表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/21

第13章 セーフティマージンの死角


第13章 セーフティマージンの死角





星空が覆う峠道。夜空には雲ひとつなく、視界は驚くほどに良好だった。




──来た。


スイッチが、入った。




水稀はハンドルを握りしめながら、心の奥で静かに宣言する。




「本気モード、スイッチ入れたぜ……!」




その視界は、かつての自分とはまるで別物。


千里眼――いや、今のそれはもはや、全方位に張り巡らされた感覚の束。


一切の霧も歪みもなく、峠のすべてが彼の掌の上にあった。




「視界良好……!」




前方を走る赤いSUV、日産エクストレイル。


その動きを、見失うことなくピタリと追う。


だが、水稀の眼差しには焦りはなかった。むしろ、今この瞬間が最高の観察タイムであるかのように、落ち着いた気配を漂わせていた。




「打開策を探るセンスね」




助手席で呟いたのは、リスだった。


水稀は答えるように鼻を鳴らし、視線を先へ送る。




「まぁ見てな。このあと、左右交互に同じRが続く」




彼の口元には余裕すら見える。


道を読む力、視界の広さ、そして精神の静けさ。


それらが噛み合った時、水稀は最強のモードへと突入する。




「意識体を遥か前方に置いた……。プレスをかけながら、じっくり観察すりゃ――前を奪い返すヒントが、必ず見えるはずだ」




対する絵美も、その気配を察していた。




「来るのね。最強の戦闘態勢で」




唇に微かな笑みを浮かべ、彼女は言葉を飲み込む。




「……このまま最後まで抑えてみせる!」








アクセルを踏み直し、絵美は再び加速した。




挿絵(By みてみん)




──




ドン、とタイヤが地を蹴る音。


二台は次のコーナーへと突入する。




「いくよ……ドッグファイト!」




水稀が低く呟く。




「どんな魔改造車だろうが……」




その目には一切の迷いがなかった。




「私のホームコースでは――そう簡単にはちぎらせないよ!!」




挿絵(By みてみん)




――ギャアアアアアアア……!




甲高いタイヤの悲鳴が、コース全体に響き渡る。


まさに接近戦。互いの車体が、触れる寸前の距離で火花を散らす。




「凄い……!」




思わず漏らすのは絵美。


だが彼女はすぐに気を取り直し、猛然とブレーキングに移る。




「猛烈なプレス……!」




ブレーキランプが赤く光り、タイヤが地面を焼く。




「左はOK! 右も見せてもらうよ!」




水稀の視線は、絵美のエクストレイルの動きに釘付けだった。




――彼女は、左右のコーナーを対称のように制圧していく。




一切の無駄がない。だがそれでも、水稀は食らいついていた。




挿絵(By みてみん)




――




2台の車が、滑るように峠を駆け抜ける。






ミラー越しに見るスープラの姿に、絵美が目を細める。




「私の動きに、瞬時に反応してラインを修正してくる……」






「まるで後ろに目があるかのような、ミラーチェックだぜ……」




絵美の操作は、まさに研ぎ澄まされた職人技。




「それでいて、前への集中を切らさず、限界ギリギリで攻めてるときたもんだ……」




水稀は内心で舌を巻く。




「いったいどれだけの練習を積んだんだ……」




さりとて、追走する水稀のスープラも、少しも距離を空けようとしない。




「並のドライバーなら、このまま最後まで抑え込まれて終わるだろうな」




だが水稀の視線は、ただ前だけを見ていた。




「だけど、天才の水稀さんは――前を獲り返す策を、もう見つけたっていうこと?」




助手席のリスがポツリと呟く。






「ま、そうゆうことだ」




水稀の眼差しの奥には、冷静な分析と、確かな“読み”があった。




 


****


中間地点




 「(はかる)っ……! ちゃんと見てろよ! 寝んじゃねーぞ!」




 駐車中のランエボの傍ら、沙羅が携帯を握って怒鳴っていた。相手は、ゴールゲートの見張り役を任されている究。




「お前、前回居眠りこいてたからな! 対向車入ってきたら、キープレフトの合図忘れるなよ!」




「わ、わかってるって……!」




 電話越しに、苦笑混じりの声が返る。




「大丈夫! 寝不足じゃねーし! すぐ皆にグループLINE鳴らす準備はできてるぜ!」




 夜風に揺れる木々の影。遠くで虫の声がかすかに響く。




 沙羅は受話器を握ったまま、峠の先を見据えた。




「まもなくここ通過するから。そっちもしっかり頼むぜ」




「おう、任せとけ!」




 通話の向こうで、究が楽しげに笑う。




「にしてもさ。やっぱリーダーが先行して、フィニッシュって構図じゃね?地の利だよ。


絵美さんもマジ上手いけど、まだこのコース慣れてないっしょ?」






 沙羅は目を細めて月を見上げた。




「……それを言うなら、水稀もSUVとのバトルなんて、まったくの未経験。たしかに普段のバトル相手なら、いつも通り、逃げ切りで終わる流れだろう。だけど…今日は……なんか違う気がする」




「――へぇ、そうなんすか?」




 沙羅の瞳が、月に引かれるように動く。




「なんというか、このバトル……妙な引っかかりがあるんだよな…」




「バトル中に満月ってのが……」




「何か大事なこと、見逃してるような気もするし、気のせいかもしれない」




「……梢ちゃんがテストしてたときは、そんな感じはしなかったけど…何が違うんだろ…」




「マジっすか? それって……食いかけのマックの月見バーガー忘れてるとか、じゃないの?」 




「……バカ! そんな低レベルな話じゃねぇよ!!」




挿絵(By みてみん)




 2人のやりとりが続く中――峠のどこかで、再びマシンが唸りをあげていた。




****




 オオォォン……!



──再び深くなる森のトンネル。




木々の密度が一段と増し、コーナーの先はますます視認しづらくなっていた。


が、絵美の眼差しに迷いはなかった。




「焦るな……スタート前、あの意識体にトレースしたんだ」




すでにライン取りのイメージはできている。


目には映らずとも、感覚が正解を描いていた。








「ここだな」


対する水稀は静かに呟き、唇の端をわずかに吊り上げた。








エクストレイルの絵美が、コーナーへ突入する。




「ターンイン……このまま、このまま……エイペックスまで我慢!」




「ミドルライン、キープ!」




声を漏らしながら、絵美は自らのラインを精密に守っていく。


だが――




「……過ぎたら、すぐにクリップに」




チラリとバックミラーを確認した瞬間、彼女の視線が揺れる。




「えっ……!?」




水稀のスープラが、いない。


ミラーから、その姿が忽然と消えていた。




挿絵(By みてみん)






「いない!? どこだ!? ……消えた……!?」




焦る視線を宙に彷徨わせる絵美。




「まさか……ライトを、消したの!?」




──ブラインドの先、水稀のスープラは一切の光を断って姿を消していた。


完全なステルス化。まさに“見えない獣”が闇の中に溶けている。




「……マンガみたいなこと、やるのね……!」




即座に判断を切り替えた絵美は、咄嗟にハザードスイッチを押す。




「これで、炙り出すっ!」




レッドマスクの両サイドが、閃光のように爆ぜた。




──パッ……!




挿絵(By みてみん)




背後の森に、ウィンカーの光が一瞬だけ反射する。




「いたっ……!」




その瞬間、エクストレイルの横に、赤黒い影が並びかけていた。




「しまった……並ばれてる……!」




水稀のスープラは、絵美の“セーフティマージン”を突き、完璧なタイミングでサイドに滑り込んでいた。




「クリップに……つけない……!」




絵美が呻くように言った。






「暴光ウインカーか、照らすのがほんの少し遅れたね」


――照らし出されたスープラの顔が、わずかに笑っているように見えた。




「基本的に、アンタの走りは“セーフティマージン”をギリギリ残しながら攻めていく、手堅いスタイルだ」




水稀は冷静に絵美の戦術を解析する。




「加えて、後続車に一切の隙を見せないマシンコントロールは、一級品」




だが、その“完璧さ”にも弱点がある。


コーナーアプローチの“わずかな隙”――それを突かれたのだ。




そしてこのエリアのレイアウトが、それを許した。


見通しの悪さが、何かあったときのためのセーフティマージンを必要とする。例えば対向車、あるいは停車中の車。それは一定の技量のあるドライバーなら誰もがもつ無意識のリスクヘッジだ。




だが――


「私には……必要ない」




何があるかわからないということはない。




「最初からコーナーの先が視える私には、セーフティマージンは不要」





水稀の目には、木々の裏側までが見えていた。






前の集中が一瞬でも切れれば、その隙を突く。


そのすべてを前提にして、彼女は戦術を組み上げていた。




挿絵(By みてみん)




ライン図が脳裏に描かれる。




彼女はブラインドで最も速く安全にコーナーを抜けるため、クリップを奥にずらし、立ち上がりを重視した加速重視ラインを選択している。


その分侵入速度は若干落ちるが、モンスターマシンの脅威的な加速力でリカバリーしている。




だが、水稀は違った。




「相手より先に最速でコーナーに進入できて、相手にクリップを取らせることなく、並走できる……」




──それが、千里眼ドライビング。




「だから、厳しめのミラーチェックを外した……」




絵美の集中が、一瞬だけ切れた瞬間。


水稀はそこに潜り込み、サイドに並ぶ――






挿絵(By みてみん)




「来た!!」




前方の月明かりが、2台の車を照らし出す。




峠の中腹でそれを見つけた沙羅が、息を飲む。




「ひゃー、大接戦じゃん……!」




その目の先――




挿絵(By みてみん)






エクストレイルとスープラが、まさにサイド・バイ・サイド。


ミリ単位で並びながら、火花のように駆け抜けていた。






つづく


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ