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詐欺ヒロインの生存戦略 〜選択ミス=即死亡の乙女ゲームに転生したら、攻略対象全員に執着されていた〜  作者: 夜銀リィナ
1章

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37、思惑通り

 

「もちろん未練がないと言ったら噓になりますけどね」

「そう気を落とすな、記憶を諦めたからと言って君が死ぬわけではない」


 完全に吹っ切れているのも感情としては違和感がある。瞳を伏せれば副団長は淡々と励ましのような言葉を続ける。疑われてはいないように見えるが、この先どうやって話を持っていくべきか。


「……そう、ですよね。目的を見失ってしまった感じはしますが」


 記憶を諦めるつもりは毛頭ないが、もし諦めたとしたら私は今、口にしたようにきっと何をしていいか分からなくなっていたはずだ。

 副団長ならば私がそうなると容易に想定しているだろう。ならば、彼の望み通りの展開へもっていけばいい。


「ならば、私が君に生きる意味を与えようか」

「え?」


 予想だにしないあまりに傲慢な物言いに思わず顔を上げる。演技も抜けてただ驚きが飛び出てしまったが、目の前でこちらを無感情に見つめる副団長は特に気にした様子はない。


「君には、騎士として魔物に苦しむ人を一人でも多く救って欲しいと言っただろう」

「はい、そのために僕に目をかけて下さっているんですよね」


 話が変わったようにも聞こえるが彼の真意は掴めない。表情が変わったのも、記憶を諦めると言った時に見間違いかと思うくらい僅かに笑みを浮かべたくらいだ。とりあえずは、また何かしらの変化を見せるまで無難に会話を続けるしかない。


「ああ。だが、今の君には荷が重く感じると思う。それに、女性である君が性を偽り厳しい生活を送る現状だって記憶を取り戻すために耐えていたのだろう」

「……その通りです」


 いたずらに不満を煽れば利用したいはずの私が、騎士団からいなくなる可能性が高まるのが分からないわけがない。発言の意図を読めず、返しに迷ったがここは素直に肯定して出方を窺うべきだろう。


 私が規則を破り男装してまでこの騎士団で見習いをしているのは、魔物に狙われている可能性があるせいで修道院には入れられないという話から始まったことだ。


 見習いとして生きるか、外に放り出され野垂死ぬかの二択を迫られて現状を受け入れた。それから、魔法が記憶に関係していることを示唆されたことで、見習いとして成長していく意味も見い出せた。


 でも、その二つの前提は今の副団長の視点からでは崩れているはず。


 魔物に狙われていないことは最近分かった。それに、記憶を諦めたならば見習いでいることはリスクの方が多いし、力をつけた今の私ならここを去っても生きていけるのだから。


「だが、私には君の力が必要だ」

「僕の力が?」


 まさか、感情論で押し切るつもりか? 真っ直ぐ私を見つめてくる紫の眼光はいつも以上に力強く気迫がある。気を抜けば吞まれてしまいそうな雰囲気は、騎士団内で妄信的に彼へ憧れを寄せる人が出てくるのも納得だ。


「私は必ずこの世界から魔物を滅ぼす。君の協力があればこれも理想論ではなくなる」


 スズランちゃんにも言っていた言葉だ、恐らく魔物を滅ぼすことも本当に彼の計画の一つではあるのだろう。でなければこんな苛烈さが滲む顔はしないはず。

 でも、私の力を求める理由が他にあることは知っている。生贄にするためか、はたまた別の恐ろしい計画があるのかはまだ暴けていない。


「今の僕には何もないです。副団長が望む力だって……」


 賛同すれば、探りを入れられそうだが今の副団長から見た私がすんなり頷くのはおかしい。目的を見失い、悲観的な思考に陥っている態度の方が自然なふるまいだ。


 弱弱しく返事をして、おまけに俯いてみれば完璧だろう。どれだけ鍛えても目は嘘をつけないと聞いたことがあるし、自信なさげに落ち込んだ仕草をとれるのは都合がいい。


「君が何者だったとしても私が肯定してあげよう。今、この瞬間に君は誕生したのだと思えばいい」

「どう、いうことでしょうか?」


 それは自己が曖昧な私にとっては甘美な響きだった。記憶を通して自分を証明しなくても存在を肯定してくれる人がいたらどれだけ幸せだろうか。

 副団長の認識通りに、私が記憶を諦めて自暴自棄になっていたらその言葉がどれだけ心に入り込んできたかは想像がつく。


 へぇ、なんて恐ろしい人なんだろう。自分に向けられた言葉だが、既に記憶を探す覚悟を決めた私には物語のセリフを聞いているような感覚にしかならない。それでも、本心を騙し通すために心が揺らいだように動揺丸出しみたいな声を返す。


「帰る場所も目的も失った君とはここで別れればいい。考えてみろ、君は過去を捨てたことで本当に独りになった。そんな君の存在を認めてやれるのは私くらいだ、君が周りに話せないことを全て知っているのは私だけなのだから」

「それは……」


 ここぞとばかりに畳みかけてくる副団長の視線は、燃えるように熱く彼が得意とする炎魔法のようだった。いつもは凍り付いたみたいに感情を読ませてくれないくせに。


 何も知らなければ、彼が自身に心を砕いてくれていると勘違いしていたところだ。副団長は、自分が普段どう映っているかも計算しているらしい。トップアイドル並みの表情管理だ、なんて感服している場合ではない。


「過去の君が抱いていた復讐心は私が継ごう。過去の君を無かったことにするのも嫌なのだろう? 君は辛い思いを忘れて、ただ協力してくれればいい。簡単なことだ」

「……」


 なるほど、よくできた展開だ。過去を諦める罪悪感も利用して、副団長を私にとって唯一の依存先にしようとしているんだ。彼の目的達成には私を簡単に操れる状況が必要ということだろうか。


 弱った人間には救いのように聞こえるが、本質は傲慢で高圧的な発言はセダムさんの言っていた、人を駒にしか見てないという表現がぴったりだ。


「それとも、見習いをやめてここを発つか?」

「え?」


 適切な返しを考えている間に副団長は更に疑問を投げかけてきた。一層、冷たく低い底冷えするような声に迂闊にも喉が震える。

 彼にとって、その選択を私に取られたら不都合しかないはず。先程、私の不満を煽ったのと関係がありそうだが、やめるという発想を私に与えることが愚策に感じる。


 私が副団長の立場なら、やめるという発想が浮かんでいない可能性を考慮して自分からは言わない。たとえ、やめたいと思っても言い出しにくい状況にして手の届く範囲にいさせようとするだろう。


「出会った時と比べれば君は強くなった。一人でも上手くやれば生きていけるだろう」

「それも可能なんですか?」


 まるで旅立ちの背を押すような発言に戸惑いが強くなる。依存させようとしていたのが嘘のように、どこか突き放した態度で彼は私の実力を評価した。


「不可能ではないさ。だが、世界の常識だってまだ把握しきれていない君が馴染めるかは疑問だが」

「無理でしょうね……他の生き方を知りませんから」


 嘲笑が僅かに透けた彼の言葉に、先程の発言が彼に見捨てられると思わせて焦燥を煽るためのものだったと分かった。私の自信を折って騎士団から去る選択を排除させたいのだろう。


 それならば、彼の望み通りに返事をすればいい。計画通りに私の心を操れたと思えば警戒も薄れて探りやすくなる。

 副団長にとっても、私にとっても思惑通りに事が進んでいる状態だ。下手を打たなければこのまま副団長の従順な部下に収まれる、そこからが調査の本番だ。


「君が賢くて安心したよ」

「ただ事実を言っただけです。こんな僕が一人で生きていけるとは思えません」


 副団長は子どもを褒めるような声でそう言うと微笑んで見せた。裏なんて知らなければ、普段は厳しく冷徹な人が自分にだけ優しくしてくれたいかにも乙女ゲームらしい瞬間なのに。心の内が出ないように、視線を床に落として悲壮感を演出しておく。


 私が今やってるのは、危険な相手を欺き情報を集めて計画を暴く違う意味でドキドキしてしまう命がけの推理ゲームだ。残念なことに、ここは現実だからゲームではないのだけれども。


「そんな迷子の君もこの私が導いてあげよう」


 この人は、神にでもなったつもりだろうか。私が思っていたよりもアスター・ラインフェルトという男は尊大で傲慢で、一言で言えば度を超えた俺様だった。それが、彼のカリスマ性にも繋がっているのだとは思うけど、単純に苦手なタイプだ。


「ありがとうございます。これかどうすればいいかは、副団長が教えてください」


 私の計画を進めるために胸を打たれたフリで縋るように彼へ視線を向ける。客観的に見ても、そろそろ副団長へ心を開いてしまっても良い頃合いだ。


 これだけ揺さぶられて、望んだ言葉をかけてくれるカリスマ性と実力を持つ人間がいれば、きっと何も知らずに記憶を諦めた私だったら簡単におちている。今ここにいる私が、彼の想定から外れた状態だったというだけだ。


「もちろんだ。君に辛い選択をさせたのだからが責任を持とう」


 深く頷き、静かながらも強さを持った副団長の声はまさに迷い子を救わんとばかりに私へと向けられている。

 きっと彼はこう思っただろう、簡単に騙せたと。珍しく私と彼の心が重なった瞬間だ、これっぽっちも疑念を向けられないのは副団長が私を侮っている証明だろう。


 今はそれでいい、従順な犬とでも使い勝手の良い剣とでも思っていればいい。でも、私は絶対に彼の計画を暴いて止める。

 そして、己の力で記憶を取り戻してこの世界とも向き合っていくのだから彼の言う迷子になっている暇なんてない。


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