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第17章 読みの果て(後編)

挿絵(By みてみん)




第17章 読みの果て(後編)





ゴールゲート前――静まり返った峠の出口に、(はかる)は立っていた。




「お、勝負ついたな……」




彼は、闇の中から迫るヘッドライトを見据えながら呟いた。


「ゲート前は追い抜きなしだからな……」




だが次の瞬間、彼の顔に驚愕が走る。




「え!? この並びは……マジかよ!!」





闇を裂いて現れた2台のマシン。まさかの順番。




――その緊迫した空気の中、水稀は静かにハンドルを握る。口元には焦燥の影が浮かんでいた。



「連勝、止まってしまいましたネ……」



肩の上のリスの呟きに、水稀も静かに耳を傾けていた。




「しゃあねぇよ。あんなのに出てこられたら……」



「満月だったこと、すっかり頭から抜けてた……」




水稀の言葉には、悔しさと冷静さが入り混じる。




千里眼の先を視ていた水稀。山道を滑空する白い鳥の意識体が、それを静かに見届けていた。




挿絵(By みてみん)




(……そうか、沙羅が気づいて止めたのか……)




(……でも、何で中止のLINE、流さなかったんだ?…)






峠道の中腹――




鹿が、確かに止まっていた。




ランエボの電子式笛が届いたことで動きを止め、進路にスペースが生まれた。


奇跡的な回避の立役者、沙羅は、緊張の糸が解けたように、鹿に向かって声をかける。




「案の定、ひょっこり出てきたネ……でも、止まってくれてありがとー。めっちゃ疲れたー」



笑顔と共に、溜息混じりの一言がこぼれる。




「次からはケータイの充電はちゃんと確認しとこー」




(充電切れ?……そういうことだったのか……)



(新人には悪いことしたな……)





峠の戦いは、静かに幕を下ろした――






挿絵(By みてみん)






――夜空には、雲ひとつない満月が浮かんでいた。




静かに、全てを見下ろす月と星の下。



駐車場には、ゴールした車両と関係者たちが揃っていた。






梢は手を合わせて深く頭を下げた。




「絵美さん、ごめんなさい!」




「バトル前の笛チェック、完全に見落としてた! 沙羅ちゃんに言われるまで気づかなかった……」


「危ない思いさせたわね。絵美さん入門者なのに…いつもの私たちの流れで始めちゃって……」







「いや、梢さんたちは全然悪くないよ」



絵美の口調は穏やかで、どこか達観していた。




「要するに、基本的な心構えとしてのリスクヘッジが出来ていなかった私の問題。そもそも、そういうモノがあるってことも知らなかったのも私だし」


「対向車の対策だけで十分だと思ってた時点で、ダメよね。――この世界のこと、まだまだ勉強不足だって知っただけでも、大きな収穫よ」



「それに、怪我もなく終わったんだから、何も問題ないわ」





夜風が草を揺らし、あたりに静寂が広がる。




絵美の柔らかな笑みに、水稀がやや気まずそうに頭をかいた




「いやあ……こっちこそ。よく確認しないでバトルに付き合わせて、悪かったな」



「でも、アレを躱すとはな。アンタ、やっぱすげぇよ」




「目が覚める疾りだった。――固定観念は悪、先入観は罪……って、誰かが昔言ってたけどさ。ちょっと舐めてた自分に、反省したわ」




水稀が肩をすくめるように言うと、沙羅も小さく頷いた。



そして水稀は腕を組み、言葉を続ける



「走り屋の世界も、新しい時代に入ってきたってことかもな。……我がチームも、時代の変化に合わせて柔軟に対応していくべきだ」



「あなたはまず、笛をつけるのが先だよ」



と、隣の沙羅が鋭くツッコミを入れた






「貴重な時間、ありがとね。今日はこれで失礼するね」



絵美が礼を言って踵を返そうとした、そのとき――




「待ちなよ」




背後から鋭く投げかけられた声に、絵美の足が止まる。




場の空気が一気に緊張に包まれるなか、水稀が一歩前に出て、じっと見つめながら言った。




挿絵(By みてみん)





「――まだ聞いてないぜ」





「アンタの――要望」




絵美はわずかに目を見開く。


けれど返答はできず、代わりに夜空を仰ぐように視線を上げる。




「……」



その瞳の奥に浮かぶのは、沈黙のなかで言葉を探す揺らぎだった。






「何でも言うこと聞くって、やつだよ」



沈んだ声で、水稀が口を開く。



「私は、何をすればいいんだい?」





問いかけるようなその声に、絵美は小さく首を横に振った。




「いいえ。私は……勝ったとは思ってないよ」



言葉の重みとともに、星空が静寂を包む。




振り向いた彼女は、ぽつりと続けた。




「あのとき……本来なら私はクラッシュを避けられなかった。もう、そこで勝負はついていたわ」



その先を口にしながら、絵美はまなじりを少しだけ落とす。




「対向車以外想定していない中での……私のステディスタイルは、そこでとっくに破綻していた」




「私が回避できたのは――」




思い出すように、彼女はゆっくりと語る。




「一瞬の判断で、あなたがコーナーのアプローチを変えたから。

それと……沙羅さんの連携があったからでしょ」




背後で沙羅がわずかに頷いたのが視界の端に映る。




その言葉に、水稀がゆっくりと顔を上げた。




「そいつは、気のせいだな」







「沙羅は確かにナイスフォローだったけど、私はそんなに器用じゃない」




ほんのわずかに、口元がほころんだ気がした。






挿絵(By みてみん)






「……ただ、一緒に走ってわかったぜ」




水稀は一歩近づいて、真っ直ぐに絵美を見つめる。




「アンタ、何か目的あってウチに入ってきたんだろ?」




「既に、相当な技量と車を持ち合わせている。単なる興味本位で走り屋の世界に飛び込んできたわけじゃないだろ?」




その言葉は、鋭くも優しかった。





「……だろ?」




問い返すように続けられたその声に、絵美は少しだけ黙ってから、小さく頷いた。






「その先にやらなきゃいけない何かがあるように見えるぜ」




水稀の目は、どこかで絵美の芯を見抜いているようだった。




「それには、ウチみたいなチームに所属していなければならない。そんな必要があるように見えた」




絵美は小さく「うん…」とだけ答えた。




夜風が、車のボディをなでていく。



「――図星かよ」



水稀は絵美のジーンズの後ろポケットから何かを取り出す。



それは、つい先ほど絵美に渡されたチームのステッカーだった。




「別に、それが悪いってわけじゃない。 …でもよ」



「アンタが抱えてるもの、それって自分だけで何とかなるものなのかい?」




その問いに、絵美は答えなかった。




「何か、私にしてほしいことがあるように見えたぜ」



水稀は、そのステッカーの見透かした先に映る絵美の顔をじっと見つめる





その一言に、絵美の目が見開かれる。




(……見透かされてる)




思わず内心でつぶやく。





(恐るべし……洞察力!)


 


額に浮かぶ一筋の汗を指で拭いながら、絵美は困ったように笑う。



(……これも、ある意味“千里眼”ってやつ?)





「あ……いや、ちゃんと勝ったわけでもないのにお願いするのって、なんか……筋が通らないというか……やっぱり、一人で何とかしようかなーって……」




絵美は、しどろもどろに言葉を探した。


 




「何話してんだ?」




駐車場の片隅で、様子を見ていた沙羅がぽつりとつぶやく。




「なんか、尋問してるみたいにも見えるぞ……」




「どっちが探偵だかわからんね」




と笑う究。その横で、沙羅と梢の表情も自然とやわらぐ。




 




「よくわかんないけど……水稀さん、楽しそう」


梢がふっと微笑む。




「絵美さんのこと、けっこう気に入ったんじゃない?」


沙羅も静かに続けた。




 




「……もう、勝ち負けとか関係ねぇよ」



水稀がぼそりとつぶやいた。




「えっ?」


絵美が振り向くと、水稀は少し視線を伏せて、




挿絵(By みてみん)




「私にできることがあるんなら……力になってやるよ」




その声は、静かな夜に真っすぐ響いた。






そう言いながら、水稀は絵美の車へ歩み寄り、さらりとチームステッカーを貼ってみせる。



OW[L←→R]OUGE



赤いバックドアに貼られたそれを見て、絵美が小さく目を丸くしたとき――




水稀は拳を差し出していた。




「だってもう、仲間だろ?」





挿絵(By みてみん)






その言葉に、絵美は一瞬戸惑い、そしてゆっくりと微笑む。




「……うん」




月明かりのもと、二人の拳がそっと重なり合った。




 




──互いの信頼関係を築くには、きっと時間がかかる。




だが、ときにその距離は急速に縮まることもある。






走りと疾り。そのあいだに――




不思議な魔法がかかるような、そんな気がした。




 


挿絵(By みてみん)







それを遠くから見ていた若きメンバーたちが、ざわめき始める。




 




「素敵……」



梢がぽつりと呟く。





「姉さん、なまらカッコ良くね?」



究が指で作ったフレーム越しに、二人を見ながら言う。




「だな」



沙羅が軽く応じる。




 




そのとき、絵美がふとバックドアを見て、小さくつぶやいた。




「……でも、このステッカー……ちょっと斜めズレじゃない?」




「ちょっとぐらいイイじゃんー!」



水稀があたふたと返す。




 



それを見た究と沙羅が、同時に言う。




「やっぱり、カッコ悪いかも…」




「だな…」





絵美の車に集まる仲間たち



「えー、なんか変だよー」



「姉さん、これセンス無いわー」



「ホントだ。ガチで器用さが足りないかも」




「わかったよ、もう一枚やるってばー」




 わいわいと冷やかしの声が響くなか――




夜空の満月が、静かにすべてを見守っていた。




 




挿絵(By みてみん)






そんな賑やかなやりとりを少し離れた場所から見つめていた梢は、ふと空を見上げる。





夜の帳に浮かぶ、静かに輝く月に向かって――




 




「……素敵な夜に」




そう呟いたあと、ほんの一瞬、言葉を間を置いて、




 




「……新しい出会いを、引き寄せてくれた月に――感謝」






その言葉は、夜空に浮かぶ月の光にそっと包まれるように――静かに消えていった。

 



 


つづく



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