39、油断大敵
「今日の試験だが、前に話した通り合格条件はある魔物の群れのボスを倒すことだ」
「ある魔物とはその場に行けば分かるのでしょうか?」
普段の仕事の時間より早くに起きた試験当日、副団長室にて説明を受けていた。具体的な説明がないのはそれも含めて試験ということか。
「ああ、地図に生息地を示してある。その場に行けば分かるはずだ」
「分かりました」
やはり答えてくれない、わざわざ詳細を伏せる必要がある魔物なのか? まあ、行けば分かると言うくらいなのだから気にしなくてもいいか。副団長としても私を合格させたいはずだから、意図的に不利な状況を作るとも思えない。
「君の様子は、試験に影響が出ない程度の離れた位置から見ている。基本的に手出しはしないからそのつもりでいてくれ」
「はい、実際の戦闘と同じように挑みます」
副団長は事務的に説明を続ける。この感じなら手を出されたらその時点で不合格と考えた方が良さそうだ。私も落ち着いた声を意識して返事をしつつ視線を合わせる。
遠くから副団長に見られているとはいえ、一人で野外で活動するのは初めてだ。もっと緊張して足でも震えるかと予想していたけれど、想定外に平常心を保てていた。
「他に聞きたいことはあるか? 試験が始まってからでは答えられないからな」
「群れのボスは見て分かるのでしょうか。初めて見る魔物でボスを判別できるのか疑問です」
試験内容に関わることをどこまで答えてくれるかは分からないが、聞くだけなら咎められはしないだろう。親切心か業務の一部かは知らないが、質問を受け付けてくれると言うのだから遠慮なく聞いてしまおう。
「牙が最も発達しているものが群れのボスになる習性がある。それと種族的に凶暴な特性上、ボスが一番に君へ攻撃を仕掛けてくるだろう」
「……分からなければ全て倒せばいいですよね」
てっきり「それは自分で判断することだ」くらいに返されると思ったのに、副団長は軽く頷いて普通に説明してくれた。
逆に聞かなかったらこの重要情報を教えてくれなかったということ? いや、知らなくても初めに攻撃してきた魔物から倒すだろうし、意識しなくても目標を達成できるという想定なだけもしてきた。
「やる気があるのは結構だが十分に気をつけるように。では、厩舎に向かってくれ。準備ができ次第出発してくれて構わない」
「はい、よろしくお願いいたします」
結局この試験において、副団長が何か企んでいるのかいないのか分からないまま副団長室を後にした。
支給された剣を持って厩舎へと小走りで向かう。呼吸も落ち着いているし、緊張で体が強張っている感じもない。コンディションは最高と言わなくとも試験で実力を発揮するには十分だ。
「カルミアさん今日が試験だよね。リオも張り切ってるよ、頑張ってね!」
厩舎につけば、リオを連れてきてくれたセダムさんが朗らかに笑って激励を送ってくれる。改めて考えるとこの一ヵ月彼には随分とお世話になった。
「ありがとうございます!」
「さっきね、ユリオプスくんが近くに来てたんだよ。君のことが気になってたのかな」
試験に合格すれば彼も副団長から任された指導者としての荷が下りて安心するはずだ。気合を入れ直すように明るくお礼を伝えれば、コソコソ話と共にリオの手綱を渡される。
「え?」
「あ、余計な話するなってまた怒られちゃうね! 気をつけてね、リオも君もね」
また呑気に笑ってセダムさんは眉を下げた。口が滑りやすいのは誰に対してもらしい。でも、そのお陰でユリオプスも気にしてくれていると分かったのだから感謝しないと。
「さて、リオ行くよ。今日は試験だから気合入れてね」
いつにも増して艶のある真っ白な毛並みを撫でれば、見た目に似合わない荒い鼻息を吐いた。やる気十分と言ったところか、頼りがいのある相棒に飛び乗ってしっかりと手綱を握る。
小さく息を吐いて再び気持ちを落ち着かせ覚悟もしっかり決めて、リオに合図をすれば次第にスピードが上がっていき狭い本部をあっという間に抜け出した。
地図に示された場所は本部から西に行った森の近く。普段、副団長の指導を受けていたのは東側だったから流れていく景色も見慣れず新鮮だ。魔物も多少うろついているが攻撃的でないのか、こちらへ向かってくる様子はない。
きっと副団長が、後ろから追ってきているはずだが気配もないし、馬の足音も聞こえない。かなり距離があるのか、隠密行動になれているのか。
これから彼を探っていくとして気配を掴みにくいのは危険だ、実際に行動に移すときは細心の注意が必要になるだろう。
「そろそろかな……」
考え事をしているうちに、目的地付近の森がはっきりと見えてくる。森林地帯になる手前くらいに群れの縄張りがあるようだが、ここからではまだ対象と思しき魔物は確認できない。
それに、先程までは比較的温厚そうな魔物が歩いていたが、森が近くなってきてからは影もなく不気味だ。
危険な魔物の群れにうっかり、無策で突っ込まないように速度を落として慎重に進んでいく。ゆっくりと地図の場所へ近づいていけば、とうとう討伐対象らしき魔物が目に入ってくる。
「あれが討伐対象、だから黙ってたわけね。はぁ……性格悪いな」
副団長にはどうせ聞こえない距離だろうと悪態をつく。かなり遠くからでもはっきりと見える、鋭い牙と簡単に人体を引き裂けそうな鋭利な爪を持った二足歩行のドラゴン。
見間違えるわけもなく、この世界で目覚めたばかりの私が殺されかけたあの魔物と同じ種族だ。
「ここで待っててね、直ぐに倒してくるから」
この距離なら魔物には絶対に気づかれないはずだ。木陰でリオから降りて敵を見据える。本当はリオがいたら心強いけれど、魔馬に乗ったままで戦闘するのは慣れていないし、無茶をしてリオが怪我でもしたら大変だ。
うん、大丈夫。
他に魔物はいないし、ここでリオに待ってもらえば問題ないはず……私はあの魔物を倒せばいいだけ。
冷静に考えて今の私ならあの魔物にだって勝てる。そうでなければ、副団長だってそもそも試験を受けさせてくれないだろう。太ももを強く叩いて緊張を解し、剣を抜き一歩ずつ魔物の群れに足を進めていく。
思ったより数は少ない。
ギリギリ気づかれないくらいの距離で一度止まり岩の陰から様子を窺う。群れと言っても今いるのは三体だけ。一番、体が大きく口からはみ出るような立派な牙が生えているヤツが群れのボスだろう。
凶暴と聞いていたが、あの村で襲ってきた時ほどの気迫はない。敵を認識していない状態だから当然かもしれないが、今の所は記憶に残っている恐怖を刺激されずにすみそうだ。
魔法だけで倒せるならそこまで距離を詰めずとも勝てるが、相手の魔法耐性は分からない。とりあえず、私が使える唯一の攻撃魔法である氷魔法の耐性を確かめなければ戦略も立てられないんだから。
屈んで手のひらを地面につけ勢いよく魔力を放つ。様子見で、まだ私に気づいていないドラゴン三体の足を地面ごと凍らせてみる。
「グギャア!!」
急襲にドラゴンは叫び声を上げて暴れているが、足は凍り付いたままでこちらに攻撃を仕掛けてくる余裕はなさそうだ……よし、氷魔法は有効。
ボスより先にこの小さめの二体を片付けてしまおう、先程より魔力を集中させて少しだけ距離を詰める。剣で首を落としてしまった方が早いが、どれくらい首が堅いかも分からないし先ずは着実に……。
「うあっ!」
氷魔法の発動より早く、動きを封じた筈のボスらしきドラゴンが強引に氷から逃れて突進してくる。あの牙や爪で攻撃をもろに受ければひとたまりもない。
まずい、この角度では避けきれない!
急いで二体のドラゴンから飛びのいて攻撃の軌道から逸れた……つもりだったが、瞬く間に距離を詰められ素早く振り下ろされた爪がすれすれに迫る。
「……いっつ」
僅かに爪が掠ったローブが引き裂かれ、熱のような痛みが走った腕に血が滲む。油断したつもりはなかったがボスのパワーを見誤った。
それに体の大きさに比例して鱗が厚いようで、図体のデカいボスドラゴンには氷魔法が内部まで届いていなかったのかもしれない。
「くっ!」
再び、ドラゴンから距離を取るが直ぐに追いかけてきて乱暴に食らいついてくる。体勢を崩されたせいで避けるだけで精一杯だ。
剣だけで勝てるか? 副団長が私を助けてくれた時のように、首を落とせればいいが私は彼のような筋力はない。それに何度か攻撃を受け止めたせいで、刃こぼれまでして切れ味も落ちている。
「はあ……はあ」
大きく肩で息をする。防戦一方で体力が消耗していく実感に焦燥が募っていく、苛立ちで舌打ちの一つでも出てしまいそうだ。
一旦落ち着かないと。でも、どうすれば勝てる?
魔法が真面に通じないうえに、あの鱗の硬さでは剣が通るのかも怪しい。攻撃を往なしていたつもりだが、規格外の力で押し切られて右手が僅かに痺れてきた。
体力は確実にあちらの方があるのだから、早めに決着をつけなければ勝ち目はない。鬱陶しく垂れてきた汗を拭おうと動かした左腕がズキンと痛む。しかし、絶体絶命な状況だというのに触れた口元は笑みを浮かべていた。




