストレイルと、水稀の赤いスープラSZが並んで停まっている。




「それで……要望ってのは、何だったんだい?」




注文したパフェをスマホで撮りながら、水稀が問いかけると、絵美は少しだけ息を整えて口を開く。




「ある場所に、一緒に行ってほしいの」




目を伏せてから、真剣な眼差しでそう告げる絵美。




「そこで、あなたの目に映るものを……私にも見せてほしいの」




水稀は目を細めて笑った。




「なぁに、それって、観光のお誘いだったの? ずいぶん大げさな感じだねー」




少し肩をすくめて冗談めかしてみせたが、絵美の真顔は崩れなかった。




「ううん、そうじゃないわ。……あなたの“スキル”を貸してほしいの」




「スキル……? カメラのことか?」




水稀はあっけにとられたように言う。




「たしかに写真は上手いけどさ。星空とかよく撮るしね、フォトコンにも何回か入賞してるし」




「人物もたまに撮るかな? 推しとか撮りたいなら教えるよ?」




けれど絵美は、かぶりを振った。




「ううん、そういうのでもないの。……人を、追っているの」




「人を?」




「互いに情報共有できれば、早く辿り着くはずなの」




水稀は少し表情を曇らせた。




「……ちょっと何言ってるか、よくわかんないな」






絵美は、ふっと微笑んで、テーブルに置かれている小さなぬいぐるみがついた水稀のスープラの鍵を指差した。




「もう少し、わかりやすく説明するわ。……これ、見せてもらってもいいかな?」




「ん? ああ、いいけど……?」








水稀がうなずくと、絵美はそっとそれを手に取る。




次の瞬間――




彼女のまぶたが静かに閉じられ、手のひらに宿る金属の温度とぬいぐるみの質感へと意識を集中させる。




スッ、と空気が変わったように見えた。






挿絵(By みてみん)






「そのキーが……どうかしたか?」






水稀の問いかけに、絵美は無言のまま、目を閉じたまま呟いた。




「……視えた」




それは、水稀の遠い記憶の断片。




車の助手席に座る、あどけない表情の少女がカメラのシャッターを切る。制服姿の少女――中学時代の水稀。そして隣にいるのは……




「この子は……中学の時の、水稀さん? ……隣で運転している人……」




絵美は、そっと息をのむ。




「……そうか。この車って――」




絵美はゆっくりと眼差しを水稀に向けた。




「……お母さんが、乗っていたんだね」




水稀の表情が固まった。




「その話って……したことないはず……だよな? なんで、わかるんだ……???」




絵美はそっと微笑んで立ち上がる。






「答えは簡単よ」






その瞳が真っすぐに水稀を見つめる。




「私も――あなたと同じ類。PSIサイ、だからよ」






予想だにもしない絵美の一言に水稀は一瞬、固まった。






挿絵(By みてみん)






「と言ってもお互い視える領域は異なるの。


私はあなたのようなリモートビューイングはできない。私ができるのは、そこに残る人の記憶や想い、意識を読み取ること」




水稀は半分混乱しながらも、絵美の話を頭で整理しながら聞いていた。




「だけどあなたから視覚的情報を得る方法はあるのよ。バトルの前にコースの下見をしていたでしょ?


私も下見させてもらってたの。アスファルトに流れるあなたの直前の記憶からね。いわゆるライブ中継のような感じね」






「……こいつは、ぶったまげたな」


水稀は思わず口にした。




「まさか、あたしの“千里眼”に気づいてたやつがいたとはね……」




その目は驚きと、どこか納得にも似た色を宿していた。




「どおりで、私のライン取りを読めていたわけだ……。


サイコメトラーって、マジかよ…漫画の中の話かと思ってたのに」




苦笑を浮かべて肩をすくめる水稀に、絵美はどこか気まずそうに視線を伏せた。




「……私も最初は驚いたよ」




「?」




「自分以外の“PSI”に会ったの、初めてだったから」




その声は静かで、どこか感慨を含んでいた。




「あなたの場合、それを周囲には明かしていないようね。きっと、そのせいで過去にいろいろ苦労があったんだと思う。……能力の話題になると、はぐらかして話題を遠ざけようとするのはそういうことよね」




水稀は一瞬だけ目を伏せ、言葉を失った。




「わかるよ、その気持ち。誰にも言えなくて、言えば壊れそうで、ただ黙ってるしかなかった。……壊したくないんだよね、人との関係を」




小さく、しかし確かに水稀は頷いた。




短い沈黙が二人のあいだを流れる。けれどそれは、不穏ではなく、互いの距離を図るための静けさだった。




「私たちの能力って、いわば“諸刃の剣”」




絵美がふと、遠くを見つめながら呟く。




「どれだけ正しいことに使っても、報われるとは限らない。逆に、自分を傷つけることもある」


……だから、千里眼は、自分の中にしまってるんだね」




「…」


初めて他人に本心を見透かされた水稀には返す言葉が見つからなかった。




ふと、絵美は窓の外へ目をやる。朝日を浴びて並ぶ、赤い車たち。あの夜を走り抜けた、スープラとエクストレイルが、まるで何かを語り合っているように静かに佇んでいた。




「最初はね……あなたに勝って、優位に立ってからこの話を断れないようにするつもりだったの。ごめんなさい」




「……え?」






「協力を引き出すには、時間をかけるのが基本。でも、そんな余裕はなかった。能力者同士は、ふつうは交わらない。お互いを信用するには、長い年月がかかるから」




水稀は言葉なく、じっと絵美を見つめた。


「結構本気で勝てる自信もあった。だけどそれ以上に千里眼の圧倒的なアドバンテージには敵わなかった」


「なので内容的にあれを“勝ち”と呼ぶのは違うと思った。だから、諦めたの」




絵美は微笑む。すこし照れくさそうに。




「でも、そんな私を見透かしてか……あなたのほうから距離を縮めてくれた。それが、嬉しかったの」




水稀は少し呆れたように笑い、テーブルに肘をついた。




「……そんなこと考えてたのかよ」




「たぶん、似たもの同士だったからかもしれないね」




絵美の微笑には、どこか安心が滲んでいた。




「その時思ったの。男子が真剣勝負を一戦交わせば……言葉より早く、わかり合えることってあるじゃない?拳を交えたら友情が芽生える、みたいな……?ちょっと昭和っぽいけど……案外、本質なのかも」




水稀は肩を震わせて笑った。


「ははっ、ヤンキー漫画の喧嘩の後かよ。でもまあ……言いたいことは、わかるよ」




窓の外へ目をやる水稀。そこには、夜の峠で交わした時間の残像があった。




「車と車で対話する……そんな感じだった」


「走り屋って、そういうもの。車を通して、己を知り、相手を知るからな。


私はそういうバトルが好きなんだ。


強い奴らとの走りは学びをもたらしてくれる。


アンタの走りは真っ直ぐで、熱くて……最後までフェアだったぜ」




水稀は、どこか懐かしそうに目を細めた。




挿絵(By みてみん)




「今の仲間たちも、そういうやつらばかりだ。だから、大事にしたい。壊したくないんだよね、そういう関係」




絵美はそっと視線を水稀に戻した。




「……それなら、私もきっと、大切にできる気がする…」




二人のあいだに流れる空気が、どこか変わっていた。




もはや、よそよそしさも、疑念もない。




ただ静かに、確かな“信頼”が芽吹いていた。





後半へ続く

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