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ONE EYE’S C episode 0

ずっと心に残っていた幼い日の約束。


走ること。守ること。待ち続けること。


北海道・支笏湖という場所には、不思議な静けさと、強い想いが宿っています。

自然保護官だった娘。奏することを夢見、諦めてしまった娘。

そして、過去の声にそっと触れる探偵。


支笏湖の夜霧、峠に残る片目の光。

これは、夢の残響であり、魂の軌跡でもあります。

誰かが誰かを思う気持ちは、

きっと霧の夜を越えて、どこかに届く。


この物語もまた、あなたのどこかに届けば嬉しいです。


國風 惠昂


 あのマシンを見た者は、皆、似たようなことを言う。



 ——片目のライトだった。



 ——人じゃない何かが、乗っていた。




 ——音が、風と違う。空気を裂いていた。




 ——……ナンバーは、4525...。




 夜の支笏湖。霧と闇が混じるその峠に、白銀のGT-Fourが現れる。




 右目だけを灯し、ぬるりと現れ、そして消えていく。




 尾を引くように、光の軌跡だけを残して。





 “One Eye”と呼ばれていた。




 彼女のマシンは、“C”。




 意味は……誰も語らない。語れない。





 それはただの都市伝説なのか?




 それとも、罪の記憶が走らせる、亡霊のようなものか。




 けれど、これは武勇伝ではない。




 速さの記録を争う話でもない。






 これは、“ひとつの約束”が、風になって走り続けた物語。




 ——La saga de Promesa。




 終わらない約束の、始まりの章。







One Eyeが現れる

半年以上前——





 エンジンを切った白銀のセリカGT-Fourが、ひときわ深い呼吸を漏らすように音を鎮める。



 車体は白い朝靄に包まれ、支笏湖の湖畔に静かに佇んでいた。



 運転席から降り立ったのは、片貝芹かたがい・せり



 自然保護官としてこの一帯を巡回する日々は、もう三年目になる。




 風不死岳を背に、湖に向かって息を吐く。



 涼しい空気のなかに、微かな焚き火の匂い。前夜、誰かが許可なくキャンプを張った証拠だった。



 芹は手帳を開きながら、少しだけ眉を寄せた。



「ここ、火気使用禁止の区画なんだけどな……」



 言葉は誰に向けるでもなく、独り言のように漏れる。


 けれどその声の端には、苛立ちよりも、諦めにも似た哀しさがにじんでいた。



 数年前までは、ここにも地元の走り屋がしばしば現れた。



 夜な夜なエンジン音を響かせ、コーナーを攻め、彼らやギャラリー達は湖畔を汚しては立ち去る。



 芹は一人、勤務時間外などお構いなしに、夜の彼らを相手に静かな戦いを挑んできた。



 説得もした。時に見回り中の姿だけで、黙って去っていった連中もいる。



 彼女は、速かった。車でも、判断でも。そして、どこか“気配”のようなものを持っていた。



一度でも彼女に出会えば、妙な威圧感に包まれる。



 それでもホーム化を狙って彼女とバトルで決着をつけようとした連中もいた。



 だが、彼女に勝つ者など一人もいなかった。



負けた者は二度と支笏湖界隈での走り屋行為を許されない。

敷居を跨ぐことは許されない。

それが走り屋のルール。



 そのうち、湖畔の噂が一人歩きし始めた。



昔からある都市伝説ダルマセリカの話の類と混同されるようになっていた。



 ——夜に、白銀シルバーのセリカの見張り番が出るらしい。



 ——違反者の車を止めると、目も合わせずに警告だけ残して去っていく亡霊らしい。



 ——そいつと張るとヤバいことになる。




 それでも、芹は構わず走り続けていた。



 噂でもいい。つまらん連中が恐れて来なくなるのは有り難い。



 今はもう、そんな独り歩きした都市伝説のお陰で地元の連中は誰も来なくなった。


ただ、ネットの噂を頼りにやって来る地方の“よそ者”や、週末だけ姿を見せるなんちゃって走り屋が、ごくまれにコースをなぞるくらいだった。



 芹はその気配を、すべて見抜いていた。


 そしてその都度、警告し追い払っていた。



 それ以上に、彼女が気にしていたのは——ゴミだった。



 ここ数年のキャンプブーム。観光地として脚光を浴びた支笏湖は、マナー知らずの人々にとって“映える場所”として扱われるようになっていた。



 焚き火の跡、炭、ビニール、空き缶、食べ残し。



 夜の見回りを終えた朝、芹はひとり黙ってそれを拾い集めた。



 黙々と。



 ただ、拾う。



 自分にできることを、淡々と。





 誰に見られるわけでもない。



 誰かに褒められるわけでもない。



 でも、湖の水が澄んでいる限り、自分は守れていると信じていた。



 そしてまた、GT-Fourに乗り込み、次のカーブへとハンドルを切る。



 ——この静けさが、いつまでも続けばいい。



 そう願いながら…




__________





 その日、日没も過ぎた頃、芹はいつものように支笏湖周辺を巡回していた。


 気温は高くなかったが、湿度は肌にまとわりつくように重い。


 山の天気は変わりやすい。朝は快晴でも、昼前には薄雲が広がり、視界に微細な霧が漂っていた。


 カーブを抜けるたびに、GT-Fourの足回りがしっとりと路面を捉える。


 あいかわらず湖畔には焚き火跡。空き缶、袋。


 芹はそれらを拾い上げ、後部座席にあるビニール袋にまとめていた。


 もう何度目かの停車だった。


 そのカーブの先に、違和感があった。


 木々の影が歪んで見える。


 風の匂いも、どこか違う。


 GT-Fourをそっと停め、歩いて近づいた芹は、思わず目を細めた。


 ガードレールの内側——路肩の草むらに、何かがもぞもぞと動いている。


 動物だった。


 ……いや、小さかった。子猫のようにも見えた。


 よく見ると、それは子狐だった。




 頭に何かを被っている。橙色のビニールのようなものが、顔全体を覆っていた。

三 



 スナック菓子の袋だ。誰かが投げ捨てた空袋を、あさっていたのだろう。


 「ちょっと……じっとしてな」


 芹は腰をかがめ、手を伸ばす。


 子狐は暴れなかった。ただ、呼吸が荒い。


 必死で前足を動かしながらも、袋が視界と鼻を塞いでいて、うまく息ができていない。



やっとのことで袋を外したその瞬間、子狐は小さく「ひっ」と鳴いて、びくりと体を丸めた。


「……もう大丈夫。ほら、怖くない」



芹はそっとその額を撫でる。


安心させるように抱え直し、草むらへ戻そうと腰をかがめた――


そのときだった。



——後方から、タイヤのスキール音が響いた。



——エンジンが唸る。明らかに制御の利いていない音。



——空気が震えた。



——次の瞬間、風が鳴った



カーブの出口から、一台の車がはみ出すように飛び込んできた。



地方ナンバー。年代物のFR。



アクセルを煽るだけ煽り、路面の湿りに気づかぬまま、そのままの速度でコーナーへ進入してきていた。



芹は、何のためらいもなく子狐を草むらへ放り投げた。



車体は、もう避けられない距離まで迫っていた。



視界が、真っ白になった。









どれほどの時間が流れただろうか。


血の匂い。


濡れたアスファルトの感触。


遠ざかっていく意識。


「おい……あんた……!」


誰かの声が聞こえた。


震えている。


すぐ近くで、何度も同じ言葉を繰り返していた。


「動くな……いや、動かすなって……きゅ、救急車……!」


轢いた車に乗っていた者たちだろうか。


別の声も重なっていた。


慌ただしい足音。


携帯電話で場所を伝える声。


遠くで誰かが泣いているようにも聞こえた。





やがて、山の向こうからサイレンの音が近づいてくる。


赤い光が、閉じかけた瞼の裏を断続的に染めていた。


けれど、それらの音は次第に遠ざかっていった。


水の底へ沈んでいくように。


声も、雨音も、サイレンも。


すべてが厚い膜の向こうへ押しやられていく。


気がつくと、芹は深い森の中に立っていた。


雨は降っていない。


風もない。


木々は白い霧に包まれ、足元には淡い光が落ちている。


身体の痛みもなかった。


けれど、自分が立っているのか、浮かんでいるのかすら分からない。


「……ここは……」


声を出したはずなのに、音は森へ届かなかった。


そのとき、霧の奥で何かが動いた。


一匹の——大きな白狐だった。


芹が助けた子狐とは比べものにならないほど大きい。


雪のように白い毛並み。


静かに光を宿した瞳。


その姿を見た瞬間、芹はなぜか理解した。


あの子狐の親なのだと。


白狐は、芹を見つめたまま動かなかった。


責めるようでもなく、感謝するようでもない。


ただ、何かを量るように見ていた。


芹の耳には、まだ遠く現実の音が残っていた。



「意識レベル低下!」



「血圧、落ちています!」



救急隊員の声。



器具の触れ合う音。



サイレン。



それらが森の向こうで、ひどく遠い出来事のように響いている。



白狐の口は動かなかった。



それでも、その声だけが芹の内側へ直接届いた。



「我が子を救ったのだな」



芹は答えようとした。



だが、声が出ない。



「この地での、そなたの行いはしかと見ていた」



白狐は、静かに目を細めた。



「それほどの者が、このような運命に遭うとは……」



「お前の命は、今にも途切れようとしている」



森の奥で、何か細い糸が切れるような音がした。



芹はようやく、自分に起きていることを悟った。



死の界にいるのだ。



その認識は、不思議なほど静かだった。



ただ一つ、脳裏に浮かんだのは、自分が守り続けてきた、この広い国立公園のことだった。



湖畔に残されたゴミ。



夜ごと集まる車。



まだ守り切れていない景色。



そして、置き去りにしてしまう人たち。



大事な人との約束。



白狐は、そのすべてを見透かすように目を細めた。



「まだ、戻りたいか」



芹はわずかに顔を上げた。



戻りたい。



だが、それが声になったのかは分からなかった。



白狐の尾が、ゆっくりと霧を払った。



「ならば、代わりに失うものがある」



森の景色が揺れた。



遠くで心電図の警告音が鳴っている。



「命をつなぐのではない」



白狐の声は、冷たくも優しくもなかった。



ただ、揺るぎがなかった。



「お前の魂を、この世へ残す」



芹は白狐を見つめた。



意味を理解するより先に、胸の奥で何かがざわめいた。



「肉体へ戻れぬこともある」



「人の理から外れることもある」



「永く留まれば、輪廻の道を失う」






現実の声が再び近づいた。



「搬送します!」


「脈、触れます!」


芹の意識が、森と現実の間で揺れる。


それでも白狐から目を離さなかった。


まだ終われない。


守りたいものがある。


伝えたいことがある。


白狐は、ほんのわずかに顔を伏せた。



それが承諾を待つ仕草なのだと、芹には分かった。



「——契るか」



その言葉が幻聴なのか、本当に聞こえたのかも分からなかった。



けれど芹は、意識が途切れる寸前、かすかに唇を動かした。



「……まだ……」


その先は声にならなかった。



白狐の瞳だけが、暗闇の中で静かに光っていた。



雨が降ってきた。



空が泣いていた。



そして、秋の肌寒い風がひと筋、森を割って吹き抜けていった——。





________




翌年——





支笏湖にも春が過ぎ、空気に初夏の香りが混じり始める頃だった。


それでも朝晩の寒暖差は大きく、夜はまだ冷え込む。霧と夜露が峠道を包むなか、音もなく“彼女”は姿を現す。



 セリカGT-Four。


 白銀のボディに、右目だけが灯る異形のマシン。




 誰もそのナンバーをはっきりとは覚えていない。


 ただ「4525」——支笏湖の語呂、と噂する者もいた。


 だがそれすら、確証のある者は一人としていなかった。




 運転席に座っているのは、片目に眼帯をつけた女。


 口数は少なく、感情もない。



 だが地元周辺の連中は、誰よりも彼女を恐れた。彼女の制裁レースは必ずクラッシュすると噂になっていた。




 “One Eye”——ワンアイ。


 音速の番人。或いは裁定者。




 その夜、現れたのは「ブードンナイツ」と名乗る帯広のチームだった。



 彼らはホームコースを持たない流浪の走り屋集団で、道内各地の峠をサーキット代わりに荒らしていた。



 リーダー格の男は、“中空なかぞら”と名乗った。


 乗っていたのは、青いR32スカイラインGT-R。



 全開の直線で空を裂くようなターボ音を轟かせ、何もかもを見下すような目で言い放った。




「ここ、見張りが出るって話だったが……女ひとりかよ」

咥えタバコを捨ていい放つ。



 GT-Fourは静かに停車場に滑り込んでくる。


 GT-Rのライトがその車体を照らしたとき、女はゆっくりと車を降りた。




 白いジャージ姿にショートパンツ、片目の眼帯。


 腕を組んで、無言のまま男たちを見渡す。




「帰れ。ゴミども」




 一言だけ。




 その声音に、どこか“人間ではない”響きがあった。




 ざわめいたのは周囲のギャラリーだった。


 中空は鼻で笑うと、近づいて女の肩を押した。




「なに様のつもりだ? ただのオカルト女じゃねえか。道でも空けとけよ」




 その瞬間、芹は一歩踏み込み、


 中空の胸ぐらを掴み、地面に投げ倒した。




 地響きのような音が響いた。




 数秒の間に、男は完全に制圧されていた。



 返す言葉も出ない。呼吸だけが荒くなっている。



「拳でやるか、車でやるか。選べ」





中空は地面に手をついたまま、女を睨み上げた。



「……車だ」



女は何も答えず、再びGT-Fourへと戻っていく。



中空も歯噛みしながら立ち上がり、GT-Rの運転席へ向かった。



 バトルが始まる。



 湖畔の国道から上り道道へ、恵庭岳の麓をなぞるようにカーブが連なるコース。



 天候は曇り、路面は湿っている。




 先行はGT-R、後追いはGT-Four。




 前半、GT-Rはパワーにものを言わせて突き放した。


 だがコーナーに入るたび、何かが狂っていく。




 ミラーに映るはずの追走車が、映っていない。


 それなのに、カーブを抜けるとピタリと後ろに張りついている。




 まるで——“気配”ごと消えているような走りだった。




「ふざけんな……見えてるはずがねえ……!」




 焦りはやがて恐怖に変わる。



 そして終盤、右カーブの途中で、女のGT-Fourがラインを変えた。



 インから、異常な角度で進入してくる。


 だが滑らない。沈まない。GT-Rのわずかな死角を突くように、まるで影のように追い抜いていく。




 中空はとっさにハンドルを切ろうとした。

 だが、何故か体が硬直して動かない。ブレーキも足が動かない。



 ……次の瞬間、車体はガードレールにヒットし、反動でスピンした。



 崩れるグリップ。視界が回転し、星のようなライトが横切る。




 バトルは終わった。




 勝敗の行方は、誰の目にも明らかだった。



 追い越しの瞬間に生まれた不可解な現象が、GT-Rの運命を決定づけた。




 だが、“ワンアイ”は停車場には戻らなかった。



 そのまま、夜霧の奥へと走り去っていった。






 ——そしてしばらくして、誰もいない道端。




 街灯すら届かないカーブの外れに、一台の車がぽつりと停まっていた。




 トヨタ・カレン。


 その運転席で、ひとりの娘が目を覚ます。




「……また、ここ……?」




 片貝華蓮かたがい・かれんは、ハンドルを握ったまま、目を瞬いた。




 身体に傷はない。車も無事。けれど、ここまでどうやって来たのか思い出せない。




 助手席にも、後部座席にも誰もいない。



 ただ、助手席にはなぜかいつも眼帯が置かれていた。




 やがて華蓮はエンジンをかけ、来た道を引き返し始めた。




 そして——必ずといっていいほど、あるカーブで事故車とすれ違う。



 赤色灯の点滅。破損したバンパー。通行規制のコーン。




 それが、何度も繰り返されていた。




 彼女はまだ、その意味を知らない





数日後——




 札幌市・手稲。市街地からやや離れた静かな住宅地の一角。


 築年数は古いが、外壁に手が入れられているそのマンションの一室が、十玲流絵美とれいる・えみの仕事場だった。




 探偵事務所——入り口にはシンプルな看板。


2LDKの室内。奥は寝室、そしてリビングの一角に設けられたデスクが、彼女の“現場”だった。




 デスクの上にはパソコンとモニター。ポットで淹れたまま冷えかけたコーヒー。


 その向かいの壁にも大きなモニターがあり、ぬいぐるみのような風貌の“何か”が映っていた。




 ——ボス。


 猫でも犬でもない、ぬいぐるみにも見えるが、どこか人工物めいた奇妙な造形。


 口元が常に笑っているようなその存在は、“みいださん”とも呼ばれている。

彼は絵美に指令を下す役割を担っていた。




 パソコンの画面には一件の事故記事が開かれていた。




 ——「180SX、支笏湖畔で単独クラッシュ」


 ——「ドライバー意識混濁、搬送先で治療中」


 ——「『片目の光が…』と話すも、詳細不明」




 ローカル記事を読み上げながら、絵美はわずかに眉をしかめた。





「……なんか、変なのよね」



「だべ?」


壁のモニター越しのみいださんが首をかしげるような動作を見せる。




「事故はすべて深夜。しかも全部、スポーツカー。走り屋ばっかり。

これで25件目。


先週はGT-R…昨日は180SX。


 一般車が起こした案件は一件もない。……逆に不自然じゃない?」




「ターゲット、絞ってるみたいな」




「だとしたら、意図的な制裁……?」




 絵美はファイルを閉じ、椅子の背にもたれた。



 その直感は、能力とは別の、もっと根源的な警鐘に近かった。




 彼女の手元には、支笏湖周辺で起きた未解決事故の記録がまとめられていた。



 どれも、同じ傾向を示していた。




・夜間、単独でクラッシュ


・ブレーキ痕がほとんど残っていない


・ドライバーは、追い抜かれた直後から事故までの記憶を失っている


そして、複数の証言に共通する奇妙な言葉。


「球切れの車に抜かれたところから、記憶がない」


事故の直前、身体が硬直し、ハンドルもブレーキも操作できなかったと訴える者さえいた。


そのうちのひとりが、今回の記事の主だった。



支笏湖へ“プチ遠征”に来ていた、道南エリアチーム「ラッキーピエラーズ」の若者だ。



意識は戻っているものの、記憶は追い抜かれた瞬間で途切れていた。



「片方しかライトが点いてないセリカだった」



「抜かれた瞬間、身体が動かなくなった気がする」


「その後は、何も覚えていない」


彼が残したのは、そんな断片的な証言だけだった。




「一時的な記憶混濁か……それとも、何かが“見えてしまった”か」




 絵美は、パソコンモニターに表示された事故写真に目を移す。



 画面の道路周辺に——気のせいかもしれないが、何か得体の知れない存在のようなものを感じる気がした。




 彼女には“視える”力がある。


 サイコメトリー——物や人に触れることで“残された思念”を読み取る、稀な感覚。




 この能力で、彼女は数々の事件や失踪の足跡を辿ってきた。



けれど今回ばかりは、違う。



これは“現実の事件”にしては、あまりにも輪郭がなさすぎる。



「……都市伝説か、霊障か」




 彼女の視線は静かに窓の外へ向かう。




 空は曇り。空気は湿っている。


 遠くの雲は、どこか重たく見えた。




「“ワンアイ”——片目のセリカ。


 本当にいるっていうの……?」




 誰に問いかけるでもなく呟いた言葉が、静かな室内に溶けていった。






Episode 0 完


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