第15章 交錯
第15章 交錯
――それぞれの、疾りと想いが、交錯する。
夜の峠を駆け抜けていく三つの存在。
――それぞれの、疾りと想いが、交錯する。
一、義に走る者あり。
一、真に挑む者あり。
一、情に殉ずる者あり。
切り結ぶは技。交わすは意志。
やがてその交錯が、運命の扉を揺るがす――
光の粒を纏った白い羽が、夜空に軌跡を描いて飛び去った。
それは、まるで命の導火線のように――一本の道を、先導していた。
「……ヒュッ……!」
絵美のセリカと水稀のスープラが、間髪入れずにその後を追う。
その遥か後方、ランエボが猛追していた。
オオオオオオ……!
森の中を裂く三重のエキゾースト。
風を断ち切り、闇を裂き、満月に向かって、咆哮する。
「テールが……一瞬だけ見えた!」
だが沙羅はすぐに顔をしかめる。
「……でも、まだ遠い。届いてない……!」
車内のメーターを横目に見ながら、彼女はシミュレーションを展開する。
――有効距離。
電子式鹿避け笛の有効範囲はおよそ500m。
だが、その末端が2台の前方を越えなければ、意味がない。
「リスクヘッジには……あと100m!!」
映像として描かれる予測図。
見えない波が、ぎりぎり絵美たちの車に届かない。
「詰めろ……あと100m!!」
***
夜の大地が映し出される。
風に揺れる木々の陰、その中に佇む野生動物の気配。
鹿が、星空の下で、静かに草を食んでいた。
***
「――やるなら……ここしかない!!」
絵美が決意を込めてハンドルを握る。
前方に広がるのは、長めの直線。150Rコーナーを抜けた後の、一瞬のチャンス。
「これを逃せば、もうチャンスはない!」
先の2本のストレートは、いずれも水稀が完璧にブロックしてきた。
だがもし彼女の読みが正しければ――
「この4秒ストレートだけ、彼女は……センター割りを避けるはず……!」
「ならば……!!」
絵美はアクセルを深く踏み込み、水稀のスリップストリームから飛び出す。
「抜けた――!!」
思わず水稀が声を漏らす。
その車内、リスが驚いたようにピョンと跳ねた。
「はぁ⁉︎ ここで仕掛ける気!?」
水稀が声を荒らげる。
「ここの対向車線は……凍結の跡でバンピーすぎんだよ!!」
「RMには……こんな路面、どーってことない!!」
絵美は静かに微笑みながら、その先のコーナーを見据える。
「内臓を抉るような突き上げ……それに耐えきれず戻るのがオチだ!!」
路面のうねりと衝撃。
対向車線の荒れたアスファルトは、凍結や除雪による劣化で波打ち、跳ね、あらゆる車体に牙を剥く。
だが、絵美はそのすべてを想定したうえで、突っ込んできた。
「……ふふっ」
水稀が視界の端に捉えた絵美の顔は、どこか誇らしげだった。
(この女、マジで来やがった……!)
だが、ここから先の勝負――誰も予測できなかった。
絵美の眼に宿った光が、闇を貫く。
「RM! ライドコントロールレベル、最大にして!」
──「了解、ピッチモーション制御レベルを引き上げました。ハンドルはしっかり握ってください」
「……行っけえええええっ!!」
エクストレイルの脚が突き上げを吸収し、挙動を乱すこと無くそのまま突き抜ける。
「突っ切る……だと!?」
「……SUVに、関係ねぇってのかよ……まったくいちいち驚かされるぜ!」
舌打ちする水稀。
まるで、自分が選ぶラインを、あらかじめ知っていたかのように、絵美の車体がサイドに滑り込んでくる。
だが──イン側は水稀。
「このストレートエンドは……あたしのものだ!」
──次はブレーキング勝負。
絵美は並びかけたまま、一切引く気は無い。
変わらないライン。勝負は「度胸」と「タイミング」だけが鍵だ。
──ギャアアアア!!
限界ギリギリの減速。
だが、水稀は驚愕する。
(ブレーキ、遅すぎだろ!?)
「何て突っ込み方しやがるんだ……!」
エクストレイルがさらに加速して抜けていく。
「バカ! オーバースピードだぞ!!」
──「RM、ルーフエンドをスイングアップして!……何がなんでも、この速度で……曲がり切る!!」
「了解シマシタ」
──ボンッ!
ルーフのスポイラーが起き上がり、空気を切り裂く。リアのダウンフォースが飛躍的に向上し、ありえない軌道を実現させた。
「可変スポイラー……だとっ!?」
水稀の瞳が震える。
「曲がりやがった……!」
コーナーのアウトラインから一気に並び、次のストレートで、水稀よりも半車身前に出たエクストレイル。
唖然とする水稀。
「まだそんな隠しダマ、あったのかよ……!」
水稀が歯を食いしばる。
軌道修正したエクストレイルは、そのままたち上がる。そのとき、RMより、アナウンスが入る。
「ダウンフォース増加により、直線加速が鈍ってます。ルーフエンドを格納します」
「待って!RM!次のコーナーまでの距離が短すぎるの!一旦格納すると次の再スイングアップが少し遅れるわ!
――まだ半車身出てる!ハナさえ残ればコーナーリングで勝てる!」
絵美は究極の決断を下す。
「このまま行くっ!!」
絵美は短く叫び、アクセルを踏み抜いた。
水稀は瞬時にエクストレイルの変調を見逃さなかった。
「加速が鈍い⁉︎…そうか!そいつを立てたままインベタで最終コーナーに飛び込む気だな!」
「見立てが甘い!SZの……鬼加速、舐めるなぁ!!」
水稀も負けじと吠える。
並走する2台が、最終セクション手前の僅かな直線で一気に伸びる。わずかなズレも命取りとなるブラインドの多い峠。次の一瞬で、すべてが決まる。
「いくぜ――!! 大外刈り――!!」
絵美の千里眼が、研ぎ澄まされる。ブラインドの先で、淡く光る白い鳥のような意識体が羽ばたき、夜空を駆け抜ける。
「外から被せるぜ――!!」
ラインは――見切った!
最終コーナー、その理想ラインを描きながら、視界の中で軌跡がイメージされていく。だが――
「……見切っ……」
視界の奥、ラインの果てに突如現れた違和感。
「――っ!?」
白い意識体の軌道の先に、佇む影。闇夜の中、月明かりに照らされ、浮かび上がる斑点模様の毛並み――
「鹿……!?」
千里眼の視界に、はっきりと映る一頭の鹿。静かに、今まさに、コースの真上を横切ろうと歩を進めていた。
木々の影から飛び出すように、まるで光に吸い寄せられるように、一本のライン上に迫るその姿。
まさに、今そこにある危機。
「お、おい……!」
水稀が息を呑む。
「バカ! こんな時に出てくるな!!」
視線が引き戻され、現実の視界と千里眼の視界が激しく交錯する。
横目に絵美を見やる――
「……!」
「そうか! あいつも、笛を付けてなかったのか……!」
咄嗟に悟る。
「マズい……! ぶつかる!!」
ハンドルを握る手が震える。
視線の先、絵美にはまだ鹿の姿が見えていない。
「気づいてない……そりゃそうだ。ブラインドの先が視えてるのは、私だけだ――!」
水稀の口元が歪む。
「クソッ……!! 大誤算だッ!」
「ダメだッ!! 減速が間に合わねぇ……!」
今の位置からでは、SUVの回避スペースを残すだけのブレーキ余裕がない。
鹿は、ライン上を横切るように確実に歩みを進めてる。
「鹿ヤローが……どんどん詰めてくる……!」
「出てくるな……!! 止まれ!!」
「止まれッ……止まれッ!!」
水稀も、唇を噛みしめながら叫ぶ。
「クソッ! どうにもできねぇ――!」
そして――
絵美の目が、ようやく前方の異変を捉えた。
その瞳に映るのは、ヘッドライトに浮かび上がった鹿の影――
「……えっ」
絵美の顔が、静かに絶句する。予想などすることもない状況。
視界の隅で、跳ねるように鹿の脚がこちらに迫る。
ブラインドの終端――
夜の獣道に、確かに存在した”不確定要素”。
それは、どんな最速理論も、どんな先読みも、覆す“自然”の一撃となり得るものであった…。
それは、まさに絶望と咄嗟の反応の刹那であった…
つづく




