31、分からないが分からない
「躊躇うことはない、普段通りの手合わせだ。君からかかってくるといい」
「分かりました」
模擬刀を構えて小さく息を吐く。目の前に立ちはだかる副団長は余裕そうに私を見据えている。攻撃の瞬間なら僅かに隙ができることは、今までの訓練で分析済みだ。
このタイミングで副団長の訓練になるとは思わなかったが、今日こそ一発くらいは入れてやりたい。足に力をこめて副団長と距離を詰めて斬りかかる。
一回目の攻撃は難なく避けられて直ぐに鋭い反撃が飛んできた。これは想定内、受け止めずに私も最小限の動きでかわして体勢を立て直す。
「遅い」
攻撃後の軸がブレた隙をつこうとしたはずだった。しかし、本命の攻撃を叩き込もうとした瞬間、目の前に炎が迫る。
冷たい声とは裏腹に、触れなくても溶けそうなくらいの熱を感じる炎魔法に慌てて飛びのいた。掠れば大火傷だ、本当に容赦ない!
「どうした、隙をつくのは君の特権ではないだろう」
「意地悪ですね」
高まった緊張感と想定にない回避のせいで呼吸が乱れた私に、副団長は挑発的な笑みを口だけで浮かべた。余裕に振舞ってみたものの、不意打ちへの警戒が高まってしまったせいで不利な状況が加速している。
「……はっ!」
再び立ち向かい正面から突っ込む、こうなれば小細工なしに攻めるしかない。スピードを上げて間合いを詰めて軽く飛び上がる。重力を利用して上から振り下ろせば筋力が劣る私でも重い一撃を入れられるはずだ。
「がら空きだ」
「うぐっ」
私の剣が届くより先に、無慈悲な腹部への突きに襲われた。咄嗟に氷魔法で防御したものの容易く割られ、重いダメージが入ったのを感じる。
バランスを崩して地面に落ちた私は、受け身も中途半端で全身に大きく衝撃を受けた。貫かれたのではないか思うくらい鋭い突きを受けた腹の痛みが立ち上がることを拒絶した。
「まだ立つか」
それでも、まだ動く手足に力を込めてよろよろとしながら大地を踏みつけ、傷一つない副団長を視界に入れる。大した距離はないのにひどく遠い距離を感じるその姿に、ギッと歯を食いしばった。
「ここで、倒れたら……前回と同じなので」
「だが自分の状況を正しく把握することも大切だ。ここで終わりにしよう」
痛みに耐えながら発した言葉は途切れ途切れだ。副団長は分かりやすくため息をついて首を振った。悔しいが彼の言うことは最もで全身が悲鳴を上げている。
「……そうですね、もう一度あなたに向かって走っても途中で倒れてしまうでしょう」
「さて、治療をしようか」
模擬刀を地面に放って座り込む。耐性を変えた瞬間にズキッと痛んだお腹を押さえて、歩み寄ってくる副団長を待つ。
副団長との手合わせでは毎度のことだが一方的過ぎではないか、実力差は仕方がないがもう少し食らいついていきたい。
「ありがとうございます」
「いや、痛めつけたのは私だからな。当然のことだ」
負傷させてきた本人に治してもらうのも何だか変な話だ。それに、治癒魔法を掛けてくれた副団長は、恩を売る様な顔でもしてればいいのに至極真面目に頷くものだから気持ちのやり場がない。
「それでも治してもらえるだけ有難いです。それと、急な指導でしたが何か理由があるのでしょうか?」
体の痛みが引けば思考を巡らせる余裕が出てきた。唐突に修練場に連れてこられたかと思えば、ボコボコにされるなんて状況が分からない。
副団長が強引なのはいつものことだが、馬術の訓練が入っているタイミングに連れていかれるのは初めてだ。
「そのことだが、何度か君との手合わせで気になったことがあった。その正体を掴みたかったんだ」
「気になったことですか?」
私の疑問に軽く頷いた副団長は特徴的な紫の瞳でこちらをじっと見る。あれだけ圧倒的にやられると行動分析などするまでもない、とすら思うが人を伸ばす立場としての意見なのだろう。
「ああ。君の動きを分析したのだが、対人よりも魔物を相手にする方が慣れているように見えた」
「……慣れてはいないはずです。魔物を相手にしたのは最近ですよ、副団長も知っての通りだと思いますが」
「承知の上だ。だが、私との手合わせより動きが自然に見えた。何か心当たりはないか?」
対人より魔物との戦闘が慣れている? ここ最近でそう感じたことはないが、副団長との戦闘がやりにくいことだけは分かる。
氷魔法が一切通じないうえに、強力な炎魔法と卓越した剣術を見せられては打つ手がない。つまり、非常に悔しいが、相手が魔物か人かという問題ではなく副団長かそれ以外かというのが答えだ。
「それは、副団長の動きについていけていないからです」
「そこも考慮した上で言っている」
「えっと……」
素直に答えるが副団長は眉一つ動かさずに言い切った。傲慢すぎる発言だがそれに見合った実力を持っているから何も言えない。そんな傲慢副団長は、言葉に詰まった私をやや不思議そうな瞳で見つめている。
「君の記憶に関わることだと思っているが」
「残念ながら、記憶が刺激されている感覚はありますが明確なことは何一つ思い出せていません」
諦めて首を振った。彼がどんな予測を立てているかは知らないが思い当たる節があまりにない。最近、記憶の欠片を掴めそうな瞬間は何度かあったが、確信に至ることはなかった。
「そうか。刺激が足りていないか……あるいは」
「……」
何やら考察しているらしい副団長は癖なのか顎に手を当てて考え込んでしまった。思考の邪魔をしないように私も黙り込む。ついでに、彼の言うことをもう一度考えてみることにした。
魔物との戦闘で引っ掛かることと言えば、倒した時に感じた呆気なさに不快感を抱いたくらい。あとは、真剣の方が手に馴染んだことも少し気になる。
いや、でもそんなことを言って副団長と真剣で戦わされたらたまったものじゃない。血を流すのは流石に勘弁してほしい。
「では、今から魔物を討伐に行くぞ」
「これまた急ですね」
彼の推測がどこまで進んだのかはやはり分からないが、また何か試したことができたらしい。正直、魔物を倒した所で何か分かる気はしない。だが、断る理由もまた存在しないのだ。
「問題はないだろう?」
「分かりました」
当然だとばかりに投げかけられた副団長の言葉に大人しく従う。断る理由がないのではなく、断るすべがない、というのが正確な表現だったと遠ざかり始めた背中を追いかけながらぼんやりと考えた。
「近くで見ているから、あの魔物を倒してみろ。戦い方は君に任せる」
「はい」
騎士団本部を出た直ぐ近くの草原には大した魔物はいない。足を止めた副団長が指さす先には何度か倒したことのあるダチョウのような見た目の魔物がいた。
今日の討伐対象はあれらしい、副団長に渡された剣を手に魔物へ足を進める。
「ギ、ギエッ! ギエーッ!!」
鳥形の魔物は私を認識すれば頭が痛くなるような奇声を上げてこちらへ突進してきた。行動パターンも前に倒した奴と大差ない。
「……はっ!」
何度か戦ったが見た目の通りあまり賢くないらしい。魔物は私が攻撃を避けたにも関わらず、走り続けている。
足を凍らせれば忙しない足の動きは簡単に止まった。そして、力を込めて体を貫けばつんざくような悲鳴を上げて魔物は倒れた。しばらくすれば動かなくなった体は、灰になって風に飛ばされていく。
魔物戦と対人戦の違いを考えながら戦っても別に何も感じない、いつも通りの討伐だ。
「問題なさそうだな」
「今の魔物は攻撃も単調でしたので」
「対人戦との違いは感じるか?」
後ろから観察していた副団長を振り返れば、想定通りの質問が飛んでくる。彼こそこれで何か掴めたのだろうか?
「相手が魔物なので加減がいらないこと、くらいですかね」
「おや、私との手合わせでも加減してくれていたのか。次から本気で掛かってくるといい」
「意地悪はやめてくださいよ。副団長の冗談笑えませんって」
この人、こういう冗談言うんだ。目を細めて僅かに笑った副団長に目を見開く。手加減しているのは副団長の方だろうになんとも意地悪な物言いだ。
「そうか? 君の動きはぎこちないから手加減していた、と言っても納得がいく」
「……嫌味ですか。未熟者で申し訳ないです」
「嫌味で言ったつもりはないさ」
彼の嫌味に、少し拗ねて見せれば彼はまた分かりにくく笑った。本当によく分からない人だ、どこから切り込めば彼の計画を暴けるのかも想像がつかない。
信頼を勝ち取れればまた違った部分が見えてくるだろうか? そもそもこの冷酷男が人を信頼するのかは謎だが。
「あれは、ここではあまり見ないが……ちょうどいい。カルミア、その魔物も倒してみろ」
「大型の魔物ですね」
「ああ、今の君の実力なら勝てるだろう」
副団長が次に指定したのは、少し離れた位置からこちらを窺っている魔物だ。人型に近いが私の二倍近くの背丈と、腕を限界まで広げても届かなさそうな横幅を有した巨体は苔みたいな緑色で人とは程遠い。
「分かりました」
氷魔法が効けば問題ないが、相手の耐性は分からないため迂闊に攻めるべきではない。少しずつ近寄りながら魔力を手に集中させる。戦意を剝き出しにして私へ向かってきた魔物に、ため込んだ魔力を放てば冷気と共に全身が凍りついた。
うん、効くね。口には出さないが自身の魔法が通じたことに脳内では安堵が広がる。
耐性が高ければ直ぐに動き出すが巨体はびくともしない。この感じなら魔法だけで戦ってもいいが、急所を刺した方が早いだろう。
「やっ!」
腹を突き刺し剣先へ魔力を送り、魔物の体内から凍らせていく。そして、力強く蹴り飛ばせば氷像となった魔物の体は簡単に砕け散った。飛び散った氷の破片が太陽に照らされキラリと光るが、魔物の一部と思うと綺麗には見えない。
「よくやった。試験は問題ないだろう」
呆気なく終わった戦闘だが、いつの間にか傍に来ていた副団長はお気に召したのか満足そうに頷いた後、私に皮手袋を外した手を伸ばした。
ん? 手を伸ばした? 伸ばした手の行く先は私の頭で、程よい重さからじんわりと暖かさを感じる。これは、どういうことだろうか。混乱のまま首を傾げそうになったが頭に感じる重みがそれを許さない。
「あ、あの手……」
「……っ! すまない、スズランを褒めるときの癖だ。気にしないでくれ」
控えめに指摘すれば、切れ長の目をいつになく大きく開いて手を離した。よく分からない人だとは思っていたが、本当に分からない。
かなりの勢いで顔を逸らされてしまったせいで、今どんな表情をしているかもこちらからは窺えない。私は、本当に彼のことをまだ何も知らないらしい。




