34、問2 記憶を失くしても同一人物と言えるのか
「カルミアちゃんって……僕は男です」
「可愛い子は皆ちゃん付けで呼ぶの。細かいことを気にすることはないわ」
ユリオプスの前で女子扱いされては困る。これで性別がバレることはないと思うが、少しでも疑われる要素は排除したい。
控えめに男であると強調してみるが、ローズと名乗った女性は愉快そうに目を細めて真っ赤な紅がのったた口元に笑みを描いた。隠し通せている気が全くしない、急に不安になってくる。
「そうですか……えっと、ユリオプスさん、どうしてここに連れてきたんですか?」
「ローズが、アンタに会いたがってたんだよ。それに、あんな場所に閉じこもってたら気が狂うぜ?」
慌ててユリオプスに話を振れば、カウンターに頬杖をついて呆れ気味な視線を向けられた。相変わらずの騎士団嫌いだが、確かに彼の言うように息抜きは必要だろう。
けれど、勝手にこんな場所に来て良かったのか今さら不安になってきた。ユリオプスは常習犯だとしても私はこんなこと初めなのだから。
「連れ出してくれたのはありがたいですけど、外出許可貰ってないのに大丈夫ですかね。バレたら大変なことになりませんか?」
「外出に許可も何もねえよ。休みなら尚更な」
正式に騎士になれば修道院に行く許可を出せると言われている。いい加減な態度で言葉を返したユリオプスが適当なことを言っているのか、副団長が私に嘘を伝えたのか判断がつかず、ううんと唸るような声が出た。
「え? そうでなんすか。許可制なのかと思ってました、副団長はそう言っていた気が……」
「多分、また色々騙されてるぜ。相変わらずぼんやりしやがって」
はあ、とため息をついてユリオプスはグラスの酒を煽り始める。副団長への物言いは基本的に私情がふんだんに盛り込まれているため真相は分からない。
「心配ならそういえばいいのに。ね? カルミアちゃん」
「あはは……どうですかね」
可愛らしく私へ小首を傾げたローズさんに苦笑いで返す。彼に、ぼんやりしてるとは常日頃から言われるため恐らくただそう思っているだけだろう。しかし、ローズさんが楽し気に笑みを深めるものだから、はっきりと否定もできない。
「何だよ?」
「いえ、何でもないですよ」
ユリオプスに視線を向ければふいと逸らされた。それでもじっと見続ければ横目で私を見ながら口を開く。
その態度が何だか面白くて、ふっと吹き出すと完全にこちらを向いた空色の瞳が不機嫌そうに鋭くなったた。何でもない顔をして目線を前に戻せばどこか妖しく笑うローズさんと目が合う。
「うふふ、占ってほしいことは決まったかしたら?」
「ローズさんは占い師なんですね。確かに、雰囲気ありますね……美人さんですし」
カウンターの向こうで組んだ手の上に顎を乗せた彼女は真っ黒な瞳を瞬かせた。瞳も髪も黒い彼女はこの世界ではミステリアスな雰囲気で浮世離れした感じがする。
占い師と言われて納得してしまう神秘的な雰囲気は、作り物の様に整った美貌のお陰でもありそうだ。
「あら、口説いてるの? 可愛い子、でもダメよ。私が睨まれちゃうわ」
「く、口説いてはいませんよ。ただ、あまり見ない雰囲気の美形な方だと思って、失礼な事を言ってしまったならすみません」
女の私でもふわりと笑った彼女にドキッとして直視できない。こんなの普通の男の人がくらったら一瞬で恋に落ちてしまうのでは? そもそも睨まれるのはローズさんを口説きかけた私の方じゃない? 言い間違いだろうか、謝罪を口にしつつ内心首を傾げる
「アンタ、意外とグイグイいくな」
「何がですか?」
「べつにー。お子サマの癖に好みは一丁前だなって感心してただけだぜ」
ふと、空色が私に向いて意地悪そうに弧を描く。不本意ながら、私が身の程知らずの少年になってしまった。発言には気をつけていたが、同性を褒めるテンションで無意識に話してたいたのかもしれない……反省しておこう。
「ユリオプスさんこそローズさんみたいな大人な女性が好きそうですよね」
「はあ?」
「あ、小柄で可愛いらしい感じの子が好みでしたか?」
ニヤニヤされて腹が立ったため反撃してやることにした。私もユリオプスに負けじと口の端を釣り上げて軽快に言葉を発する。
「そうそう、小柄でいかにも女の子らしくて守ってあげたくなるような子とか。それかスタイル抜群でオレを可愛がってくれるお姉サマ」
グラスに残っていたお酒を一気に飲み干したユリオプスは得意げに好みを語った。良し! 心の中でガッツポーズをとる。どこをとっても彼の理想は私に掠らない。
女性にして高い身長に筋肉質で骨ばった体は、庇護欲をそそるわけでも包容力があるわけでもない。ついでに言えば、胸はサラシをとっても平坦で目の前で微笑むローズさんみたいな妖艶な魅力は皆無。
このおかげで男装生活が成り立っているのだから文句を言うつもりはないが、仮にでも乙女ゲームのヒロインがこれでいいのだろうか。
「いい人見つかるといいですね。規則違反ですけど」
「アンタは無理だろうな、真面目に規則守って偉いぜ?」
ユリオプスと友情ルートに進めている気がする(そんなものが本当にあるかは分からない)が、もし仮に下手をこいて性別がバレたとしてもこれだけタイプから外れていれば安心だ。
適当に理想の人を見つけて幸せになって欲しい、切実に。
「ムキになっちゃってらしくないんじゃない?」
「キミもからかうのはよしてくれよ」
勘弁してくれと眉を下げたユリオプスは珍しく押され気味だ。この世界のチャラ男代表でも、ローズさんには敵わないらしい。
「そう? なら、カルミアちゃんを早速、占っちゃおうかしら。何が聞きたい?」
「お代とかって……僕そんなに大金は持っていませんよ」
元の世界の価値観で言えば占いは信じていない。だが、ここがゲームの世界となれば話が変わる。創作世界の占い師は、悪徳ペテン師かほぼ未来を丸々言い当てる本物の予言者かの二択と言っていい。
「いいの、気まぐれに占うだけだからいらないわ」
「良いんですか? す、少し考えさせてください」
いかにもメインキャラクターらしい圧倒的な美貌に余裕の笑み。ローズさんは間違いなく後者に当てはまるだろう。
ぼったくられないのは良かったが、何を聞こう? 知りたいことは山のようにあるけど、隣りにユリオプスがいる以上は下手なことは言えない。
「ええっと」
言葉に詰まって、ユリオプスが勝手に私の分だと頼んだオレンジジュースに手をつけてみる。丁度いい甘さとすっきりした酸味が口に広がった。さて、どうしたものか。無難なことでも聞いて茶を濁すべき?
「聞きたいことは貴女の記憶よね!」
「どうしてそれを……」
あはっとお茶目に笑ってウインクまで飛ばしたローズさんに困惑を隠せない。これが本物の占い師の力? いや、ユリオプスはこの店の常連だし私が記憶喪失なことも喋ってるのかも。
「ふふ、占い師だもの。でも、それって本当に私に聞いていいの?」
「え?」
悪戯っぽい顔からガラリと鋭い表情に変わったローズさんはじっと私を見ている。黒曜の瞳が全て見透かすように妖しく光った。全部バレている、そのうえで彼女は私に聞いているのだと本能的に理解する。
「過去を覗くことはできるわ、貴女の魔力から辿ればいいだけだもの。でも、自分が思い出せない話を人から聞かされて、それで満足するのかしら?」
「それは……」
続く言葉は出てこない。今、この体の過去を盗み見みることが私にとって……そして元の人格にとって正解か分からなかったからだ。潤っていた筈の喉が急に乾いていく感覚に急いでグラスへ手を伸ばす。
「迷っているんでしょう? 記憶自体を思い出すかどうかも」
「あはは、すごいな。そんなことまで分かるんですね」
冷たい、グラスの結露が私の手を濡らした。ここまで全部見透かされては乾いた笑いしか出てこない。占い師、私もなろうかなぁ……なんて思い付きでなれるものではないだろうけど。
「迷ってるってどういうことだ? アンタは記憶を取り戻そうと必死に魔法だって覚えてるだろ」
「そうだったんですけど、私の過去が……」
ずっと黙り込んでいたユリオプスが怪訝そうに口を挟む。彼にはまだ何も話していないんだった、少し迷って副団長に言われたことを話す。
記憶を本当に取り戻したいか問われたこと、過去の私が執念深く大量に魔物を殺してきたらしいこと。思い出したら復讐心に囚われてしまうかもしれないこと。
纏まらない言葉を下手くそに紡げば、ローズさんは物知り顔で、ユリオプスは表情こそ派手には動かさないが少し驚きの滲んだ顔で私の話を聞いてくれた。
「もし副団長の言うように復讐心に囚われて生きていたとしたら、思い出してしまった時……僕がどうなってしまうのか分からなくて」
口に出したところで、どうすればいいかなんてやはり分からなかった。喧騒とすら感じるくらいに賑わっている酒場なのに、弱弱しい自分の声はやけにはっきりと響く。
「だからって記憶を戻すのは諦めるのか、アンタはそれでいいわけ?」
「分からないんです……記憶を取り戻したい気持ちはあります。ですが、それが正解かも自信がなくなってしまいました」
彼の言葉にどうしていいか分からず下を向く。私にとって、そして、この体の持ち主にとっての正解はどこにもない気がしてきてしまった。視線と語気が鋭いユリオプスから逃げるようにローズさんを見る。
「記憶は貴女を形作るものよ。記憶の積み重ねが貴女になるの」
「……だとしたら、今の僕は何でしょうね」
目が合ったローズさんは詩を詠うみたいな口振りで告げる。彼女の言葉は重く深く私を蝕んだ。ドキドキとうるさく心音が響いたかと思えば、生きた心地がしないくらいの寒さすら感じる。
異界で生きた前世の記憶を持つ、この世界で生きていたはずの記憶を失った私。分かっていたつもりでも、改めてこの世界でたった一人の異物であると自覚してしまえば、そこに残るのは途方もない孤独感だけだった。




