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5、報告書:怪しい少女



 

『報告書』

 朝方、ラント村の警備隊から大型の魔物による襲撃の報せが入る。ラント村付近では村を襲う魔物の目撃は今まで報告されていない。討伐に向かうも既に村は壊滅。旅人と思われる少年一人を保護。持ち物と本人からは強い魔力の反応を検知。ラント村壊滅に関わっているとみて聞き取りが必要。また、少年は記憶を失っているが真偽は不明。


「記憶喪失か……」


 眉間に皺を寄せて男は呟いた。竜騎士団の副団長を務めるアスター・ラインフェルトに厄介な問題が舞い込んできたのだ。数年前から突如、凶暴性を増した魔物の討伐に日々追われている竜騎士団にとって魔物絡みの案件が飛び込んでくることは珍しくない。ただ、この一件は一筋縄ではいかないと副団長であるアスターの勘が告げていた。


 万年人手不足の龍騎士団はいつにも増して人手が足りなかったため、此度の討伐に副団長のアスターまで討伐に駆り出されたが着いた時にラント村は壊滅。首を落としたドラゴンはラント村付近には出没しないはずだ。何者かが誘導したのか、または召喚したのか。そこも疑問が残る。


 何より怪しいのは保護した銀髪の少年だった。身なりは旅人のようだが所々、破れておりボロボロ。頭や手足にも怪我を負っておりモンスターに襲われたことは明白だが、自分の名前すら思い出せないと言う。

 その割には妙に落ち着いている。明らかな嘘をついているようには見えないが何か大きな問題を抱えていそうなこともまた事実だ。


「はぁ……面倒事が増えたな」


 いつもなら保護した住人は修道院の方で面倒を見てもらうのだが、あの少年はどうもきな臭いとアスターは睨んでいた。今回の事件の犯人とまでは言わないが何かしら関わりがあることはほぼ確信している。


 コン、コン、コン

 扉を叩く音に思考の海からアスターの意識が浮上した。


「スズランだよ」

「入ってくれ」


 扉越しに聞こえた少女の声に答えると、ややあってから扉が開いた。


「彼の様子は?」

「違うよ、女の子だよ!」

「……ん?」

「着替えてた時に見ちゃったんだけどあの人、女の子だった。それに、自分でも女だって言ってたよ」

「そうか」


 冷静に答えたつもりアスターだったが、動揺を隠せなかった。どう見ても保護した人物は少年にしか見えなかったからだ。

 彼女から、感じ取れる魔力量と抱えた時に把握した凡その筋肉量、どちらも普通に町で暮らしている女性のものとはかけ離れていた。何者だ?


「カルミアお姉ちゃんのことどうするの? 私と一緒に修道院で暮らせる?」

「カルミア?」

「あのバッグにカルミアって刺繍してあったから、お姉ちゃんの名前じゃないのか聞いてみたの。思い出せないって言ってたけど、カルミアお姉ちゃんって呼んでいいって言ってくれたんだよ」


 少女スズランは竜騎士だった兄を失い普段は修道院で暮らしている。今日は兄の墓参りに来ていたが、運び込まれた少年の看病するをかって出てくれたため任せたのだ。と言っても少年は少女だったのだが。


「彼……いや、彼女が名前を思い出すまではそう呼ばせてもらうことになりそうだ」


 確かにアスターも彼女の呼び名に困っていた。本人は名前ごと全て忘れしまったようで、覚えているのは昨日の惨劇のみなのか時折怯えた様子を見せる。


「悪いな。面倒をかけて」

「ううん。お兄ちゃんだってきっと同じようにしてたよ」


 スズランはそう言うと曖昧に笑って部屋を後にした。その後ろ姿をぼんやり眺めながらアスターが思い出したのは彼女の兄のことだった。燃えるような赤髪をした心まで太陽みたいな熱い男、そして唯一アスターが親友と認めた男でもあった。

 竜騎士団の本部の裏には数多の墓石が並んでいる。誰の骨が入ってるかも怪しい墓石の前で涙を流す哀れな少女に対し過保護になるのもやむを得まい。彼の死はスズランにもアスターにも未だ癒えることはない深い傷を残した。


「彼女の信頼を裏切ることにならないといいが……」


 それだけ呟くと、記憶の中の親友を脳の片隅にしまい込む。感傷に浸っている場合ではない、アスターは、纏まりかけた彼女の処遇を再び考え直すことにした。

 記憶の有無、ラント村壊滅との関わり、利用価値、危険性……見極めるべきことは多い。男ならば竜騎士の見習いとして目の届く範囲で様子を見ようと思ったが、女の場合は話が違くなる。この騎士団に女は入れない。かと言って女子修道院の方へ預けるのも、もしものことがあった時に対処できない。さて、どうしたものか。


「これは、本当に面倒なことになったな」


 彼女について、無能で短気な団長に報告すれば間違いなく処分されるだろう。「はぁ」とため息を一つ漏らしたアスターは書き上げた報告書を己の魔法で燃やす。そして、真新しい用紙に再びペンを走らせる。面倒ごとに追われている時も彼の字は乱れない。神経質さすら感じられる整った文字は、呑気に眠りについた彼女の処遇を表していく。


『報告書』

 朝方、ラント村の警備隊から大型モンスターによる襲撃の報せが入る。ラント村付近では村を襲うモンスターの目撃は今まで報告されていない。討伐に向かうも既に村は壊滅。住人と思われる少年一人を保護。記憶喪失のため騎士団で様子見が妥当。


 書き直した報告書をもう一度読み直し、アスターはようやく眠りについた。

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