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1話

 私は今日も夜空を眺めた。


 テクテクと歩きながら、一番星を探す。そろそろ、宵闇が広がる時間帯だ。一人で帰路を行く。夕食はどうしようか。考えながら下を向いた。うん、簡単に野菜炒めにでもしよう。決めたら、足取り軽く自宅に急いだ。


 借家にたどり着き、カバンから鍵を取り出す。玄関のドアをそれで解錠する。開けたら、中に入った。靴を脱ぎ、ドアを閉めた。


「ただいま!」


「……ワン!」


 元気よく、答えたのは3年前から飼い始めた犬のムーだ。犬種は柴犬だが。なかなかにおっとりした性格の女の子で。私はムーの頭を軽く撫でてから、カバンをリビングに置きに行った。

 奥にある洗面所に行き、軽くメイクを落とす。タオルで水気を拭いて、自室に向かう。急いで普段着に替え、ジャンパーやマフラー、ニット帽を用意する。次にリードを取ってきたら、ムーの首輪に先端を取り付けた。


「じゃあ、お散歩だね。ムー」


「ワウン!」


 ムーは嬉しそうに鳴く。玄関に行き、スニーカーを履いた。外に出たのだった。


 もう、夕方の5時半を過ぎている。ムーと無言で歩いた。また、無意識に夜空を見上げようとしたが。ムーがリードを引っ張るから、気づいて歩くのを再開した。


「あ、ムー。ごめんね」


「クゥン」


 ムーは危ないと言わんばかりに鳴いた。私は謝りながらも散歩に意識を向けた。


 帰り道、1人の男性が電信柱の側に佇んでいた。が、私は見て見ぬふりで通り過ぎようとする。何故か?

 髪色が日本ではあり得ない銀髪に瞳も淡いエメラルドグリーンだったからだ。肌も白く、男性の周りだけ異空間みたいだった。ムーも尻尾を巻き、低い唸り声で警戒する。


「……あの、そこの方」


「………」


 私は知らないふりでムーとさっさと歩き去った。が、男性はあろう事か追いかけてきた。速歩きでだが。


「俺の声が聞こえたはずでしょう!?」


「知らないですよ!」


「やはり、聞こえているんじゃないですか!」


 男性は大きな声で言い募る。私は足を止めない。捕まったら最後、どうなるか分からなかったからだ。男性を振り切る事だけ考えながら、私はムーを連れて帰路を急いだ。


 けど、男性は借家まで図々しくも付いて来た。私はげんなりしながら、門扉を開けた。男性も入ろうとする。


「入らないでください」


「何で、俺を無視するんですか?」


「いや、あなた。どう見たって不審者でしょう」


「……すみません、あなたを見つけたら。舞い上がってしまって」


「舞い上がる?」


 私は首を傾げた。ムーも首を傾げている。


「あの、説明は必ずしますので。今は入らせてくださいませんか?」


「……分かりました、代わりに何も出しませんよ。また、怪しい所が少しでも感じられたら。警察に通報しますからね」


「はい」


 男性は頷いた。仕方なく、私は彼を借家に上げたのだった。


 ムーにドッグフードを与え、手を洗う。洗面所を出て、キッチンに向かった。男性はまだリビングにいる。急いで、カット野菜入りの袋や豚の細切れ肉のパックなどを冷蔵庫から出す。調味料や器具も用意した。

 フライパンを火に掛け、サラダ油を入れる。豚の細切れ肉を炒め、焼き肉のタレを加えた。ついでにニンニクのペーストもちょっとだけ、入れた。ざっとしたら、一時的にお皿にあげる。 

 カット野菜を次に入れ、炒めた。しばらくしたら、細切れ肉も再度加えた。

 少し経ったら、お皿に盛り付ける。お味噌汁も簡単に作り、お椀に入れた。具材はワカメにネギ、油揚げだ。ご飯もお茶碗によそい、夕食にしたのだった。


 夕食が終わり、男性を放ったらかしである事に気がついた。マズい、奴を忘れていたわ。内心でそう思いながらも食器を洗い、乾燥機に入れた。代わりに急ぐ。手早くしたら、タオルで水気を拭いた。小走りでリビングに行く。


「……あ、戻って来ましたね」


「……放ったらかしてすみません」


 本来は怪しむべき奴なのに、何故か私が謝っている。おかしくはあるが。仕方なく、男性に質問をした。


「それはそうと、お兄さん。まず、名前と簡単に経歴を教えてください」


「はあ、名前と経歴ですか」


「ええ、人となりとか分からないと埒が明きませんから」


「……確かに、必ず説明をすると言ったのは俺ですし。分かりました、全て話します」


「いや、全部はいらな……」


「お願いします、あなただけしか頼れる方はいないんです!全部、話をさせてください!」


「……仕方ないですね、聞きます」


 ため息をつきながら、言った。男性は緩々と話を始めたのだった。


 まず、男性は異世界から来た事や名前がイーサン・スプリングスと言って公爵家の嫡男であると明かした。ちなみに、スプリングス公爵家が存在するのは異世界のオルレシア王国と言い、現在はちょっとした危機に瀕していた。

 というのも、オルレシア王国には魔の森があるらしい。そこから、魔獣と呼ばれる化け物が大量発生していて。騎士や魔術士などが駆り出され、退治に当たっていた。最初こそ何とかなっていたが、今は退治する人手が足りず、大いに困っているとか。犠牲者がひっきりなしに出ているし、手がつけられなくなっている。

 そこで王国側が最後の頼みの綱としたのが神聖力を強く持つ「聖女」だった。が、聖女は異世界にいて連れてくる必要があった。そして、スプリングスさんが神官長さん達に聖女を探す任務を依頼される。承諾した彼だったが。神官長さん達が世界渡りの魔法陣を使い、彼を送り出す。たどり着き、方方を歩き回った。やっと、見つけ出したのが私だとか……。


「成程、私がそのオルレシアの聖女で。魔獣を退治しなければならないと言う事ですか?」


「……そう言う事になります、申し訳ないですが。今から、一緒に俺とオルレシアに来てください!」


「い、いや、待ってください!借家の件やムーの事をどうにかしないと!」


「そんな悠長な事は言っていられないんです、すぐに来て頂かないと。こちらも命がかかっているんですよ!」


「分かりました、けど。ムーが一緒でいいんなら行きます」


「……しょうがないですね、そちらの犬も一緒でいいです。さ、俺の手に掴まってください」


 スプリングスさんが手を差し出す。私はムーを呼んだ。


「ワン!」


 元気良くやってきた愛犬のムーを抱き上げる。片手に抱え直した。空いた左手でスプリングスさんの差し出した手を握った。初対面の男性ではあるが。仕方ないと思いながら、力を込めた。


「では行きますよ、目を閉じて」


「はい!」


 瞼を閉じたら、スプリングスさんが低い声で何かを唱え始める。聞き慣れない発音にオルレシア語かなと思いながらもムーを抱える腕にも力を込めた。すると彼の詠唱が終わる。パァと言う効果音と共に眩い光が閉じたはずの目にも届く。私の意識はブラックアウトした。


 次に目を覚ますと私は抱えていたはずのムーやスプリングスさんとは離れた状態だった。瞼を開け、すぐにムーの姿を探す。ちなみにだだっ広い草原だ。


「……クゥン」


 1メートル程離れた所にムーがいた。ちゃんと、首輪も付いているし。何より、ケガもないようだ。ザッとムーの頭や尻尾までをチェックしたが。異常はないようだ。尻尾をパタパタと振りながら、こちらを不思議そうに見ている。


「良かった、ムー。無事だったんだね」


「ワン!」


 ムーは寝転がったままの私の元まで駆け寄って来た。上半身を起こし、いつものように喉元を撫でてやる。


「……う」


「あ、そうだ。スプリングスさんはどこ?」


 私はやっと彼もとい、スプリングスさんの事を思い出す。キョロキョロと辺りを見回した。スプリングスさんはすぐに見つかる。ゆっくりと立ち上がり、手や足などが動くか軽くチェックした。私自身も異常はないようだ。ムーよりもさらに遠い2メートルくらい離れた所に彼は倒れている。仕方なくそちらに向かう。すぐ近くに行き、スプリングスさんに声を掛けた。


「……スプリングスさん、大丈夫ですか!?」


「……くっ、ここは……」


 閉じられた瞼がゆっくりと開く。間近に見た彼の瞳は本当に綺麗な淡いエメラルドグリーンで。つい、見入ってしまう。が、首を横に振る。雑念を追い払うためだ。


「あの?」


「す、すいません!ちょっと、雑念がありまして!」


「はあ、そうですか」


 スプリングスさんは不思議そうにしながらも返事をした。ゆっくりと上半身を起こし、両手を胸元にまで持って来る。開いたり閉じたりをしながら、彼は立ち上がった。


「何とか、無事に世界渡りが出来たみたいですね。あの、聖女様も異常などはないですか?」


「特にはないです、ムーも異常はないみたいですし」


「……良かった、ならいいんです」


 スプリングスさんは安堵したらしく、小さく笑った。うーむ、よく見たら超がつくイケメンさんじゃないか。現代にいた時はじっくりと見る余裕がなかったからなあ。そう思いながらも再度、ムーを抱き上げた。


「とりあえず、ここから移動しましょう。たぶん、夜になったら魔獣が出る恐れがあります」


「分かりました」


 頷いて私はムーを抱えたまま、歩き出したスプリングスさんに付いて行った。テクテクとこの場を後にしたのだった。


 夕方になり、小さな村に着く。村人である中年の女性に声を掛けた。


「……あの、すみません。一晩の宿を探しているのですが」


「おや、旅人さんかい?」


「はい、連れと犬がいるので。それでも構わない宿屋を教えて頂けますか?」


「……そうさねえ、この村の西側に一軒だけ宿屋があるよ。確か、モミの木亭と言ったはずだ」


「モミの木亭ですか、ありがとうございます」


 スプリングスさんはお礼を述べる。私に目配せをしてきた。頷いて、再度歩き出したのだった。


 何とか、「モミの木亭」と書かれた看板が掲げられた一軒の宿屋にたどり着く。こじんまりとした木造家屋だが。二階建てになっており、一階部分は食堂になっているとスプリングスさんが説明してくれた。木製のドアを開け、中に入る。


「いらっしゃい」


「一晩、泊まらせてほしいんですが」


 カウンターにて声を掛けてきたのは中年とおぼしき濃い茶色の髪に瞳の男性だ。彼にスプリングスさんは手短かに用件を伝える。


「……ふむ、一晩泊まりたいんだな。見たところ、あんたは女連れか?」


「はい、犬もいます。料金はちゃんと支払いますので」


「ううむ。犬も一緒か、仕方ない。二人部屋なら一部屋空いている。鍵を渡すから、行くといい」


「ありがとうございます、では。行きましょうか」


 私は黙って頷いた。この宿屋の主たる男性もとい、旦那は何故かため息をついたのだった。


 スプリングスさんは先に行き、私もムーを抱えながら後に続く。二階の少し奥まった所に部屋はある。スプリングスさんがドアノブに鍵を差し込み、解錠した。


「さ、入ってください」


「分かりました」


 私は再度、頷く。中に入るとドアが閉まり、鍵も施錠される。スプリングスさんはまた、不可思議な呪文を唱えた。同時にパキンと言う何かが固まるような音が聞こえる。


「……先程、侵入者阻害と防音の結界を張りました。これで外には我らの話している事が洩れなくなります」


「え?!」


「改めて訊きます、聖女様。あなたの名前と経歴を簡単に教えて頂けませんか?」


 スプリングスさんは真っ直ぐにこちらを見つめた。私はムーをそっと、床に下ろす。仕方なく、頷いたのだった。

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