42、ギャップ萌えない
翌日、皆の仕事が始まる前の早朝に私は副団長に呼び出されていた。用件は勿論、昨日言っていた今後のことについてだ。
「昨日は見事だった。今日から君も正式に青龍騎士として認められる」
「ありがとうございます。副団長、それで僕はこれからあなたのために何をすればよいのでしょうか」
私のトラウマである例のドラゴンと何も言わずに戦わせたくせに、見事だなんて言って涼しい顔をしている彼に恨めしい気分になってくる。
だが、今の私は副団長に生きる意味を与えてもらって彼を信じ始めているという設定なため、嫌な顔一つできない。そうでなくても副団長の前で分かりやすく不機嫌な態度をとる度胸はないと思うが。
「そう焦らずともゆっくり話すさ。先ずは新しい制服だ、いつまでも見習いの服を着ているわけにはいかないだろう」
「あ、そうでしたね。つい気持ちが逸ってしまって……」
彼の計画を暴くための情報が少しでも手に入るかも、と思うとどうしても焦ってしまう。こういう時こそ慎重にならなければ足元をすくわれる。身に纏っている見習い用のローブの長い袖の中で手を握り込む。
「構わない、意欲があるのは悪くない。今、君が着ている見習い用の服とサイズは近いが、騎士団の制服はそれよりも造りが小さめだ」
頷いた副団長からは、私の態度に不信感を持たれた様子は感じない。だが、それよりも問題が出てきた。騎士団の制服は、ユリオプスやセダムさんそれに他の騎士の人たちが着ているから見慣れている。
紺と白の配色が特徴的な前世の物語で出てくるような騎士の制服そのもの。副団長は肩回りに装飾があって、少し違う形のものを着ているけれど造りは似ている。どっちにしろ、見習いの服のように体の形が誤魔化せるダボッとしたシルエットではない。
「体のラインが出てしまうと性別が隠しきれないのではないでしょうか?」
どれだけ私の体が、一般的な女性より筋肉質で丸みがないとは言っても、男性と比べれば腰は細いし全体的に薄い。性別を隠し通さなければならない以上、少しでも見た目を誤魔化したいが騎士の制服では無理だろう。
「ああ。だから、日常的に騎士用の外套を羽織ることを勧める。そこの机の上に制服と纏めて置いてある、後で君の部屋に持っていってくれ」
執務椅子に座った副団長が指さした先の来客用とみられる机の上にはきっちりと畳まれた制服と大き目の外套らしきものがあった。
考えてみれば、私より注意深い副団長がそのことを見落としているわけもないか。杞憂に終わった不安に安堵が漏れると共に、私の思考に見落としが多いことを実感する。
「分かりました。今日から騎士の仕事に切り替わるんですよね」
「そうだ。君には、主に生態調査についてもらう」
机に向けていた視線を副団長に戻して問いかければ直ぐに答えを返された。
騎士団には、近隣からの救援や通報で魔物を倒しに行く討伐班、女神信仰に関係する貴族の警備を担う護衛班、そして私が入ることになった調査班があると見習いや騎士から聞いている。
「魔物の生息地を回って、異変がないか記録して特に危険性のある魔物は討伐するっていう役目ですよね」
前に聞いたことがある内容を口にしつつ内心首を傾げる……正直に言えば意外だ。あれだけ私の力を欲していると言っていたから、討伐班に配属されるとばかり思っていた。
それか、また別の仕事を言い渡されるか、そのどちらかと予想していたが外れたようだ。
「概ねその認識で合っている。それと、君にはまた別で任務を与えるだろう」
どうやら予想も的外れではないらしい。新たな情報源になりそうな予感に思わず食いつきそうになるが、自戒を思い出し、一度落ち着いて返答を考える。
「私に特別な任務を与えて下さるのですか! そ、それは今すぐには教えて頂けないんでしょうか」
副団長は声色一つ変えないが、これは彼の認識の中の私にとっては特別な役割を与えられ喜ぶべき瞬間だ。感動した様に声を震わせて、ついでに少しはその任務とやらの情報が欲しいため控えめに聞いてみた。
「簡潔に言えば、私の研究の手伝いだ。詳細は長くなる、その時に伝えた方が君にとっても分かりやすいだろう」
「研究ですか……分かりました。いつでも、お呼びください!」
ここではまだ詳細は分からないか。じれったい気持ちを隠しながら、軽く微笑みを副団長に向ければ彼も僅かに笑ったように見えた。もう少し信頼を稼がないと踏み込めないらしい。
「……それと、近い内にスズランの待つ修道院に向かってもらう。彼女から手紙が来ているのだが、私会いに行ってやれる時間がどうしても取れなくてね」
「はい、僕もスズランちゃんと約束しましたし次の非番にでも行ってきます」
彼の提案、というか命令は私にとっても都合がいい。何の疑いも持たれずにスズランちゃんと作戦会議ができる機会をもらえるのだから。とは言え、まだ副団長から情報は何もとれていないから出会い頭に叱られそうな予感が今からしている。
「それと、魔法の研鑽は怠らないように。討伐班より危険が少ないとはいえ、魔物との戦闘は必要になるからな。業務内容は知っているようだが、詳しくは調査班を束ねているディルに聞くといい」
ディルという名はどこかで聞いたことがあるようなないような。見習いの時は、調査班の人たちは余り関わる機会がなかったため、不安も残るがそうも言っていられない。
それに少し気になるのは、魔法の研鑽については釘を刺されたこと。油断するなという注意と言えばそれまでだが、彼は私が魔法を極めることを特に求めているし、彼の企みにどうしても必要なのかもしれない。
魔法を磨いた先に何があるのだろうか? 疑問の先の、無感情に私を移す紫の瞳は情報を落としてくれない。
「お任せください。この後、制服に着替えてディルさんの元へ向かいますね」
「ああ、また何かあれば気兼ねなくこの部屋を訪れるといい」
「ありがとうございます、それでは失礼します」
ピースの揃わない段階での推理はやめて、机の上の真新しい制服を持って副団長の部屋を後にした。軽やかな印象のあるデザインだが、外套もあるせいかずっしりと重い。速足で自室に向かっているものの、大荷物では思ったようなスピードは出なかった。
「さてと……」
部屋の鍵が閉まっていることを確認して早速、支給された騎士の制服に着替えることにした。制服の全体を占めるのは白、そして差し色に紺に近い青が入っている。
清潔感や高潔さを感じる女神信仰に由来する青龍騎士にぴったりなデザインだとは思うが、汚れが目立ちそうで見習いの服の方が気楽だった。
「うわ、思ったよりピッタリしてるな……」
ゴールドの菱形に近い形をしたボタンを留めるのに苦労しながらやっとの思いで着れば、体に張り付くように布がフィットしているのを強く感じる。だが、伸縮性は見た目よりあるようで、戦闘に不便はしなそうだ。
「まあ、大丈夫かな」
掃除を怠っているせいで埃っぽい鏡に自身を映せば銀髪の騎士がそこにいた。線は細いものの、やはり私の容姿があまりに中性的で騎士服を着ていればしっかりと男性に見える自信がある。
仕上げに制服の差し色と同じ青色の外套を羽織って前を締めた。こうすれば、あからさまに体の形が出てしまうことは防げそうだ。
もう少しゆっくり騎士服を観察したい気持ちはあるが、問題がないことが分かったのだからディルという人の元に向かうべきだろう。どんな人かは分からないが、しばらくの間お世話になる人物となれば、遅刻して心証を悪くしたくない。
随分とくたびれた見習いの服はベッドに放って、真新しい騎士服を纏って部屋を出る。入ったことはないが、確か食堂に続く道の途中に『生態調査室』と書かれた札のついた部屋があったはずだ。
あの部屋が調査班のものということは聞いたことがあるが、そこにディルという人物がいるかは分からない。
記憶を辿れば『生態調査室』と書かれたやや傾いた札のついた部屋に到着することができた。一抹の緊張と、制服に身を包んでいるせいか何となく背筋が伸びる気分でノックする。
「入っていいぞ! よし、今開けるぞ!」
「え? う、うわっ! あ、えっと……失礼します、今日から調査班に配属になりましたカルミアです」
叩いた瞬間に返ってきた勢いのある男性の声に驚く間もなく扉が開かれて、そのまま転びかける形で部屋に入った。
突然のことに目を白黒させながらも何とか挨拶を済ませれば、私を部屋に引きずり込んだ犯人であろう暗い青髪が特徴的な男がじっと切れ長の灰色の目で私を見つめる。
「おお、お前がカルミアくんか! この班に入ってくれるのは意外だったよ。てっきり討伐班に持ってかれると思っていたしな!」
「えっと、初めましてですよね?」
愉快にそして豪快に私の背中をバシバシ叩く彼に困惑が止まらない。こんな、いかにも落ち着いていそうでクールな見た目をした人間から、体育会系ど真ん中みたいなテンションと声で絡まれているだけで意味が分からないのに。
「悪い悪い、挨拶が遅れたな! 俺はディル、調査班の班長だ……って言っても、ここのやつらは変な奴らばっかで全然言うこと聞かないけどな! 面白いだろ?」
……面白いか?
あっはっは! と大声で笑う、ディルさんとやらに分かりやすく不安の汗が流れた。なんだか変な場所に来てしまったようだ。私の配属、本当にこれで合ってます?




