47、一触即発
「僕は、お前と初めましてだけど」
じっと観察しながら動揺が伝わらないように言葉を返す。さらさらと風に揺れるストレートな赤髪は肩まで伸びていて、こちらを愉快気に見つめる垂れ目がちながらもどこか鋭い瞳は色素の薄い桃色をしている。
どこかで見たことがあるような気はするものの、記憶の引き出しを漁っても知り合いとは一致しない。そもそもこの世界で出会った人はそう多くないから必死に探し出すほどでもないのだけれど。
「このワタクシを覚えていないのですか? あれだけ貴女たちとの追いかけっこに付き合って差し上げたのに! フフ、本当に記憶がなくなっているようで安心しましたよ」
男が大袈裟な手ぶりをすることで鬱陶しく動くコートは、黒とワインレッドを基調とした派手で見るからに貴族が着ていそうな見た目をしている。
「……」
私が記憶喪失だと知っているのはこの人が犯人だからか? それとも、人づてに私の現状を聞いて確かめにでも来たとか? だめだ、情報が足りない。もう少し何か引き出せない限り悪い想像が膨らむだけだ。
分かるのは記憶喪失前の私と深く関わっていたこと……それも、悪い方向で。そして、今の私の実力では正面から挑んで勝ち目はないということだ。
男は黙り込んだ私へ、三日月のように細めた薄紅色の目を余裕げに向ける。静かに睨み返せば一瞬で空気がピリついたのを肌で感じた。
「でも、何だか雰囲気は変わりませんねぇ……憎らしいほどに不思議なことです」
「前の僕のことを知っているみたいだな」
演技がかった声になんだか、腹の底から苛立ちが湧き上がってくる。何に対してここまで不快感を持っているのかは分からないが、目の前の男が私にとって嫌なものであることは本能が訴えてきている。
だが、記憶をなくす前の私を知っている人と出会うのは初めてだ。危険な空気は漂っているものの情報を手に入れるチャンスであることは間違いない。
「ええ、えぇ。知っていますとも大変、詳しく! 言ってしまえば、殺してしまいたいくらいに!」
「まさか、僕の記憶を奪ったのはお前か?」
大げさに頷くとさらに、派手に抑揚をつけて男は自分の世界に浸っているようにしゃべりだした。それでも私に向けられたピンクの瞳は、言葉の通り私への悪意が籠もっている。
負けじと強く聞き返せば男はまた愉快げに笑って首を傾げた。副団長くらいの背丈のある成人男性にそんなことされても可愛くないのだが。
「そうとも言えますし、そうではないとも言えますねぇ!」
「謎々は嫌いだ、はっきりと答えてくれるかい?」
言葉のままに受け取れば、直接の犯人ではないが関わってはいるといったところか。だが、私の記憶喪失が人為的なものであることは否定されていない。
ただの記憶喪失でないと分かっただけ進歩だとは言っても、はっきりしない相手の態度にまた苛立ちが募る。
「外付けの頭脳がないと、いつもの切れ味はなさそうですね。魔力もガタ落ちの様ですし、ここで貴女の冒険は終わらせてあげましょうか」
正直、何の話をされているかは全く分からないが戦闘は避けられないらしい。話の途中で手を振り上げた男は、言葉を言い切ったと同時に光魔法らしきものを放った。
「……ッチ」
「すばしっこさは変わらず、戦闘中の荒さも私の記憶のままですね」
避けたはいいが、奇襲された時よりも範囲の広い魔法を軽々と使ってきた男に焦りから思わず舌打ちが漏れた。衝撃で舞った砂を払いながら態勢を直して、魔力をためて敵の位置を捉える。
長期戦になれば間違いなく私の方が先に魔力が尽きるし、短期決戦に持ち込み隙をついて逃げるのが最善だ。情報がもう少し引き出せたらとも思うがそれどころではない。
「はっ!」
「おっと、手荒な真似はやめてくださいよ! なんですかその力、まるで昔と変わらない……おかしいですね魔力は落ちてるはずなのに」
勢いよく放った氷魔法は普段の何倍も広範囲に及び、ギリギリ避けたように見える男は僅かに張り付けた腹立たしい笑みを崩した。
何……今の? いつも通り魔法を使ったつもりだったけど様子が変だ。
ブツブツと言いながら、怪訝そうに私を見る男に私も疑問が浮かぶ。目の前に広がる刺々しい氷の山は私が先程、男の足を軽く凍らせようと使った魔法によるものだ。
明らかに威力がおかしい、コントロールは利いているはずなのにどうして? それに魔法を使った時、いつも以上に手に馴染んでいる感覚があった。
「先に手を出したのはそっちだ」
色々なことが起こりすぎて頭がパンクしそうだし魔法のことは後で考えよう。弱くて戦えないのは死活問題だが強い分には困らない。
相手も私の魔法が、想定外だったのか怯んでいるようだし一度出方を伺ってみるべきか。
「はい、その通りです。いつだって手を出すのはワタクシですから!」
表情が崩れたのも一瞬で、直ぐに大きく手を広げたかと思うと自身を抱きしめて劇のセリフでも言うように男は答えた。
これだけ見ればふざけたナルシストだが、殺意を隠さない強力な光魔法を見てしまえば気を抜けない。今の魔法の調子なら戦えなくはないが、相手が本気で潰しにかかってくるならただでは済まないのも分かり切っている。
互いを見極めるように無言で見つめ合っていると、風の音に交じって何か物音が聞こえる。地を蹴るような一定のリズムで聞こえるのは足音だろうか。
「おい! 凄い音したけど何かあったのかよ!?」
「ユリオプスくん、下がってて危ないよ」
近づいてきた足音と共に、後ろから飛んできたのは焦りが滲んだユリオプスの声だった。敵から目を話す余裕はなく声だけで答える。
彼を戦いに巻き込んではまずい、もし戦闘で負傷してもユリオプスが無事なら治癒魔法で何とかなるが私が残った場合どうにもならなくなってしまう。
「おや、まぁ! 少し見ないうちに相棒を変えたんですか? 一人旅の末に鞍替えだなんて、あの眼鏡くん泣いてしまわれるでしょうね」
「何の話だ」
赤髪の男は私の後ろにいるであろうユリオプスを認識するとケラケラと笑い出す。短く返しながらも、頭の中で男の言葉がぐるぐる繰り返される。
相棒、彼が口にした単語がひどく心で引っ掛かった。一人旅に、眼鏡くん? ダメだ、大切なことを忘れている感覚はあるのに思い出せない、知らぬ間に食いしばっていた歯がぎりっと不快な音を立てた。
「これはこれは、可哀そうに」
言葉とは裏腹に薄く笑った男は、ユリオプスに向けていたであろう視線を私に戻す。
「カルミア、なんだよコイツは」
「僕も知らない。多分、ヤバい人」
ユリオプスの疑問は尤もだが私が聞きたいくらいだ。本人が答えてくれないのだからヤバい奴以上に答えられない。
「へぇ、貴女! カルミアと呼ばれているんですか、これは傑作ですね!」
「仮の名だ。それよりお前は何者だ?」
私たちのやり取りを前に怪しい男は、目を丸くしたかと思えば何かを理解したとでもいうようにスッと目を細めて愉しげに声をあげる。その態度がどうにも気に食わない。
「ああ、その射殺さんとばかりの震えてしまいそうなくらい恐ろしい目! 本当に記憶がないのか疑わしいです」
「質問に答える気はないようだな」
独り盛り上がっている男を睨んで低い声で答えを促す。答えてくれるとも思っていないが、少しでも情報を零してくれれば正体を推理する材料になる。
「残念ながら貴女と遊んでいる暇はないのですよ。それに………この場所では分が悪いですねえ」
「どういうことだ、僕に用があるんじゃないのか?」
キョロキョロと辺りを見回して男は首を振った。奇襲を仕掛けてきたのと昔の私を知っている素振りから、目的は私を消すことか勝手に思い込んでいたがため息をついた男の態度からして違うようだ。
それとも、油断させて消すつもりか? 警戒は緩めずに胡散臭い男の真意を図る。緊張感で息が詰まりそうな私とは対照的に、男は余裕そうに真っ黒な手袋の袖口を引っ張った。
「いえいえ、ここに来たのは偶然ですよ。今の貴女ではワタクシの障害にはなりえませんし、昔のよしみで今回ばかりは見逃して差し上げましょう」
「全然、状況が分からないんだけど」
いかにもな上から発言の男にユリオプスが困惑を隠さずに呟いた。私にも分からないのに途中から来た因縁もなさそうな彼には、本当に意味の分からない状態だろう。かと言ってどう説明していいかも分からない。
「このまま放っておけば、さらに面白くなりそうですし。ではでは、ご機嫌よう!」
「待てっ!」
ひらひらと手を振った男を眩しい光が包む。叫んだ私の声は届かず、走りだそうとした足はびゅうと吹いた風によって止められてしまう。
鬱陶しく舞った砂が落ち着く頃には幻でも見ていたかのように男の姿は消えていた。ただ、彼の光魔法によって派手につけられた攻撃の痕が存在を証明している。




