55、手を繋ぐ
淡々と問いかけてきたスズランちゃんを見つめながら急いで考えを纏める。
副団長が単純に私を、魔力源としての生贄にしたいだけならば私と深く関わる必要もないはず。
「古代魔法の魔力源としての生贄にするだけなら、意思とは関係なく強制的にできるんでしょ? でも、副団長は僕の思考を誘導して妄信的にさせようとしている……感じがする」
「洗脳?」
顔色一つ変えずにスズランちゃんは呟く。物騒な要約だが、今までの副団長の振る舞いを考えると否定はできない。むしろ限りなく正解に近いような……考えているだけで背筋がゾッとしてきた。
「とりあえず、今日までにあったことを掻い摘んで話すよ。根拠を一つ示すよりも分かりやすいと思う」
「……聞いてみる価値はありそうね」
足を組み直したスズランちゃんは、僅かに悩んだそぶりを見せてから静かに頷く。見定めるような桃色のの瞳には少し気弱そうな顔の私が映っている。
無限に湧いてきそうな不安を押しつぶすように、ただ今までに起きた出来事を思い返す。
そして、彼女と別れてからここ数ヵ月であったことを順を追って話していくことにした。先ずは、正式な騎士になるための試験を提案されたこと。
そして、私の記憶が私にとって良くないものである可能性を示唆されたこと。セダムさんの話では副団長は私の記憶を戻したくないようだということ。
彼を欺くために記憶を諦めたと伝えた後の、同情に見せかけた支配的な態度や違和感。話していくに連れてスズランちゃんの顔が曇っていくのが分かる。
最後まで話し終えた時には、元から色の白い彼女の肌が生気を感じないくらい蒼白になっていた。
もしかして私が思っている以上にとんでもない事態になっているとでも言うのだろうか? つられて私まで血の気が引いてきたような気分だ。
「とりあえず、重要そうなことだけ話したけど……どう思う?」
「私が思っていたよりも複雑なことになってるかも。アスターお兄ちゃんは必要ないことはしない、だからカルミアさんに洗脳を仕掛けているのは他に意味があると思う」
おずおずと尋ねれば、顔色の悪さの割に落ち着いた声が返ってきた。私よりアスター・ラインフェルトという人間を知っている彼女から見ても私の違和感は間違いではなかったらしい。
ただ推測が当たっていたことを喜べるどころか、問題がさらに複雑化したことが確定した最悪な瞬間である。
「あと、魔法の研鑽をしろって言ってくるのも怪しくない? まあ、生贄に使う前に騎士として使い倒してやろうっていうだけかもしれないけど」
「ううん、単純な生贄だと考えてたのは私が見落としてただけ。当たり前だけど、私が知っている範囲の古代魔法、禁忌魔法、神話の情報はアスターお兄ちゃんより少ないから」
重苦しい空気に耐えかねて軽く笑いとばしてみたものの、スズランちゃんは更に深刻そうな顔で俯いた。副団長の思惑を推測しきれていなかったことに責任を感じているのか、私の話から更に恐ろしい展開でも思いついてしまったのか。
「魔力源としての生贄じゃなくてさ、相手を従わせて何かやらせる感じの蘇生魔法みたいなのはない?」
「ぱっとは思いつかないわよ、蘇生魔法だって神話の情報しかなくて困ってるくらいだもの」
魔法や神話の知識は、この世界で目覚めた当初と比べれば格段に増えたとは言ってもそれは一般的な知識の範囲を出ない。
つまり、副団長やスズランちゃんがどこから得ているかすら分からない一般人が触れられないであろう知識はゼロだ。彼女が思い当たらないというなら、予測もつかないまま副団長を探らねばならない。
「そっか……副団長の研究の手伝いとやらに参加しないと情報の欠片もなさそうだね」
部屋は寒いくらいなのに、じわじわと嫌な汗が滲んでいくのが分かる。本当にこれから副団長を欺き続けて情報だけ取ることが可能なのか。
スズランちゃんにもう一度会えば、決定的な何かが得られて安全に副団長のことも探れるのではないか、と心のどこかで思っていたことに今さら気づいた。
自分から出た弱弱しい声がさらに不安を煽るようで、続く言葉を見つけられずただスズランちゃんを見つめる。
「……ねえ、アスターお兄ちゃんが、貴方を洗脳しようとしてるって分かってからどういう態度をとってるの?」
私の動揺が移ったのか、スズランちゃんも不安げな表情を隠さずに疑問を口にした。私が副団長を疑っていると勘づかれないように、暫くは彼の油断を誘うためにも今まで通り従順に振舞うつもりだ。
「ん? 副団長には従順なフリしてるよ、スズランちゃんが無邪気な子どものフリをしてるみたいに」
それがどこまで通用するか、いや今も通用しているのかは分からないが間違った選択とは思わない。下手に反抗的な態度をとれば、何をされるか分かったものではないのだから。
副団長と表立って対立するのは、彼にバレないように記憶と体に残っているはずの戦闘の感覚を取り戻して、彼の計画の全貌を掴んで潰せる目途が立ってからだ。そうでないと戦いにすらならないのは目に見えている。
「最後のは余計よ。カルミアさん……疑うわけじゃないけど演技できるの?」
「できるよ? 正確に言えば、できてるという風に思ってるよ!」
「ダメってことね」
不安を押し殺すように形だけでも明るく返してみれば、お決まりのジト目を向けられため息までつかれてしまった。ふざけたやり取りのお陰かお互い固まっていた表情筋が再び動き出す。
不安になってもミスが増えるだけだ、結局この意味不明な詐欺広告の主人公という不憫な立場が変わるわけでもない。平常心を取り戻すのが先決だろう、更に笑顔を作って声のトーンを上げる。
「ほらほら、僕たち運命共同体だよ! もっと信頼しないと」
「あー、すっごい不安!」
先程よりもわざとらしく大きくため息をついたスズランちゃんも幾分かマシな顔色になってきた。彼女の言葉には首が取れそうなくらい頷きたいが、あまり頼りにならない協力者と思われても困る。
「大丈夫、今のところ副団長に疑いは向けられてないと思う。あの人、ナチュラルに人を見下してるから多分油断してるよ」
「一応、私にとっては兄代わりの存在なんだけどアスターお兄ちゃんは……否定もできないけど」
半ば自分に言い聞かせるように放った言葉だが、微妙な顔のまま声が小さくなっていたスズランちゃんの態度からしても強ち間違ってもいないのかもしれない。
副団長という役職以上に、アスター・ラインフェルトは威圧感があって支配的な印象がある。私が記憶を諦めると伝えた後の態度はまさに傲慢で独善的だった。
どんなに取り繕っても、他の人間をとるに足らないものと見ているのが透けて伝わってくる感覚は、今思い出しても腹の底からふつふつと怒りが湧いてくる不快さだ。
とは言え、スズランちゃんにとっては失った兄代わりの大切な存在なのだから明け透けに悪く言うのは良くなかったかもしれない。
「ごめん、あんまり人のお兄さんを悪く言うものじゃないよね」
「事実だからいいよ。それに、私もちゃんと気持ちを切り替えないといけないから」
「……そっか」
彼女がアスターを慕っているのは分かり切っていたため、もっと大袈裟に怒るか拗ねるといった分かりやすい態度ぶつけてくるとばかり思っていた。
そのせいで、痛みを静かに耐えるような苦し気な彼女の表情にどうしていいか分からなくなる。
「私、やっぱりどこかでアスターお兄ちゃんの優しさを信じてた。けど、カルミアさんを洗脳しようとしてるし……もしそうなら、私が思ってたよりずっと恐ろしいことを企んでるんだと思う」
「スズランちゃんは、副団長とも思い出とかあるだろうし完全に悪として見做すのは難しいかもね」
たった一人の家族であるロベリアさんを失った幼いスズランちゃんにとっては、どれだけ悪いことを企てていたとしても副団長は拠り所なのだろう。
それを否定する権利もなければ、耳障りの良い気休めの言葉もかけられない。
しかし、スズランちゃんが身内補正で甘く見積もってしまえば私たちの作戦に綻びが出るのもまた事実だ。
「誰かを犠牲にしてロベリアお兄ちゃんを生き返らせる、どう考えたっておかしいよ。しかも、多分それだけじゃない……何だかもう私が知ってるアスターお兄ちゃんじゃないみたい」
「昔の副団長のことは知らないけど、今の彼はとても傲慢で支配的だよ。僕がかなり危険な立場だって実感するくらいには」
長い睫毛を伏せて、涙交じりの声を零し始めた彼女は小さな手をぎゅっと膝の上で握った。
こうして不安に駆られる彼女を抱き締めてくれる兄も今はいないのだ。私は彼らの代わりにはなれないし、なるつもりはない。
「もうちょっと気の利いた言葉でも言えないのかしら」
「僕も命懸けだからさ。僕たちは共犯者になったんだから、必死に頭を捻って彼を止めることしかできないよ」
副団長なら彼女の頭を撫でるのだろう。私にその役目はできない……したくない。
私は、自身の手を伸ばして震える彼女の小さい手を握る。私よりずっと高い体温が伝わってきた。




