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呪われた十字架

 一条は、デスクに座り眠りこけて、月夜は体が動かずソファーに倒れ込んでいた。その二人の前に、神谷はコーヒーとサンドイッチを差し出す。

「はい。二人とも、朝ご飯はまだなんでしょ?」

「あ、ありがとう…。」

 思わぬ行動に、月夜はお礼を言う。

「…そう言えば、昨日の夜から何も食べて…。あっ!」

 サンドイッチを口にし、自分で言っていて急に恥ずかしくなって、顔を赤くする。

「そんな事だと思いました。」

 言って、神谷も赤くする。

「私、決めました!婚活します!」

「?」

 突然の神谷の発言に、二人とも顔を向ける。

「先生みたいな人を、…いいえ。先生よりも、良い人をを見つけて、結婚します!」

「ん〜。良いんじゃないのぉ〜?そうしなさぁい。」

 一条は、目をつむりながらサンドイッチを口にする。

『やっと、敗北を認めたかぁ…。』

 月夜は、コーヒーを飲みながら、そんな事を考えていた。一呼吸置き、神谷は言いづらいことを口にする。

「…先生。そういえば、森繁茜さんの通夜とお葬式の日程が送られてきたのですが、どうなさいますか?」

「行くわけないでしょ〜?義理は、ちゃんと果たしたんだからぁ。」

 一条は、いつもの口調で煙草をふかす。

「かしこまりました。」

「神谷君。今日は、仕事全部キャンセルねぇ。かったるいから〜。」

『同感。俺も、体動かねぇ〜!』

 朝食を済ませ、月夜はまたソファーに寝転がる。そこへ、茶々がやってくる。

「にゃ〜!」

「はぁ〜…。」

 月夜は、茶々と遊ぶ体力も戻っていなかった。

「お二人とも、気がたるみすぎですよ!」

 神谷は、呆れてしまう。

 夏も半ばを過ぎ、久々に怪盗の仕事が舞い込んできた。李が、実家から身内の葬儀を終えて、日本に戻っていた。

「久しぶり、李!その、大変だったみたいだな…。」

 月夜は、遠慮がちに言う。

「まあね。でも、仕事は私が受け持つことになったから、今までと変わらないわ。」

「そう、なら良かった!」

 李は、月夜の胸元を見て微笑む。

「そっちは、進展が見られたようねぇ!」

 月夜は、ネックレスを見て顔を赤くする。

「り、李ぃ…!」

「でも、仕事の時は、外しておいたほうがいいわ。正体がバレてしまったら、一緒に居られなくなってしまうわよ?」

「わ、分かってる!…て事は、久々の仕事!?」

「ええ。面白いお宝の情報が入ったわ!ある、山奥の館に、黄金の十字架が飾ってあるんですって。十字架の中には、いくつものダイアモンドが飾ってあって、競売にかければ、良い値がつくわよ!」

「黄金の十字架…?」

「良い荒稼ぎになると思うの。どう?」

 月夜は、ニッと笑う。

「久々の手馴しに調度良い。受けるぜ!」

「分かったわ。じゃあ、いつもの通りに、予告状送っておくわね!」

「頼む!」

 月夜は、久々のスリルに興奮した。


 事務所に戻り、いつもの通りドアを開ける。

「ただいま戻りました!」

「ああ、お帰り。仕事、早かったね。」

「今日は、得意先に挨拶に行っただけですから!それより、何か仕事お手伝いありますか?」

「君も、よく働くねぇ。いや、今のところ入ってないけど…。」

 一条が言っていると、事務所の電話が鳴る。それを、神谷がとる。

「はい、一条探偵事務所…あ、はい。かしこまりました!先生、轟警部から仕事の依頼です!」

 一条は、目を見開く。

「…て、事は、久々のシルバー関係かな?」

「はい。予告状が、届いたそうです!予告状には、二日後の夜、と…。」

『二日後?今夜じゃなくて?』

 月夜は、疑問に感じる。

「ファックスで、場所と日時を送るそうです。」

 早速、事務所にファックスが送られてくる。それを、神谷が一条に手渡す。その内容を見て、一条はニヤリと笑う。

「へぇ〜。シルバーも、結構遊び心があるんだな!」

『へっ…?』

 月夜は、キョトンとする。

「月夜君。夏の、肝試しの依頼、手伝ってくれる?」

「き、肝試し〜!?」

 思わぬ予告状に、月夜は度肝をぬく。

「今回、シルバーが狙っているのは、腐海の森と言われる誰も住んでいない廃れた館にある"黄金の十字架"。その、誰もいないと言われている館には、夜な夜な霊体が現れて、そのお宝を守っているという…。実際、その館に入った人間は、二度と戻れず行方知れずになっていると聞く。まあ、よくある心霊スポットだね。」

 一条は、ハハハッと笑う。

「し、しし、心霊スポット〜!?」

 月夜は、体を震わせる。

「シルバーも、面白い人物だなぁ。夏の風物詩を心得ている!」

 笑っている一条の目の前で、月夜は顔を青くする。

「…どうしたの、月夜君?」

「…ちょ、ちょっと、トイレに行ってきます!」

「え?」

 月夜は、有無を言わさず、急いでトイレの中に入って電話する。

「はい、月夜。どうした…?」

「どういうことだ、李!今回のお宝の場所って…!?」

「ああ。結構、面白いでしょ?心霊スポットだなんてぇ〜!」

「わ、分かってて、何も言わなかったのかよ!!」

「いきなり、どうしたの?一体…。」

「俺が、ゆ、幽霊とか、お化けとか苦手なこと分かってるのかよぉ〜!?」

「…そ、そうだっけ?」

 李は、苦笑いする。

「まあ、もう予告状出しちゃったし、場所が場所なだけあって、二日後にしておいたから、ゆっくり下見して!じゃあ、お仕事頑張って!」

 李は、プツンと電話をきる。

「…ま、マジかよぉ〜!」

 月夜は、頭を抱えた。


 一条たちは、腐海の森にたどり着き、その中央にそびえ立つ古びた館に足を運んだ。

「着いたね。それにしても、…本当に古い建物だなぁ!今は昼間だから情景が見渡せるけど、夜になったら真っ暗だな。」

 冷静に観察している一条の横で、月夜はただ見上げていた。

「…どうしたの?黙りこんじゃって。」

「いっ、いいえ、なんでも…!へぇ~、すごい館ですねぇ!」

 月夜は、苦笑いするが、顔が引きつっている。

「一条君。久しぶりだな!」

 後から、警察たちを連れた轟が来る。

「ええ。シルバーの久々の登場ですね!」

「ああ。しかし、また変わった場所を選んだものだな。」

 轟も見渡す。

「そうですね。シルバーも、急に肝試しがしたくなったんじゃないですか?」

「まさか!」

 一条と轟は、笑い声を上げる。

『人の気も知らないでぇ!』

 月夜は、怒鳴りたい気持ちを押さえて、体が震えた。

「夜になるということは、ここらへん一体と館の中は真っ暗になりますが、何か対策でも?」

「うむ。今回は、人員を二十人、パトカー三台と、辺りを照らし出すライトを十台用意した。館の中にも、順次明かりをつけていくつもりだ!」

『よ、良かったぁ〜!』

 月夜は、内心ホッとする。だが、夜になり月夜の安心は覆されるのだった。昼間に、一条と轟たち警察が館の中を探索したが、どこにも十字架らしい物は見当たらなかった。

「ん〜。これでは、奴の狙っている宝を守ること、対策をすることができんなぁ。」

「時間は、まだあります。シルバーが現れるのは、明日の夜。もう少し、明るくなったら、また探索しましょう。」

「うむ、そうだな。おい、館にいる人員を全員招集して…。」

「そ、それが、警部。三名ほど、姿が見当たらないのです!」

「なに!?どういうことだ!」

「わ、わかりません!残りのメンバーで、今も探しているのですが…。」

「どうやら、人が行方知れずになる、と言う噂は本当なのかもしれませんね。」

 一条の言葉に、轟が反応を示す。

「どういうことだね、一条君?」

「怪談話しですよ。黄金の十字架を手にした者は、ことごとく姿を晦ましてしまう。黄金の十字架を守っている何者かによって、と言うものです。それが、現実となると、この館には、何かありそうですね。」

「もしかして、何らかの事件に巻き込まれた、と言う事か!?」

「おそらく!暗くなったら、無闇に動かない事を避けたほうがよさそうですね!」

「分かった、そうしよう!今日は、もう日が傾いている。残りの者だけで、撤退するぞ!」

「了解です!」

 轟たちに続き、一条たちも館を後にすることにした。

            ※

森を抜けると、その近くにコテージがあった。そこで、一夜を過ごすことにした。

「こんなところで、経営していた人がいたんですね。」

「おかげで、わざわざ事務所に帰らずにすんだ。ラッキーだったじゃないか。」

 一条と月夜は、持参していた食事を食べながら話しをする。

「…どう、思いました一条さん。あの館、色々なところに、仕掛けみたいなところがありませんでしたか?」

 月夜は、情景を浮かべる。

「うん、確かに。私も、足や手で床や壁を調べてみたけど、不自然な部分がたくさんあったなぁ。」

「警察の人達が居なくなったのも、それが原因じゃあ?」

「おそらくね。それに、肝心の"黄金の十字架"がどこにあるのか、見当がつかない。どこかに、隠し通路みたいなところがあって、そこに隠されていると思うんだ。なんにせよ、明日が予告の日にちだ。明るくなったら、また探索してみよう。」

「はい。」


夜遅くなり、コテージの外にいた月夜は、フューたちと連絡をとっていた。

「悪いが、今回は抜けられそうにない。いつもの装備を、暗闇に紛れて用意しておいてくれ。」

「分かってるよ。今、ドローンを飛ばして、内部をスキャンしているところだ。隙を見て、行動にうつせ。」

「了解!…な、なるべく、暗くない場所に…用意しておいてくれ…!」

「お前、まだお化け怖いなかよ!心配しなくても、常連さんがたくさんいるんだろ?だったら、心配しないで、今まで通り、クールなシルバーを演じろ。」

「わ、分かった…。」

 月夜は、電話をきってコテージに戻ろうとする。そこへ、コテージに居ないことを心配して、一条が探しに来ていた。

「月夜!月夜!?」

「ここです。」

 木陰から姿を現すと、それを見てホッとする。

「一体どこに行っていたんだい?心配したよ!」

「ごめんなさい。少し、仕事の電話がきちゃって、起こしたら悪いと思って…。」

 一条は、月夜を抱き寄せる。

「あまり、私の傍を離れないでくれ!不安になってしまう…!」

「ごめんなさい。」

 月夜は、一条の背中に手を回す。

「私の推測だが、あの館には、誰かが潜んでいるような気がしてならない。警察が、何人か行方知れずになったのも、それが原因だと考えている。だから、明日は私の傍を絶対に離れるんじゃないよ?」

「はい。」

『ごめんなさい。それでも、隙を見て離れなくちゃいけないんだ…。』

 月夜は、少し心が苦しくなった。仕事とは言え、正体をバラすわけにはいかない。その夜は、二人きりのコテージで、甘い夜を過ごした。二人、体を寄せ合って、夏とは言え、冷える夜に熱い体は調度良かった。

「あの時の本気の彰さん、凄かった。俺、腰砕けになっちゃったもの。」

 月夜は、笑ってみせる。

「…あの時は、本当にすまなかった。傷つけないようにしようと、心に決めていたのに…。」

「謝らないで!俺が、全てを受け止めるって言ったでしょ?遠慮なんかしなくていいんだよ!」

 一条は、フッと笑う。

「…大人気なかった。醜態を晒すつもりじゃなかった。」

「俺は、嬉しかった。弱い部分も、さらけ出してくれたから。」

 月夜の本音だった。お互いの、傷ついた部分を見せあえたのだから。


 朝になり、お宝の場所と、姿を消した警察たちの捜索が始まった。

「一人でいるのは、とても危険です。二人一組で探しましょう!」

「よし、分かった!」

 轟は、一条の提案にのった。

「早速、捜索にとりかかれ!」

 館の外と中、二人ずつで捜索を開始したが、一向にどちらも見当たらなかった。

「おい、どこにいる!いたら、返事をしろ〜!」

 だが、日が落ち始めても、誰も見当たらなかった。それどころか、人員が徐々に減ってきていた。

「…一体、なにが起きているんだ!?」

 轟が、汗をかきながら言う。

「これは、シルバーどころではないかもしれませんね。明らかに、何かの事件に巻き込まれている!」

「ん〜、そうかも知れん。しかし、また何故シルバーは、こんな場所を指定したんだ?」

「分かりません。もう、日が落ちます。ライトアップを!」

「ああ!」

 警察たちは、館全体を明るくした。周りを取り囲んでいるため、館がよく見える。中は、蝋燭をともし、明るくしていた。館は、三階建てで、一階はフロアになっていて、二階は客間。三階は応接室になっていた。

「三階は、もうすでに探しつくしました。一階と二階で、手分けして探しましょう!」

 一条の言葉に、皆、うん、と頷き散らばる。一条と月夜も、お互いが居ることを確認して頷く。一階は、轟たち警察が、二階は、一条たちが探した。二階の客間は、とても広く、ダイニングや暖炉が備えてあった。二階の廊下は、一階と違ってとても暗かった。

『い、一条さんが居てくれるからまだ良いけど、一人で歩くなんて出来ない!何か、出そうだし…!』

 月夜は、一条の服の袖をそっと握る。それに気づき、一条は笑って見せる。

「怖いのかい?」

「うっ…。す、少し…。」

「幽霊なんて、出やしないよ。ここに居るのは、おそらく実体のある人間だ!」

「人間…?」

『それなら、怖くないか…。』

 などと、安易に考えている。

「油断はしないほうが良い。普通の人間じゃないだろうから…!」

 後に、一条の言っていたことが的中する。二人は、怪しいと思う場所を手分けして探した。壁を押せば、隠し扉があったり、貯蔵庫があったりした。不意に、月夜のスマホがバイブする。一条が、隣の部屋を探しているのを確認し、素早く出る。

「俺だ。今から、指定した場所へ行け!」

「分かった!」

 月夜は、その場を離れる。

「どうやら、この部屋にはもう何もなさそうだ。次の場所へ…。」

 一条は、静かになった隣の部屋を見て、月夜が居ないことに気づき、慌てる。

「…月夜君?月夜!…どこへ行った、月夜〜!!」

 一条の必死な声が廊下に響きわたる。その声を後ろで聞きながら、いたたまれない気持ちになる。

『ごめんなさい…!』

 月夜は、フューが指定した場所に到着する。そこに、いつもの装備が置いてあった。

「得物の場所は、どこか分かるがフュー?」

 イヤホンをつけながら、指示を聞く。

「どうやら、一階の廊下を抜けた左奥の壁に、隠し通路があるみたいだ。その奥に、地下へと続く階段が続いている。おそらく、そこに得物があるみたいだ!」

 月夜は、装備をつけながら、話しをする。

「得物を手にしたら、引き渡しはどうする?地下じゃ、ドローンって訳にはいかないだろ?」

「それも、手配済みだ。こっちに、任せておけ。」

「了解!それにしても、館の内も外も、やけに静かじゃないか?」

 月夜は、サングラスをかける。

「自分の目で見れば解る。どうやら、常連さんたちは、皆消えてしまっているぜ?」

「消えた?どういうことだ!?」

「正確には、地下に複数の値熱探知がある。一カ所に、集められている。なんか、やばいのが居る。気をつけろよ!」

「ヤバいのねぇ〜。」

 月夜は、最後にパワーグローブを身に着ける。そして、最後にネックレスを付けていることに気づき、ヤバいと外して、自分の服のポケットに入れておいた。

「さぁ、ショータイムだ!」

 月夜は、いつもの怪盗モードに入った。

            ※

「月夜〜!!どこへ行ったんだ!!」

 一条は、暗い部屋や隠れ扉を洗いざらい探している。そこへ、一つの影が近づいてくる。

「月夜…!?」

 一条は、光に映し出された黒い影を目にして見開く。

「か、怪盗シルバー…!!」

十五メートルほど離れたところで、シルバーは立ち止まる。

「いつもの観客が居なくて、物足りない。どうやら、ここにはあなた一人だけのようだ。」

 シルバーに言われて、一条は辺りの警察たちが一人も見当たらないことに気づく。どうやら、月夜のことしか考えておらず、注意力散漫になっていたようだ。

「…シルバー。お前が、ここに居るってことは、ここにはやはり…!?」

「この場所にはない。あなたのお探しものは…。」

 言った後、下を指指す。

「一階ってことか!?」

「着いてきますか?ここの場所は、一人では少々ヤバい。」

 一条は、シルバーの提案にのる。

「分かった…!」

 距離を保ちながら、二人はゆっくりと廊下を歩いて行く。これは、チャンスかもしれない。こうして、シルバーと一対一で相対することなど、滅多にない。話しをかけてみるか、と一条は決心する。

「…私の推理を聞いてもらう。君の姿を目にして、明らかに女性ではないと思っている。以前、ローズクイーンから助けてもらったことがあっただろ?その時の君の声は、女性とは思えない太い声だった。身体つきも、ガタイの良い。君は、李周梅じゃない!彼女は、君のおとりで、本当の君は実際に捕まっていない!李周梅は、仲間の一人だろ?」

 シルバーは、フフッと笑う。

「認めるのか…!?」

「さあ…。」

 一階の廊下を過ぎた先、左奥の壁にたどり着き、シルバーは動きを止める。同時に、一条も動きを止める。

「?」

 突然、シルバーが壁を手で探り出し、一条はそれを後から見ていた。そして、ある場所を押すと、壁の扉が開いた。

「…こ、こんな場所に、隠し通路が…!?」

 懐中電灯を照らしながら入るシルバーの後を、一条も続いて歩いて行く。しばらくして、下に続く階段が姿を現した。階段が終わると、また暗い道が続く。その先に壁が有り、シルバーがライトを照らすと、目的の"黄金の十字架"が姿を現した。

「こんな場所に、飾ってあったのか…!」

 一条は、驚きの声をあげる。

「どうやら、得物が見つかったみたいだ。」

 シルバーは、笑みを浮かべ、十字架を手にする。そして、一条のほうを向く。

「探偵さん。今回も、私の勝ちっ…。」

 言いかけると、壁の中からシルバーの方へ、二つの腕が伸びるのを、目にする。

「シルバー!危ないっ!!」

 一条の言葉と同時に、腕はシルバーの口と身体を押さえて、壁の向こうへ連れ去っていく。

「!?」

 突然のことで、一条は消えたシルバーの居た壁に手をやる。

「シルバー!?」

 いくら叩いても、びくともしない。

「くっそ!」

 一条は、壁をドンッと叩く。シルバーは、強い力で抑えられ、身動きが取れずにいた。

『だ、誰だ…!?』

「フフフッ、今夜は、得物が沢山手に入る!」

 日が当たると、白髪で長髪をした凶器に満ちた年配の男が姿を現した。シルバーは、男のみぞおちに一発加え、距離をおく。

「何者だ!?」

「人食いの殺人鬼だよぉ〜!昨日、何人か食料にありつけたぁ!久しぶりに新鮮な肉を味わうことができたよぉ!」

 男の言葉に、食い散らかしてある警察の死体が転がっているのを見て、思わずその異臭に口を手で押さえる。そして、消えていた他の警察たちも、気を失って倒れていることに、気づく。

「お前、良い身体つきしてるなぁ〜!艶があって、男を知ってるだろ〜?」

 男は、ヨダレをたらしながら言う。

「こっ…のぉ〜!気色の悪い爺め!!」

 シルバーは、素早く男の懐に入って一発をくらわそうとするが、既のところでかわされ、また刃物が振られて、危うく腕が切り落とされそうになる。

「ヒヒヒッ!威勢の良い得物は、好物だよぉ!」

 男は、殺気を帯びてシルバーに刃物を振りかざしてくる。シルバーは、アクロバティックに避けていき、男に一発を食らわす。男は、両手でガードして防ぐ。

「イイねぇ!」

 男の片腕は、ヒビが入っていた。そこを舐めて、再度斬りかかろうと体制をとる。シルバーも、それに備える。だが、男が斬りかかろうとした時、突然男は宙に浮かんで、首を押さえる。

「ん…!!がはっ!!」

 男は、刃物を落として気を失って、その場に倒れる。

「なっ、何事だ…!?」

「俺だ。」

 そう言って、姿を現したのは、バスクだった。

「ば、バスク…!一体、どうやって入って…!?」

「得物を回収しにきたら、ここにたどり着いた。それと、装備の回収にな。」

「そ、そうか…。」

 月夜は、十字架をバスクに渡し、衣装を着替える。

「この爺。なんつーヤツだ!」

「こいつは、FBIが追っている、人食いデュークだ。」

「F…!?」

 まさか、と思いバスクの顔を見る。

「俺は昔、FBIに所属していた。」

 やっぱりか、と月夜はため息をつく。そして、装備と得物を渡した後、ネックレスを首にかけようとすると、バスクが手を出す。

「貸せ。探偵さんへの道しるべにする。」

「えっ。で、でも、俺はどうすれば…?」

「ここで寝ていればいい。殺人鬼は、捕縛しておく。」

 そう言うと、バスクは月夜の首を叩き、気を失わせる。

            ※

 どのくらい経ったのだろうか。一条は、洗いざらい抜け道を探していた。そして、ある場所で月夜に渡したネックレスが落ちているのを発見する。

「まさか、ここに月夜は…!?」

その壁に手をやると、壁がガコンと開く。そして、中へ入って行くと、人の死体と、積み重なって気を失っている轟たちの姿が見え、手前で月夜が倒れていることに気づく。

「…なんということだ!」

 一条は、月夜の肩を抱いて、頬を軽く叩く。

「月夜!大丈夫か!?」

 月夜は、う〜ん、と唸る。そして、目を開ける。

「…彰…さん?」

 一条は、安堵して、月夜を立たせる。

「ここは、どこなんだ…!?」

 一条の声に、轟たちも目を覚ます。

「地下の空洞です。連れて来たのは、おそらくこの白髪の男でしょう。」

 轟は、その男を見て驚く。

「なんということだ!人食いデュークじゃないか!」

 轟は、何人かの部下が、命を落としていることに気づき、顔を青くする。

「捕まえたのは、シルバーでしょう。残念ながら、十字架は盗まれてしまいました。」

 轟は、う〜んと唸る。

「…そうか。殺人鬼が、ここに住み着いていたのか。コイツを捕まえたということで、チャラにしたいとこらだが、部下たちの弔いもしてやりたい。今回は、大目に見てやりましょう。」

「そうですね。」

 轟は、生存している部下たちを叩き起こし、事件として、デュークを逮捕した。


 怪盗シルバーに直接出会って、至近距離で会話を交わしたのは、初めてだった。後ろ姿しかほとんど見れなかったが、体格の良い青年だった。それを、言おうか言うまいか、迷っていた。彼と対面すると、いまだに緊張してしまう。だから、彼に関わる仕事は止められずにいた。

「…シルバー…か。」

 とても、冷静沈着で、どこか謎めいている。性別は特定出来たが、彼には何人かの仲間がいる。李周梅のような…。

「どうしたんですか?」

 ボーッと考えている一条に、月夜は声をかける。

「いや。なんでもないよ。」

 シルバーに対しては、底をつきない。と、いつものデスクに一人だけ姿が見えない事に気がつく。

「そういえば、神谷君は?」

「休暇を出してありましたよ。なんでも、婚活パーティーとかで。」

「若いってイイねぇ〜。」

 一条は、煙草を吹かす。









 神谷は、いつもはしない化粧をして、ドレスアップしていた。周りの男女は、お互いに花を咲かせていて、いくつかの美味しそうな食べ物も多くのテーブルに置かれていた。だが、いまだに心の底で、一条のことを考えてしまい、気分がのらなかった。

「ねぇ、今一人?」

 後ろから、一人の男性が声をかけてくる。

「え、ええ。」

「そんなに暗い顔して、…俺が当ててやろうか?」

「え?」

 男性は、神谷の顔を覗き込む。

「…もしかして、彼氏に振られたばかり…なのかな?それで、気乗りしない?」

 神谷は、フッと笑って見せる。

「少し違うけど、当たらずも遠からずってところかしら。片思いだったんです。結局、振られちゃったけど。」

「気持ちの整理が、つかないんだ。まあ、ここにいる人達も、皆似たようなものでしょ?必死になって、相手を探してる。君だけじゃない。だから、そんな暗い顔してたら、もったいないよ?婚期を逃してしまう!」

 男性との会話をして、神谷は気が少しだけ軽くなる。

「…そうね。ありがとう!気分が、楽になったわ!」

「良かった!俺の名前は、堂本。よろしくね!」

「神谷です。こちらこそ、よろしく!」

 神谷は、しばらく堂本という男性と会話をした。一条とは、まったく違った性格をもった男性と、話しがはずんだ。

「ーー大変、恐縮ではありますが、そろそらお時間となってしまいました。」

 会場内に、アナウンスが流れる。

「それでは、男性の方、女性の方、それぞれ気になった方のお名前をご記入ください。」

 その場にいた、誰もがドキドキした。

「今回、この会場で、二組のカップルが成立しました。まず、お一組目のカップルは…。坂上さんと、遠藤さんです!おめでとうございます!」

 その言葉に、ため息交じりに拍手する人達が数名。祝福する人が数名いた。

「では、二組目。堂本さんと…。」

 堂本、と聞き、神谷はドキドキする。

「…新庄さんです!」

 それを聞いて、神谷はズキリと胸が痛む。

「おめでとうございます!」

 皆、拍手する。

「皆様。この二組をどうぞ祝福してあげて下さい!運命の人に出会えることが出来なかった皆様も、どうぞ諦めずに、これからも出会いを求めて下さい!」

 運命の人、か。そんなに簡単に見つかるわけがないわね、と神谷は下を向く。

「婚活って、精神的に疲れるわね…。やっぱり、先生みたいな素敵な人、いるわけ…。いいえ、一回くらいで諦めたら、仕方ないわ!もっと、もっと探して、先生以上の良い人を見つけなくちゃ!」


「ぶえっくしょん…!!」

 一条は、くしゃみをする。

「一条さん。風邪ですか?」

「いや…。誰か、噂しているのかな?」


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