44、名探偵とお呼びください
「……とは言え、今日は説明だけで終わってしまうと思うがな!」
「よろしくお願いします、直ぐに仕事を覚えられるように尽力いたします」
熱血体育会系のディルさんのことだから、「習うより慣れろ! 早速、調査に行くぞ!」とでも言われるのを覚悟していたせいで拍子抜けに近い感覚だ。もちろん、親切に教えてくれるというならその方が何倍もいいけども。
「そう畏まらなくていいぜ」
「なぜおまえが取り仕切る! 班長はこの俺、ディルだぞ」
茶々を入れたユリオプスに顔を向けたディルさんは腕を組んでまた叫んでいる。この二人、仲がいいんだか悪いんだか。うるさいとは彼も思っていそうだけど、やはり同じ班なだけあって多少、気は許していそうにも見える。
「アンタ、一ヵ月の調査データから予測を出す途中だったんじゃねえの。コイツに教える役目はオレが代わってやるよ」
「そうだったな! ならば、頼んだぞ。言っておくが殊勝な態度をとったからって、お前の仕事を減らしてやることはないからな!」
ディルさんも班長なだけあって仕事は多いようだ。そんな中、教えてくれようとしていたのなら熱すぎるところはあれど、騎士団では珍しい善性に寄った人物と考えてもいいだろうか。
だが、油断は禁物だ。セダムさんと同じくうっかり口を滑らせそうな雰囲気もあるし、副団長とどれくらい強い繋がりがあるかも分からないため下手なことは言えない。
「それは残念。じゃ、さっさと行こうぜ」
「どこに? まさかサボりじゃないよね」
騒がしく二人の会話が終わったかと思うとユリオプスに腕を引かれる。残念とは口ばかりに、少し笑みを浮かべた彼に目を細めた。
「そうしたいのはやまやまだけど、ディルに怒られるのは勘弁だな。あの声で延々と小言なんて言われてみろ、鼓膜が無事じゃすまないぜ?」
「うわぁ……」
私の耳元に手を当ててコソコソと悪口を言ったユリオプスに、不覚にも同情する。恐らく前にサボリが見つかって爆音の説教を長々とくらったのだろう。彼が悪いとはいえ流石に可哀そうだ、想像しただけで遠い目になってしまう。
「聞こえてるぞ!」
ぎくりと顔を見合わせた私たちは、ディルさんの大声から逃げるように部屋を飛び出した。
「ユリオプスくんって、日中は蔵書室か姿を消してるかだけどもしかしていつも調査に行ってたの?」
逃げるように生態調査室を後にした私はユリオプスの案内で、騎士団本部から南下した比較的穏やかな地域に来ていた。
温厚で小型な危険性が低い魔物が多く、調査班の仕事をレクチャーしてもらには良い環境だ。先導するユリに、本当に調査班だったんだなと失礼な感想を抱いたついでに疑問を投げかけた。
「いつもってわけじゃねえよ。アンタの思ってるようにサボってることのが多いし。それが調査班のいいとこだぜ」
「でも、調査記録はしっかり出してるみたいだね」
「ディルのヤツもうるさい割には、ノルマさえこなせば文句言わないんだぜ。だからさっさと終わらせて後は自由時間にさせてもらうってわけだ」
当たらずとも遠からず、と言ったところか。軽い調子で面倒ごとを避ける、いつもの振る舞いに聞こえるのにどこか違和感があった。
前にローズさんがいた酒場の常連ではあるみたいだったけど、もしかしてユリオプスは私に、いや……周りに見せているよりもずっと真面目に生きているのかもしれない。
「まあ、ユリオプスくんらしいけど」
「なんだアンタは、もっと真面目にやれって言わないんだな。おっと、そこの痕跡踏むなよ」
ユリオプスの言葉に慌てて私も動きを止める。考え事をしていたせいで、もう少しで何かの痕跡を踏んでデータを狂わせてしまう所だった。私の直ぐ前にある、窪みの様な跡は同じようなものが近くにも続いている。
「これは、魔物の足跡かな。この辺にいる魔物にしては大きいね」
「やっぱ、おかしいな。先週までこの地域は小型で温厚な魔物しかいなかったし……」
「すごく細かくまとめてるね」
しゃがんで足形を確認したユリオプスは何やらびっしり書き込まれたノートのようなものに素早く記録している。横から覗いてみると小さな文字で細かく環境や魔物についての記録と考察が書かれているのが分かった。とても、適当に最低限の仕事をこなしている人の記録には見えない。
「……あ、悪い、何か言ったか?」
私の視線に気づいたユリオプスは、年季が入っていそうなノートをパタンと閉じて珍しく申し訳なさそうに眉を下げる。でも、今の素直な態度は妙にぎこちなさがあった。
何か隠したいことでもあるのだろうか? でも、今のところ分かるのは真面目に仕事をしていることだけだ。
「ううん。大したことじゃないよ」
首を振ればあからさまにほっとした顔になる。私も誤魔化されたフリをして表情を崩さないようにしつつ、もう一度思考を巡らせた。
ユリオプスは、周りにはただ追い出されないギリギリの仕事をして後はただサボっていると思われている。でも、実際は自主練や蔵書室に入り浸ってるように彼なりに努力を重ねていた。
もし、普段会わないタイミングもサボらずにずっと野外調査に一人で打ち込んでいたとしたら? 思い返してみれば蔵書室で彼が読んでいた本は、魔導書にとどまらず地理や魔物関連のものが多かった。それが調査や考察のためならば納得がいく。
「なら、いいけど。こういうのは適当にそれっぽく書いとけばいいぜ」
ユリオプスは、軽薄な笑みを張り付けてノートをしまった。ペアを組まないのも調査班の人と馬が合わないのもあるだろうが、単純に調査に力を入れていることを知られたくないと考えた方がしっくりくる。
努力を知られるのが嫌だとは言っていたがもっと他に理由があるような。調査班としての使命を感じているようには見えないし、もっと個人的な何かがあるはず。
「そのノートもう終わりそうだね。すごく使い込んでるみたい」
「何が言いたいんだよ」
訝し気にアイスブルーが私を捉えたが、私が表情を緩めれば気まずそうに瞳が揺れる。やはり積極的に調査に取り組んでいるらしい、そしてそれを認識されるのは誤魔化すような態度からしても不都合なようだ。
「僕が思ってたよりずっと真剣にやってるんだなって思って申し訳なくなったんだ」
「それは……」
生態調査の目的は、魔物の行動を分析して被害を未然に防ぐこと。ならばそれを突き詰めればどこへ辿り着く? それはきっと……。
「……もしかしてユリオプスくん、魔物暴走の原因を本気で解明しようとしてる?」
「べ、つにそんなことはないけど。調査班の仕事を最低限してるだけ、おかしなことないだろ」
私の推測に、ユリオプスはペラペラと言葉を並べるけれど一瞬の動揺が言葉の始めに滲んだ。それにあの使い込まれた調査ノートを見られておいてこの誤魔化しは厳しい。
普段の彼ならこんなミスはしない、間違いなく焦っている証拠だ。
「そっか。蔵書室で魔導書も読んでたけど、魔物とか地理関係の本も読んでたから積極的に調べてるのかと思ったよ」
「なんでボケっとしてるくせにそんなとこは見てるかな。真面目にお勉強した方がいいんじゃねえの」
頭を掻いたユリオプスはバツが悪そうに目を逸らす。いつもの軽口は健在だが、今のは図星をつかれた人の当てつけにしか聞こえない。
「魔法の習得はしっかり進めてるよ。でも、人が読んでる本ってなんか気になっちゃうじゃん」
「分からなくもねえけど。何にせよ、オレがわざわざそんな面倒なこと調べるわけねーだろ」
念押しのように私の推理を否定してきたが、いい線行ってる自信があるためはぐらかされてはあげない。それに、もしユリオプスが魔物暴走の原因を調べているなら私としても都合がいい。だから、この推理は希望的観測とも言える。
「確かにあなたのことを全部知ってるなんて思わないけど、僕の知る限りユリオプスくんは勤勉だし、おかしくないとは思ったんだけど……」
「アスターですら真相を掴めてねえのに……オレにできるわけない。どうせアイツが先に解決でもするんじゃねーの」
不貞腐れたように吐き捨てられた言葉はユリオプスの本心だと直感した。魔物暴走の原因を調べる動機はいまいち予測できていなかったが、どうやら副団長絡みだったようだ。
お互い毛嫌いしていて、腹違いの兄弟であることくらいしか二人の関係について知っていることはないためどういう心理かは掴めない。
ただ、日頃の発言からしてユリオプスが一方的に劣等感を抱いて副団長を敵視しているのは間違いないが。
「副団長より先に魔物暴走の原因を掴みたいってこと?」
「……まさか、そんなわけ。競争なんてガキじゃあるまいし」
自嘲気味に私の問いかけに返したユリオプスは、居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
ユリオプスくんは、いつも素直じゃないしガキっぽいところあるよね! と思ったもののしっかりと飲込む。このタイミングでそんなこと言ったら二度と口きいてくれないくらいに怒らせそうだし。




