極秘調査禄1:カルミアについて
アスター関連の三人称視点の番外編の前編です
騎士団本部から西へ進んだ危険な魔物が生息する土地。数年前から騎士昇格試験の会場としても使われている。
「記憶を思い出しかけている? それとも……」
魔力の残滓と魔物が遺した灰だけが残るこの場所で、アスターは一人、数刻前に去っていた少女について考えていた。
先ほどの試験で見事に合格を掴んだ少女カルミアは、アスターにとって己の野望を叶える最後のピースになり得る存在だと睨んでいる。
(例のドラゴンにトラウマがあると予測していたが、問題なさそうだな……だが、あの動きは明らかに今までと違う)
未だ戦闘の痕跡が色濃く残る地面にアスターは素早くしゃがみ込み迷いなく手を添える。
神経を研ぎ澄ませれば、彼女が使った氷魔法による残滓が強く感じられた。
(少し前よりも魔力は強くなっているが、あの時には及ばない。記憶が、戻っているわけではないか?)
アスターは、立ち上がり手についた灰を払うと再び考え込んだ。
カルミアという未だ正体の掴めぬ存在は、彼にとって日々増えていく厄介事の一つでしかなかった。
その認識が変わり始めたのは、ラント村壊滅後に事件の異常性を加味して周辺を調査したことがきっかけだ。アスターは、あの日のことを今でも鮮明に覚えている。
ラント村から北上した魔物が多く生息していた土地は、アスターが調査に行った時には既に災害でもあったのかと思う程に荒れ果てていた。
魔物が群れ同士で争ったのだと、彼が予測する前に土地に残された激しく刺々しい魔法の跡と地面を覆う勢いで散らばった灰がそれを否定する。
(交戦から数日経っているせいか魔力は感じ取りにくいが魔力自体は混じり気がない。これは、一人の犯行か?)
アスターは己の考えに首を振った。この周辺の魔物には、騎士団ですら手を焼いているのだ。そもそもこの数を一人で倒すのは現実的ではない。
しかし、彼が周辺の調査を続けても交戦した者が氷魔法を使っていたことくらいしか掴めなかった。
不穏さだけが残る土地に、アスターは深々とため息をついた。彼の厄介事は一つ減れば三つ増えていくのだから。
ラント村の壊滅に、怪しい記憶喪失者、知らぬ間に滅ぼされた大量の魔物。
解決にはかなりの時間がかかると予測していたアスターだったが、案外直ぐに魔物を滅ぼした犯人を見つけることができたのだった。
それは、厄介事の一つ怪しい記憶喪失者であるカルミアの魔力適性を調べた時のことである。
元より魔力が高いと感じていたが、氷魔法へ前例を見ないレベルの異常な適性を示したのだ。
アスターは、一夜にして魔物を滅ぼした犯人はカルミアであると確信したが、当の本人はいつまでたっても魔法を使えるようにはならなかった。
だが、魔法が使えない状態でも微かに感じ取れるカルミアの魔力は、あの土地に残されていたものに似ている。
(もし、カルミアにそれほどの力があれば、この計画も夢ではない)
何としてでも彼女が本来持っていた力を引き出す。アスターは己の計画のために、些か乱暴な方法で彼女に魔力の流れを掴ませたのだ。
とうとう彼女が氷魔法を発現したとき、アスターは表情こそ変えないものの大いに歓喜した。
副団長室を凍りつかせた彼女の魔法から、はっきりと荒廃した土地に残された魔力と全く同じ魔力を感じ取ったのだから。
その時にカルミアは、アスターにとって計画を進める駒の一つへと認識が変わったのだ。
(さて、どうやって使うか)
アスターの計画には、彼女からの忠誠……命まで捨てしまえるくらいの献身が必要になる。
普通に考えれば、己の命を誰かに捧げるように仕向けるなど無理だろう。皆、家族がいて未練があって未来を望むのだから。
だが、その点、記憶喪失で身寄りのないカルミアは都合が良い。
魔法という存在が分からない、文字も読めない、そう言って俯いた記憶喪失を超えた問題を抱えた彼女は、いわば生まれたてのような状態だ。
元よりアスターは彼女を不穏分子と捉えていたため、自身が操りやすい環境に置いている。
例えば、ユリオプスを彼女の教育係にしたのもこのためだった。
カルミアが唯一頼れる相手をあのダメ人間にしてしまえば、彼女は頼る先がなくなり困り果てるだろう。
そうなれば泣きつく先はカルミアを保護した自分となる……それがアスターの策略だった。
しかし、彼の想定を超えてユリオプスは真面目な働きをしてしまった。
その結果、カルミアもユリオプスに一定の信頼を寄せてしまったのは、彼に珍しく大きな誤算だ。
(何が原因だ? 奴がカルミアに関わりへ行くメリットはない。だが、面倒なことになった。早めに切り離すか……)
アスターは冷静に思考を巡らせる。カルミアとユリオプスの関係を絶たせるのは簡単なことだ。
(臆病者の奴のことだ、劣等感を煽れば簡単に崩れて、手を出すまでもなくまた孤独を選ぶだろう)
アスターにとって、本当に重要なのはこれからカルミアの思考をどう誘導していくかだった。
彼女を都合の良い傀儡にするためには過去の記憶は邪魔になる。
カルミアが、元の記憶を取り戻したがっていることは常日頃から感じていた。
アスターも当初は力を引き出すために、記憶を戻すことを肯定的に考えていたが、本格的に操る必要がでてきた今、彼女の記憶は未練となり計画を破綻させる要因になる。
(ならば、自ら思い出させたくないと蓋をさせればいいだけ)
力があったのならば、鍛え上げて取り戻させればいい。
記憶が戻れば直ぐに本来の力を発揮するかもしれないが、記憶を取り戻した彼女は騎士団を去るだろう。
アスターは、彼女が何者だったかは掴めていない。それでも、彼女がこの場所に留まらないことだけは容易に想像できた。
(もしくは、記憶を取り戻す前に洗脳しきればいい……)
記憶を取り戻せば全て解決すると信じて疑わないカルミアに、アスターは彼女が踏み込んできた事をいいことに残酷に言葉を告げる。
記憶喪失になる前の彼女が復讐心に駆られて魔物を殺す旅をしていた、さも真実のように伝えればカルミアは分かりやすく動揺を顕にした。
状況証拠としてはあり得なくもないが、推理にしてはお粗末なものだ。アスターはそう思いつつも、雄弁に言葉を続けた。
目的は、記憶を取り戻すことへの不安を煽ることだ。
真実がどうであれ、もう彼女にとってそんなものは必要なくなるのだから……普段の冷酷な表情を意図的に和らげてアスターは心の内で笑う。
極めつけにアスターはカルミアの傍で屈んで視線を合わせ頭に手を置いた。
そして、簡単には気づけない微量の魔力をカルミアへ流し込む。
他人の魔力は多くの場合不調をもたらす、魔法を勉強するものにとって常識だ。大量の魔力を流し込まれれば、吐き気や頭痛など目に見えた異常が出る。
それがほんの微量であったら? 答えは、精神に僅かに異常をきたす。
洗脳魔法のような大掛かりなものではなく、元々抱えている不安を増幅させる、マイナス思考に拍車をかけるなど本人ですら分からない範囲のものだ。
流された本人が、強く精神を保っていれば影響は殆どない。しかし、動揺して不安で埋め尽くされた彼女は気が気でないだろう。
彼の想定通りに顔を蒼白にしたカルミアは逃げるように部屋を出ていった。
次に彼女に記憶をどうするか問いかければ、アスターに都合の良い選択をするはすだ。
彼女が去った部屋で、アスターは満足気にほくそ笑んだのだった。




