54、夢の中からの呼び出し
『ねえ、カルミアさん。私との約束忘れたのかな? そんな態度とるならお守り使っちゃうよ? アスターお兄ちゃんにバレたらカルミアさんおしまいだよね』
鈴のなるような可愛らしい声が頭の中に響く。しかし、幼気な中にひどく大人びた落ち着きを感じる。それにこの物騒な言い回しは間違いない、長らく会えていない私の共犯者とも言える存在スズランちゃんだ。
姿は見えず声だけが聞こえるけれど、随分と怒っているような? 次の休みにやっと会いに行ける予定だが、彼女のお守り……もといい副団長へ危険を知らせる魔道具が使われれば私はあっという間に犯罪者扱いになる。
『アスターお兄ちゃんに言いつけちゃうんだからね! 3、2……』
「うわっ! それはや、めて!」
語気の強まったスズランちゃんの声に思わず大声をあげて飛び上がる。うん? 飛び上がる? 勢いよく顔をあげれば、ガタっと大きな音がして眩しい光が目に入ってくる。
「え、朝……?」
「朝じゃねえよ、真昼間だ」
「あれ、ユリオプスくん?」
目を擦りながら、隣りを向けばこれでもかと呆れ顔のユリオプスが私の顔を覗き込んでいる。大きな音を立てたのは座っていた椅子と狭い机だったようだ。つまり私は、夢を見てたってこと?
姿も見えない頭の中で声だけが聞こえる変な夢だったけど、スズランちゃんに早く会いに行かねばならない気分になってきた。元より非番の明日に彼女が住む修道院に行く予定ではあったのだけれど。
「記録を纏める最中で寝やがって……いいご身分だな、新入りさん」
「ごめん、ちょっと寝不足だったみたい」
目の前に広がる調査資料とレポート。隣りには不機嫌そうなユリオプス。座ったまま寝ていたせいで微妙に痛む体。
仕事の最中に居眠りなんて気が緩んでいたのか、連日の調査で睡眠が足りていないのか。どちらにせよ褒められたことではない。
「ここが蔵書室でよかったな。ディルがいたらアンタの鼓膜は破れてたと思うぜ」
「間違いないね、命拾いしたよ」
不機嫌さは大袈裟に振舞っていただけのようで悪戯っぽく笑ったユリオプスに、深々と頷く。ここにディルさんがいたら、目覚まし時計五台分くらいの大声で私を起こしていただろう……想像しただけで勘弁だ。
「でさ……なんか魘されてた?」
「いや、えっと……そういうわけじゃないけど」
目を逸らしたユリオプスは歯切れ悪く問いかけてきた。何か勘違いされている気がするが、スズランちゃんのことは話せないため曖昧に首を振る。
悪夢と言えば悪夢だが魘されるような内容でもない。何と答えても誤魔化している感じになるのは、どうやら心配してくれているらしいユリオプスに悪い気分だ。
「聞いといてあれだけど、別に無理に話さなくていいぜ」
「うん、ありがとう。さて早く終わらせないとね、居眠りしてた分しっかり働くから安心して!」
「……そうだな」
レポートへ向き直ったユリオプスに明るく声をかければ、彼はまた困ったように声を返した。もしかして彼こそ夢見が悪いとか? 今は考え事よりも調査記録を纏めることに集中しよう。私も彼に習って無数に広がる資料に手を伸ばした。
♢♢♢
青龍騎士団から少し離れた地にある修道院の中にある一室の扉をノックをすれば入室を促された。夢の中で彼女の声を聞いたばかりだったせいか、久しぶりに会った気はしない。
「久しぶりだね、スズランちゃん」
「お、そ、い! 全然来ないから、私との約束なんて忘れて逃げ出したのかと思ってたところよ」
こじんまりとした部屋の中でこれまた小さな栗色ボブの少女がブツブツ文句を言いながら私を出迎えた。扉を閉めれば、簡素なベッドに座った彼女は腕を組んでジト目を向けてくる。
態度だけは随分と大きいが、本来は姿通りの年齢ではないスズランちゃんとしては、なるべく子どもに見られたくないのかもしれない。うん、私は大人だしその気持ちをしっかり尊重しよう。
「そういえば昨日、そんな夢を見たよ。スズランちゃんにしっかり働けって脅される怖い夢」
「それ夢じゃないよ。私が前に掛けた魔法」
「え?」
話のネタにでもと昨日見た夢を口すれば、彼女はあっさりと衝撃発言を放った。あの謎の夢が夢じゃない? 確かに夢にしては変な感じだったけれど。
スズランちゃんへ素直に驚きの目を向ければ、ふふんと自信満々に大きなピンクの目を閉じられた。こういうところは子どもっぽい。
「忘れたことを思い出す魔法、知らない?」
「何それ……あ、リマインダー機能ね」
片目だけ開けた彼女が挑戦的に首を傾げた。思わず、知らないと言いかけて言葉が止まる。彼女が口にした魔法には聞き覚えがあったからだ。
ユリオプスの言葉を借りれば、『忘れたくない用事とかを、未来の決まった時間に思い出すようにする魔法』である。
前世では身近だった、スマホなどについているリマインド機能のようなものだと解釈しているそれは、記憶喪失が解決するかもなんて期待して拍子抜けした思い出のある魔法だ。
「何よそれ?」
「ううん、こっちの話! その魔法は知ってる、記憶を取り戻せるかと思って必死に読んだら全然違う魔法だったからね」
うっかり口走った前世由来の言葉を急いでかき消して話を進める。スズランちゃんは私の性別も知っているし、副団長への反抗計画を一緒に立てている仲のせいか、つい余計なことまで喋ってしまう。
前世云々はこの世界の人間に話すのは避けるべきだ。スズランちゃんが話しながら指さした椅子に座りながら、もう一度緊張感を高める。
「カルミアさんが一定期間来なかったら発動するように魔法を掛けておいたの。その前に来てくれれば解除したんだけどね」
「そう、あの魔法って人に掛けられるとあんな感じなんだ。寝てる時に急に頭にスズランちゃんの声が響くから変な夢だと思ったよ」
忘れたことを思い出す魔法、については習得はしたものの自分自身にしか使ったことがなかったため、頭に急に人の声が鳴り響くなんて経験は初めてだった。
「文句はあるけど来てくれたから今回は許してあげる」
誰かに掛ける時は、そういうものだと伝えておいた方がホラー展開と勘違いせずに済みそうだ。私が驚いたのに満足したのか、桃色の瞳をにっこり細めたスズランちゃんに許しをもらえた。
「どうも。これでも最速で来たつもりなんだけどね」
「足の遅い騎士様ね、さっさと座って本題に入りましょ」
「それもそうだね。時間は限られてるし」
騎士昇格試験に調査班に入ってから働き詰めだった私からしたら、一番早い予定でこの修道院に来たが待たせたのは事実だ、甘んじてこの扱いを受け入れよう。
「アスターお兄ちゃんの計画は何か掴めた?」
「ううん、まったく!」
真剣な色を帯びた彼女の瞳と視線が合う。そして、勢い良く首を振ってここ最近の成果を告げる。
「はぁ……そんな気がしてた」
「でも、副団長にはこれからよく分からない研究の手伝いをさせられるっぽいから、そこで掴めると思うよ」
怒られるかと思ったが、意外にもスズランちゃんは呆れ顔になっただけだった。私への期待値が猛烈に低いか、副団長の慎重さを高く評価しているのか……どっちもかもしれない。
とはいえ、掴めていないだけで何もしていなかったわけではない、副団長との距離は不本意ながら縮まった感覚はある。
信頼されているというより、舐められているが正しい言葉だろうけれど態々そんなことは口にしない。これ以上、見た目だけは可愛らしい少女に冷たい目で見られるのは流石にしんどさを感じる。
「アスターお兄ちゃんがどこまで蘇生魔法を完成させてるか分からないけど、カルミアさんをもう実験に使う段階に入ってるのね」
顎に手を当てて呟いた彼女の言葉に疑問が浮かぶ。スズランちゃんの推測では、副団長は私を蘇生魔法を使う魔力源……言わば生贄として使おうとしている、ことになっている。
「僕が蘇生魔法の生贄って決まったわけじゃないんだけど……」
私も、その想定で副団長の様子を見てきたけれど、どうにもしっくりこないのだ。何か見落としているような違和感が拭えない。
「その可能性が高いでしょ……何? 今更、怖いから気のせいだと思うとか言っても事実は変わらないけど?」
「副団長の研究が本当に蘇生魔法なのかって思ってさ。あ、えっと、そうじゃなくて、本当に僕を生贄にするのが目的なのかな、みたいな?」
考えも纏まらないうちに口に出せば、スズランちゃんの視線が鋭くなった。彼女はこういう根拠の弱い発言には厳しいのだ。
もっと上手く伝えないと……彼女は長年の相棒のように以心伝心とはいかないのだから。
「どういうこと? アスターお兄ちゃんの性格からしても蘇生魔法って推測は間違ってないはず。でも、疑問に思うことがあったんでしょ?」
「うん、副団長が僕を何かしらの形で利用する予定なのは合ってると思う。でも、生贄としてよりもっと違う意味があると思う」
可愛らしい顔を難しそうに歪めてスズランちゃんは私へ問いかけた。頭の中を一つ一つ整理しながら言葉を紡いでいく。私の返事に頷いた彼女は、くりくりしたピンクの瞳を瞬かせてゆっくりと口を開く。
「根拠は?」




