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4、解釈違いです! あなたのこと知らないけど!

 

 私の名前がカルミアに決まったところでスズランちゃんは部屋に戻ると帰ってしまった。


 一人になると改めて自分の置かれた状況がそこそこ厳しいものだと思い知らされる。私の処遇は副団長と言ってたアスター・ラインフェルトから聞かされるのだろうけど、記憶喪失の怪しい女(男だと思われている可能性もある)を助けてくれるのだろうか。この世界の事情は分からないが身元不明な私にまで手を差し伸べてくれるとは思えない。

 ドラゴンがいるなら外の世界にはモンスター的な生物も沢山いるのだろう。詳しいことは分からないが、危険な世界であることだけは確かだなと思いつつ欠伸をかみ殺した。


 精神が落ち着かないせいかどうにも居心が地悪く、体制を変えてみると、体の様々な部分が痛んだ。どうやらまだ傷は治っていないらしい、それに体がやけに重たくずっと気怠さが残っている。再び副団長が来る前に、もう少し先のことを考えようと思っていたが結局、怠さに勝つことはできず眠ってしまっていたようだ。

 

 目を覚ますと、小さな窓から光が刺している。朝か昼かも分からない。連休で曜日感覚が狂ったような気分だ。このまま寝てばかりなのもどうかと思い、とりあえず体を起こす。しかし、勝手に部屋を出るわけにもいかず、しばらくぼんやりとしていると扉を叩く音がした。


 軽いノックの音に返事をすると、アスターが入ってきた。今日も素晴らしく整った顔立ちである。


「おはよう、カルミア……と自然に呼んでしまったが、スズランに習って君の記憶が戻るまではカルミアと呼ばせてもらうことにしたが問題ないか?」

「おはようございます。名前はカルミアになったのでそれでお願いします」


 雑な返しに聞こえるが、何となく名前を決めてしまったのでそうならざるを得ない。

 ……もしかして先ほどのスズランちゃんとの会話はよくゲームである主人公の名前を入力するタイミングだったのでは? きっとデフォルト名なんだろうな、カルミアは。いつかこの体の持ち主が目覚めて記憶が戻った時、デフォルト名の方がきっと良いはず。今更、気づいた自分の愚鈍さを誤魔化すように言い聞かせる。


「分かった。それと、体調はどうだ?」

「そうですね……びっくりするくらい元気です。昨夜までは身体の色々なところが痛かったり、怠さもあったりで本調子ではなかったのですが」


 体調を問われ、確かめると昨日までは痛みがあった部分が全て無くなっていた。治ったのは嬉しいがこんなに直ぐ治るものなのか。異世界ってやはり何かが違う、と考えているとアスターが当たり前だとでも言うように頷く。


「治癒魔法が効いたようで良かったよ」

「治癒魔法……」

「ああ。あのドラゴンに襲われて、治癒魔法で治せる怪我で済んだのは不幸中の幸いだったな」

「……あの、魔法って何ですか?」


 思わず聞き返すと、理解できないとばかりに不思議な顔をされた。何言ってんだコイツと聞こえてきそうな顔だ。


「何を言ってるんだ?」


 実際に言われた。けれど、当たり前のように魔法とか言われても分からない。魔法、という言葉は知っている。けれどそれは創作物の中にしか存在しない。異世界に来ておいて今更と言われそうだが、この世界における魔法というものを私は知らないのだ。


「魔法って見たことがないというか、えっと上手く説明できないんですけど、多分忘れてしまったみたいです」

「そうか、記憶喪失になるとそこも忘れてしまうのか」

「分からないですけど私の場合はそうみたいです」


 なるほど、と無理やり納得したような顔になったアスターに私も曖昧に頷く。魔法を知らないのは本当だ、嘘はついていない。すると、説明に困ったとばかりにため息をつかれた後、魔法について簡単に説明してくれた。


 彼によると、この世界では魔法というものが広く認識されているが使いこなせる人はそこまで多くないらしい。というのも、魔法は適性のある人が訓練してやっと真面に使えるもので日常生活に必須というわけではないようだ。また、魔法の属性によっては適正が有ったり無かったりと個人差があるらしい。ゲームでも水属性や炎属性とかあるしそれに似たようなものだろう。


 ちなみに私の傷を癒してくれたのは治癒魔法といって人の治癒力を高める高度な魔法らしい。傷が無かったことになるわけではないため、治癒の範囲を超えたものはどうにもならないようだ。一通り説明を聞いたが、意外と創作物で目にするような魔法のイメージと似通った部分が多そうで助かった。

 魔法についての説明を上手く呑みこもうとしていると、アスターが先程より真剣な目付きになった。


「そこで本題だが……カルミア、君には青龍騎士団の見習いとして働いてもらおうと思う」

「青龍騎士団の見習いですか?」


 騎士になるって、ドラゴンとかと戦うってこと? すごく断りたい。けれど、下手に断ったら恩知らずめ!とか言われて殺されそうで怖い。でも、大丈夫。私、記憶喪失で傷心の女の子だから戦えないって逃げ道がまだある! ここで焦ってはならない、気持ちを落ち着けていかにも困ったという表情を作る。


「君が女性だということは知っている。だが、それを隠して見習いとしてこの騎士団で生活して欲しいと思う」


 今なんて言った? 私、これから男装して騎士達の中で生きてくというのか? そんなの無理ゲーじゃないか。既に死にゲーをやっているようなものなのに!? 


 上手く断る方法を考えている最中にアスターが爆弾を落とした。逃げ道が三秒で塞がれたのだ、あまりに酷い。綺麗に作った困り顔が崩れ落ちるところであった。冗談を言っている可能性を考えて彼の顔を見たがとてつもなく真顔だ。こんな顔で気さくなジョークをとばすはずがない。考えが筒抜けなのか、こちらに向けられた鋭い視線がさらに鋭くなった気がする。


「スズランちゃんが言っていた修道院に受け入れて頂くことは出来ないのですか?」

「本当はそうしたいのだが、女子修道院には強い結界を張れる者がいないんだ」

「結界……?」


 また馴染みのない言葉が出てきた。あまり質問ばかりすると話が進まないのは百も承知だが、分からないまま進むと困るのは私なわけで。よく分からない理論に納得して死地に赴くわけにはいかない。控えめに聞き返すとアスターは嫌な顔一つせず……目つきは鋭いままだけど詳しく教えてくれた。


 彼が言うには、村や町または修道院などの建物には魔物が入らないように魔法で結界という壁のようものを張るらしい。それも、毎日張り替えるという激務である。

 強力な魔法使い程、壊れにくい結界を張れるがそれもまた高度な技術が必要で強固な結界を張れる人は少ないという。魔法を使える人がそう多くない中、さらに高度な魔法の使い手となると限られてくるのだろう。


 あの村を襲ったドラゴン程度の魔物では小さな村や修道院の結界は破壊できてしまうとか。例のドラゴンは討伐したものの私が魔物に目を付けられている可能性もあるらしい。

 騎士団の本部は超強力な結界が貼ってあるため、魔物に狙われているかもしれない私がいても安全性が高いとアスターは説明を終えた。

 いや、待って欲しい。魔物を寄せ付ける可能性があるって私は疫病神か何かか? その辺にポイッと捨てられなかっただけ感謝した方がいいのかもしれない。


「もちろん、断ってくれても大丈夫だ。ただ青龍騎士団としては記憶喪失で魔物に襲われたばかりの君を外に出すのは心が痛むな」


 アスターは、貼り付けたような笑みを浮かべて新たに言葉を告げた。ここで暮らすか外に放り出されるかの二択しかないらしい。それって簡単に言えば、死ぬかここで働くか選べということなのでは? 流石にそれなら働くことを選ぶ。むしろ、頼み込んででも働かせてもらう。


「分かりました。しかし、記憶が無い私に務まるかでしょうか? それに戦いの経験も無いです」


 記憶を失う前の私は、村の外に倒れていた時点で外をうろつくことが出来る程度の力はあったようだから戦えたのかもしれないが、今の私は常識も知らない人生迷子である。もしかしたら、力も無いのに外をうろつく危機管理能力ゼロの頭も弱い残念な子だった可能性もあるが、己の株をこれ以上下げたくないため黙っておくことにした。


「騎士の見習いは、訓練に参加することもあるが基本は雑務が多い。魔物の討伐にそう駆り出されることはないよ。それと、記憶喪失については団員達にも伝えておこう」

「分かりました、ありがとうございます。あと、部屋ってここを使わせて頂けるんですか?」


 流石に大人数の部屋で暮らせと言われて、性別を隠し通せる自信はない。私の疑問にアスターは失念していたとばかりに考え込む素振りを見せる。やや伏し目がちに考える姿はいかにも美形の男性と言った様子でこんな状況でなければ目の保養になると有難がったく思ったのかもしれない。


「ここは怪我人が使う部屋だから難しいな。本来、見習いは複数人で一部屋使うのだが君をそこに放り込むのはリスクが大きすぎる。今は物置になっている狭い部屋があったはずだ。そこを掃除して使ってくれ」

「ありがとうございます。怪我も治ったので直ぐに移動した方が良さそうですね」

「ああ、ここの生活に慣れるまで君に教育係をつけよう。後で、この部屋に向かわせる」


 それだけ言うと忙しそうに部屋を出て行った。


 トントン拍子に私が見習いという名の雑用係になることが決まったが本当にこれで合っているか疑問に思う点も多くある。身元不明の怪しい女を騎士団の規則を破ってまでここに置く意味があるとは思えない。

 アスター・ラインフェルトさんのことはほぼ知らないが、こんな強引なタイプなのは想定外だ。少し話した程度だったが、いつも冷静なクール系のイケメンポジションだと思っていた。広告では刺してくるシーンしか知らないからその解釈も間違っているのだろうけれど。


 ただ、メタ的なことを言うと、とても乙女ゲームらしい展開だ。男装した主人公がイケメン達の中に放り込まれるなんてまさに王道の流れだ。画面越しに楽しむ分にはいいけれど、実際にやれと言われたら全力で断りたい……なお、私には拒否権が無かったようだが。


 まぁ、断った所で記憶も力もない私が、ドラゴンがいる危険な世界に放り出されても死ぬだけなのは理解しているから受け入れるしかなかったのも事実。ついでに、魔物に狙われる疫病神体質の可能性も出てきたわけだ。


 偏見ではあるが、強制力がある感じで進むのは乙女ゲームらしいと言えばらしい。じっくり考えてみたら、副団長もチュートリアルやプロローグでメインに出てきそうなオレ様キャラっぽい顔をしているように見えてきた。スマホゲームならアイコンになっていそうな風格だ。うん、むしろ、乙女ゲームの世界なら順調に進んでいる気さえする。


 騎士と言っても見習いならドラゴンの餌食になって即死ということも無さそうだし、この展開は悪くないと思いたい。暫くの間は見習いの仕事をこなしつつ、攻略対象らしき人物の行動に目を配りながら記憶を思い出す方法を探っていこう。

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