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詐欺ヒロインの生存戦略 〜選択ミス=即死亡の乙女ゲームに転生したら、攻略対象全員に執着されていた〜  作者: 夜銀リィナ
2章

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61、カルミアという仮面

 

「おはようございます、副団長」


 騎士団の制服をきっちりと着こなして、昨夜泣き腫らした目も氷魔法を利用して冷やせば普段通りのカルミアの姿だ。


「呼び出して悪かった。前に君に伝えた通り今日から研究に協力してもおう」

「はい、お任せください……とは言え、内容がわからないままではどうしていいか」


 悪かったなどと口にしてはいるが、執務椅子に座って書類を捌いている副団長からはその気持ちは感じられなかった。とは言えそんなことはどちらでもいい。


 私がすべき事は、副団長の真の計画を暴くためにカルミアという従順な部下を演じること。

 昨夜までの副団長を出し抜けるかという不安は驚くほどに鳴りを潜めて、本格的な戦いが始まるというのに心は冷え切ってすらいる。


「焦らなくていい……だが、心意気は認めよう」

「ご指示をもらえれば尽くします」


 手元のペンを走らせたまま副団長は落ち着いた声色で言葉を返してきた。


 軽く探りを入れてみたが直ぐには話してくれなさそうだ。とりあえずは副団長に盲信しかけている自我の薄い部下の振る舞いを続けて様子見が妥当だろう。


「君にはある魔法を完成させてほしい」

「ある魔法……ですか?」


 手を止めて鋭くこちらを射抜く紫の瞳に、困惑を混ぜて復唱するように返す。


 副団長は私にあると信じている力を、魔物を滅ぼすために必要としていると表向きに説明していた。

 その流れとしても今の発言は大して違和感はないが、本来の目的ではないことは明白だ。


「詳細は追って話すが君なら完成させられる可能性がある」

「ご期待に添えるよう尽力いたします」


 静かに立ち上がった副団長は、長い脚で私の方へ進んでくる。

 座っていても威圧感のある彼だが、立てばその圧は数倍も強く感じて本能的には数歩後ろに下がりたいがカルミアとしての動きには相応しくないため耐える。


「先ずは魔力操作の精度を上げてもらう。私が指導するからそれを覚えてくれればいい……早速始めようか」

「……っ!」


 目の前まで来た副団長は、私の手を流れるような動作で掴んだ。その瞬間、掴まれた右手が痺れるような熱い痛みを訴える。

 声は漏れなかったものの意図せず目を見開いてしまった。


「どうした?」

「いえ、ビリッと電流が走ったみたいな感じがしました」 


 手を引きそうになった私の右手をさらにぐっと強く握り込んだ副団長は、覗き込むように私を見下ろす。


 視線から逃れるように自身の右手に目を向けるが、痛みのわりに外傷はない。気のせい? さすがにそんなわけはない。 

 恐る恐る背の高い彼を見上げれば無感情な顔が私をやはり見ていた。


「君の体質のせいだろう、君は魔力に対して過敏な体質のようだ。今のはただ軽く魔力を流しただけだ」

「それは悪いことでしょうか?」


 副団長の声色に変化はないが、私には実感のない話だ。魔力に特別鋭い自覚はない、今のが本当か何かを隠すための発言かも判別はつかない。


 どちらかと言えば、この大陸の魔力が合わないせいで掴みきれてないとすら言える状態の私が魔力に反応しやすいとも思えなかった。


「いや、目的の魔法を扱うにはそれくらいの繊細さが必要だ」

「分かりました。僕を導いてくれるのが副団長なら安心です、僕の過去まで背負って下さるんですから」


 右手への力を少し弱めた彼はやけに穏やかな声色で応えた。

 少し副団長に傾倒している雰囲気を強めて騙しにかかろうと、神にでも縋るような声を作り出す。

 もちろん視線は外して自信なさげな印象を足しておけば、副団長にとってのカルミア像とは合うはずだ。


「ああ、魔物への憎しみは忘れて私に任せてくれていい」

「ありがとうございます。先ほどの魔力は……前に副団長が教えて下さった魔力の流れを掴むのと同じような意味がある行為だったのでしょうか?」


 誰よりも頼りになりそうな強気な笑みを小さく浮かべた彼に、控えめにお礼を述べつつ話を進める。 


 急に手を掴んで魔力を流すなど目的がわからない。


 他人の魔力は調整を間違えると流し込まれただけで体調を崩すのは、そろそろ私の中でも常識になってきているのだから。


「以前の魔力の流れを掴むだけとはわけが違う。微量な魔力を感知してそれを魔法として具現化するんだ……私の手から君に送っている魔力が掴めるか?」

「……はい、僅かに」


 呼吸を整えれば痛みは消えて、自分と違う魔力の異物感が僅かに体内を巡っているが分かった。


「ならば直ぐにできるようになるだろう。この程度の魔力を君自身が操り氷魔法として出力してみろ」


 手を離した副団長は、少し距離をとって私を試すように観察している。

 暫くして体から副団長の魔力が消えたのは確認してから右手に魔力を極僅かに集めていく。


 戦闘ではある程度制御するものの、攻撃としての威力のある氷魔法しか使わないため慣れない操作だ。


「……どうでしょうか?」

「及第点とはいかないが、方向性は間違っていない」

「すみません……上手くできなくて」


 手のひらに出した小さな氷魔法によって生み出された雪の結晶が形を崩していく。

 目的はまだ読めないが、魔法の微細なコントロールが副団長の目的に必要らしい。


「責めるつもりはない。私だけは迷子の君を正しく導くことができる、安心するといい」

「寛大なお心に感謝いたします、副団長」


 カルミアという仮面を被っているからこんな演技をできるが内心、そろそろ傲慢勘違い男にイライラし始めている。

 導いて欲しいなどと思ったことは一度もない……殺さないでくれとは数十回思っているが。


「カルミア」

「何でしょうか?」

「私のことは名で呼ぶといい」


 あまり名を呼ぶ印象がない副団長の唇に乗せられたカルミアという名は妙に甘く体に響くような重い響きだった。


 私の名はオルテンシアだ、カルミアじゃない。


 スズランちゃんの言った通り、カルミアという名を役割に過ぎないと捉えることに意味があると感じた瞬間でもあった。


「僕に許されるのでしょうか」

「私が許可しているのに悩むことはないだろう」


 腕を組んだ副団長におずおずと言葉を返す。名前で呼ぶのは妙に親しみ湧いてしまいそうで危険に感じたからだ。

 しかし、カルミアは副団長の命令に近いこの言葉に逆らわない。ならば呼ぶしかないのだろう。


「ラインフェルト副団長」

「違う、名で呼べと私は言ったんだ」


 名を呼ばせることで忠誠を強める狙いがあるのか、それともスズランちゃんの言うように洗脳紛いの何かに有効な手なのか。


「……アスター副団長と?」

「ああ、君を保護したのは私だ。記憶のない君では、親しく名を呼べる身内や友人がいないのも寂しいだろう?」

「……心遣いありがとうございます、アスター副団長」


 うっかり舌打ちが出そうなくらい尊大な物言いである。ついでに友達がいない認定までされているのはさすがに私が可哀想だ。


 だが、いたく感動したとでも言うように感情を乗せて礼を述べてみる。


「それと、調査班での仕事には慣れたか?」

「ある程度はこなせていると思っています。まだ、調査班の方々には及びませんが」


 満足気に頷いた副団長は、そう言えばと話題を変えた。

 彼が私を調査班に振り分けた明確な理由もつかめていないし、少し探りを入れるチャンスだろうか。無難に返しながら次の言葉を探す。


「謙遜はいい。君の有能さはディルからも耳にしている。不運にもユリオプスと組まされたようだな?」

「ディルさんには驚かされてばかりです」


 ユリオプスが出した成果も彼が動きやすくするために私の手柄となっている。


 不本意だが目的のためとして今だけはのみ込んでいるが、こうして彼がまた副団長から軽んじられるのは聞いてて良いものではない。

 だが、彼を出し抜くためのものと思えば仕方がないのもまた事実だ。


「君が望むなら組み替えをディルに指示してもいい。彼と組まされては苦労が多いだろう」

「……それは」


 気が利くだろ、と押し付けるような言葉につい返事が直ぐに浮かばない。

 しかし、気になるのは副団長としてはユリオプスと私が調査班で組むのは計画外だったとでもいうような反応に見えることだ。


「何か気になることでも?」

「いえ、ここまでお心を砕いて頂くことに罪悪感が湧いてきてしまいました」


 言葉に詰まった私にすかさず突っ込んでくる副団長に恨めしさが湧いてくる。ユリオプスを庇うよな発言はお互いの目的のために避けるべきだ。


 彼から視線を逸らし首を小さく振って、バツの悪そうな声を出す。干渉が過ぎる、しつこい! を従順な部下カルミアフィルターを通せばこんな言い分でいいだろう。


「君は私の保護下にあるのだからそう気にする必要はない。奴から迷惑を被っているのは理解している、前に廊下で君と口論しているのを見た」

「お恥ずかしいところを見られてしまいましたね」


 保護下じゃなくて支配下だろ、とはさすがに突っ込めないため彼の発言の後半にだけ軽く反応しておく。


 どの場面を見られていたか分からないが、おそらく口論に見えたと言うなら初調査帰宅後の夜にした会話の可能性が高い。


「良ければ話を聞こう。奴と何かあったか? 君の足を引っ張っているようだが」


 立ちっぱなしの会話は居心地が悪いが、座った副団長に一方的に見定められている感覚もそれはそれで微妙なため気まずさを一度思考の外に追いやる。


 あまり目を逸らしてばかりでは、自我をなくしかけているカルミアとしてもやり過ぎになってしまう。しかし、視線を合わせたままで嘘を通せる自信もない。


 無意識に掴んでいた左手首が小さく痛みを主張する。ユリオプスの話題は、副団長にとって地雷であることは知っているが避けては通れないようだ。

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