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6、チャラ男の過去は重いと相場が決まっている

 

「うーん……」


 やはり、考えても今の段階では分からないことばかりで考えれば考える程、脳みそが溶けていく気がする。

 溶け切る前に、今の所唯一の癒しスズランちゃんに話を聞けないだろうか。それからずっと気になっていたが、そこまで男に見える容姿なのだろうか。


 意を決して、ベッドから腰を上げ今更見つけた部屋の隅にある鏡を覗く。感想は、想像以上に男。


 少し癖のある銀髪は肩につかない長さで切り揃えてあるが、前髪はやや長めで鬱陶しい。

 じっと見ていると、鏡の中の少し眠たそうな金の瞳と目が合った。

 年齢は顔だけ見れば十代後半くらいに見えるが童顔の場合は二十代前半でもありえそうだ。

 顔立ちは至って中性的でどちらかと言えば男に見えるが整っていると言っていいだろう。


 女にしては高い身長だが男にしてはやや小柄といった感じの体格だ。前に体を確認した時に気づいたが、胸はサラシが巻いてあり平らになっている。


 元の服装などから考えても、普段から男として生活していた可能性が高い。男装生活、思ったより楽勝かも。幸か不幸かそんな感想が出るくらいには分かりにくい見た目をしている。


 意外にもこの体にそこまでの違和感はないことに安心しつつ不安な男装生活に思いを馳せる。性別を隠し通すためにも一人称は僕や俺などに変えた方がいいのか迷いどころだ。顔的には俺よりも僕の方が合いそうか?


 そこまで考えて、硬いベットに再び腰を下ろした。暫く座っていると、コン、コンと少し荒いノックの後ガチャりとドアが開く。

 どうやら、私の教育係が来てくれたようだ。私がこれから騎士団でどれくらい快適に生活できるかはこの人に掛かっていると言っても過言ではない。先ずは、第一印象! 開いた扉の方へ顔を向けた。


「あー、アンタが新しく見習いになるあの村の生き残りか。オレはユリオプス・ヴェルデ。不本意だけどアンタの教育係になったから」

「……カルミアです。よろしくお願いします。」


 うわっ……。


 君はヤンデレ金髪壁ドン首絞め男じゃないか! 驚きのあまりひっくり返りそうになった。教育係の人選を絶望的なまでにミスるのはやめて頂きたい。そこにいたのは例の詐欺広告の中でも一番過激なGAME OVERを迎える相手だ(私調べ)。


 さすが、ダークファンタジー系乙女ゲームだ。私を窮地に追いやるのがどうにも好きらしい! 彼とは、もう少し心の準備ができてから対峙したかった。いや、違う。そもそも出会いたくなかった、が正しい。


 そんな広告の不穏メンバーの中でも一番警戒していた彼からはやる気が一切感じられない。そのうえ、騎士団の制服は着崩されており、指輪やネックレスなどの装飾がやけに多い。一言で言えば全体的にチャラい雰囲気だ。顔がいいから様になっているのも少し腹立たしい……これだからイケメンは。


 いかにも不服そうな顔で名乗った金髪ヤンデレ男ことユリオプス・ヴェルデに、私も形ばかりの挨拶をした。それすらどうでもいいのか彼は気だるげな返事をする。

 不安だった見習い生活が最大限に不安になってきた。幸先が悪いとはこういうことだろう。


「教育係って言っても別に何かしてやるわけじゃないからな」

「え、最低限のことは教えて下さいよ!?」


 一発目から職務放棄宣言である。投げやりな態度に不安を覚えつつ、教育係を名乗る男を盗み見た。長めの金髪は一本の三つ編みにされており、色素の薄い青の瞳は長い睫毛に縁取られ目尻はやや下がっている。

 見た目だけなら、乙女ゲームで一人はいる正統派の王子様タイプだが、性格は今のところ正統派感はない。イケメンが免罪符になると思うなよ。画面越しだったら許しているが、ここは現実なうえ私の生死もかかっているため絶対に許せない。


 広告によれば選択肢を間違えると壁ドンの末、首を絞められて殺される……ヤンデレの極み、関わりたくない奴ナンバーワン! 一緒にいる時はなるべく壁から離れて歩こう。見習いの身分で図々しいが堂々と真ん中を歩かせてもらう。


「分かったからそんな怒るなって。どうせ、ちゃんとやらないと怒られるのはオレだし」

「怒ってはないです」

 

 うんざりした様子の金髪首絞め男にうんざりしてるのはこっちだよ、と心の中で返しつつジト目で見ると、彼はフンと鼻を鳴らして態とらしく肩を竦ませた。いちいち芝居じみた仕草も癪に障る。


「まあ、いいや。着いてきな」


 もうここに用はないぜ、とばかりにさっさと出て行く彼を追う。少し廊下を歩くと、元の世界では見慣れない装飾の入った大きめの扉が見え思わず目を見張った。忘れていたわけではないがいざこうして、いかにもRPGに出てきそうな西洋的な雰囲気の建物だと見せつけられると途方に暮れた気分になる。


「そっちは蔵書室。適当に詰めてあるからぐちゃぐちゃだけどな」

「普段は使っているんですか?」

「オレは興味ないから使わないな」


 私の視線に気付いたのかヤンデレ(仮)男は興味なさげに扉を見ながら答えた。図書室みたいなものだろう、この世界の知識を得るために利用することになりそうだと思ったはいいが、私はこの世界の字を読めるのだろうか?

 何も不思議に感じなかったが、記憶を失う前の知識が体に染み付いているのか言葉は通じている。そうなると、字も普通に読めると考えていいのか。

 それともアニメやゲームでよくある、セリフやキャプションは日本語だけれどゲーム内の手紙や本は演出上、特有の文字で書かれているというやつなのか。


 魔法や魔物の存在などのこの世界で常識とされている知識は抜けていたため、いまいち仕組みが分からない。


 考え込みながら歩いていたせいか、いつの間にか前を歩いていた筈の金髪が居なくなっていた。

 一体どこに行ってしまったのだろう? いや、この場合はどう考えても私が迷子になっただけだ。

 ファンタジー感溢れる建物に気を取られていたのが良くなかった。そこまで考えて改めて辺りを見渡す。


 先程いた廊下を抜けてしまったようで、辿り着いたのは随分と開けた場所だった。廊下とは雰囲気がガラリと変わり、少し居心地の悪い……よく言えば神聖さを感じる広間だ。

 一際目を引くのは女性と青いドラゴンの石像で、祈る様な仕草の女性の像の瞳には濃い青色の石が埋め込まれている。女性を守るように立っているドラゴンの像は、村を襲っていたドラゴンとは違い、竜のようなスリムな姿をしていた。

 そういえばここは青龍騎士団の本部だと言っていた。あの像が祀られているようにも見えるし、何かしら騎士団と関係があるのだろう。


 そのまま石像のある広間を抜けると、中庭のような場所に出た。稽古場なのか模擬刀らしきもので軽く打ち合う騎士団員がいる。

 しばらく見ていると鍛錬が終わったのか何やら話し始めた。今なら鍛錬の邪魔にならないし、副団長が言っていた物置への道を教えてもおう。


「すみません」

「あぁ? 見ない顔だな」

「今日から見習いになるカルミアと申します」

「見習いか……じゃあ、ちょうどいいな」


 道を聞こうと騎士団の服を着た人に話しかけるが、どうにも穏やかな雰囲気ではない。

 男達は顔を見合わせてニヤリと笑うと大柄の男の方が模擬刀のようなものを私の足元に投げた。


「俺が腕試ししてやるよ」

「いえ、入りたてですので、わた……僕ではお相手になりませんよ」

「新人の癖に、ちょっと生意気じゃねぇか? 女みてーな顔しやがって」


 そう言って私の胸ぐらを掴んだのは、騎士にしては随分と柄の悪そうな男だった。ゴロツキみたいな無駄に良い体格の男に捕まってはなす術がない。隣の痩せ型の男もニヤついた顔で見ていてが気色が悪い。

 睨み返すと胸ぐらを掴む手が強くなる。さすがに息苦しい。 

 傷は完治したとはいえ武術の心得がある訳でもないため、こんな勝負を易々と受けるわけがない。これは、勝負というとり一方的な因縁な気もするが。


 それとも頭突きでもして怯んだ隙にこの場から逃げるべき? いや、問題を起こして追い出されても困る。ここは適当に受け流すのが吉。異世界転生してる時点で大凶なことには目を瞑る。


「新入りは逆らわない方がいいぜ?」

「やめてください」


 下世話な笑いを浮かべた男の手が服へ伸び、思わず大きな声を上げた。

 そういう趣味なのか!? それは想定外だ、それとも女だともうバレてしまったのか? 焦りと驚きから頭が回らなくなってきた。

 こうなったら細かいことを考えている余裕はない、噛み付いてでも抵抗するしかないか。


「お楽しみのところ悪いが副団長が来るぜ? 」


 殺伐とした空気の中、間延びした声が響いた。声の方へ顔を向ける。つかつかと長い足でこちらへ向かってくるのは先程はぐれたユリオプスだった。数分ぶりの感動の再会だ。


「ユリオプス、お前またサボりか?」

「いーや、今日はちゃんと仕事。アンタが苛めてるそいつの面倒見なきゃいけないの。副団長サマはそういうの嫌いだぜ?」

「チッ……次は気をつけろよ」


 不満げに男は私を一瞥すると、胸ぐらを掴んでいた手を乱暴に離してそのまま逃げるように去っていった。突然無くなった圧迫感にバランスを崩し床に崩れ落ちる。少し膝を擦りむいたが、それだけで済んでよかった。

「ふ、副団長は……?」

「そんなのウソに決まってんじゃん。さっさと立ちな」

「……ありがとうございます」


 やや馬鹿にしたような調子でそう言うと私の手を掴んで立たせた。安心感からか少し震えた声が出てしまった。目の前にいる相手こそ本当の危険人物だというのに。


「声震えてるぜ? 男の涙なんて、そそらねーし泣きやめよ」

「泣いてません。あと、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 案の定、声を指摘されたが本当に泣いていない。噛み付いてたら問題になっていただろうし、あのタイミングでユリオプスが来てくれて良かった。

 ただ、こうなってしまったのは自分の不注意が原因だ。もちろん先程のことはあの男が悪い。


「あー、はいはい。新人が入るといつもこうだ。これからは自分で何とかしろよ」

「次やられたら噛み付いてやりますよ!」

「あれ、思ったより血の気が多い感じ? そういうのも嫌いじゃねーけど」


 面倒くさそうに返したユリオプスに対して強気に言葉を返す。すると、前を歩き出したユリオプスは振り返って少し愉快そうに笑った。

 町娘が一目見たらうっかり心を奪われてしまいそうな綺麗な顔をしている。引くくらい整っているユリオプスの横顔を見ながらふと思う。


 これがよくある、第一印象最悪からの、助けて貰ってキュン! ってやつでは? ここが私にとっての現実でゲームをやっているのとは訳が違うのは理解し始めている。しかし、どうしても、これって乙女ゲームっぽい展開だ! と思ってしまう。

 前世の記憶が悪さをしているとも言えるが、この世界について広告しか情報がない今、その知識もまた一つの情報として扱えるのではないだろうか。


 乙女ゲームにはあるあるの展開や王道なキャラクターの性格がある。ここが詐欺広告といえど乙女ゲームの世界観なら、ある程度その法則を使うことができるかもしれない。

 例えば、チャラ男や無気力キャラは高確率で過去のトラウマとかの大きな爆弾を抱えているとか。もし、ユリオプスにも何かしら暗くて重い二次創作が捗るような過去があるならば絶対に触れないこと。

 うっかり仲良くなって、軽率に彼の地雷を踏み抜いたら爆散するのは私だ。

 例えばヤンデレ化して壁ドンした後に首を締めてくるとか。広告の選択肢をはっきりと覚えていないことが悔やまれる。もっと詐欺広告を見とけば良かったなんて思う日が来るとは。


「アンタ、こう見ると背小さいな」

「ユリオプスさんが高いだけだと思います」


 唐突にドキッとすること言わないで欲しい。恋愛のドキッとではなく、警察に怪しまれた時のドキッとだ。性別バレは絶対に許されない。

 男装主人公において性別バレは一大イベント、一気に恋愛ルートに進んでいってしまう危険な一手だ。


「さっきのことを蒸し返すようだが、ここの騎士団の連中はアンタみたいな中性的な男をそういう目で見る。騎士団の規則上、女に手を出すのはアウトなんでね」


 淡々と恐ろしいことを言うユリオプスに、ドキッとじゃなくてゾワッとした。想定の何倍か世界観が不穏だ。攻略対象も外の魔物もモブっぽい人も皆、平等に怖い。

 選択ミスで即死系の世界だ、こんなことで弱音を吐いてはいけない。そうは言っても、背筋が凍りつくような私の中を渦巻く恐怖は消えてくれないもので。


「まあ、オレは見た目通り女の子にモテモテだから問題ないが」

「規則あるんじゃないんですか?」

「バレなきゃいいんだよ。それに、別にバレたところでだ。オレの顔に免じて許される」


 何とも尊大な発言に思わず半眼になった。今の発言からユリオプスがチャラ男系と確定したため、うっかり地雷を踏まないように精神的にも物理的にも適切な距離を保ちたい。

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