28、笑ってないで止めてくれ
夕刻、見習いの仕事を早めに終えた私は久方ぶりに厩舎へ向かっていた。副団長には、行けば担当の人が教えてくれると言われたが今までの経験上、騎士団の人は癖が強いか意地悪かの二択である。
要するに今から会うその担当者も一癖二癖あるに違いない。
「こんにちは、君が副団長の言っていた子だね。俺はセダム、厩舎の管理を任されているんだ」
戦々恐々と厩舎まで行けば、騎士団の制服に身を包んだ若い男性がこちらに向かって大きく手を振ってくる。黒に近い茶髪をした男は、意外にも親しみやすい柔らかな笑みを浮かべて穏やかに挨拶をしてくれた。
「初めまして、僕はカルミアです。馬術には触れたことがなくてご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「大丈夫だよ。魔馬はとても賢いから、すぐに君の力になってくれるはずさ」
「魔馬?」
騎士団にこんな物腰柔らかな人もいたんだ、などと失礼なことを考えながら私も挨拶を返す。指導者が彼なら余計な不安は不要だと思った矢先に、聞き慣れない単語が聞こえて首を傾げる。
「魔馬を見るのは初めてかな?」
「はい、名前を聞くのも初めてです」
セダムさんは忘れてたとばかりに、はっとした表情を見せたが穏やかな声色のまま私に問いかける。彼は見たところ広告に出てきた人物とは似つかないし、そこまで緊張感を持って接しなくても良いかもしれない。
「そうだよね、先ずはついてきて! 案内するよ、と言ってもそんなに広くはないけどね」
「はい!」
「ほら、この子たちが魔馬だよ」
「……立派な角が生えてますね。僕の知っている馬とは色も違うみたいです、それに魔力も感じますね」
セダムさんに先導されるように厩舎に入れば馬に似た魔馬と呼ばれた生き物がいた。前世で見たことのある馬というよりも、物語に出てくるユニコーンの方がイメージに近い。
頭部に生えた鋭い角からは魔力を強く感じるし、三頭でそれぞれ体色は違うが明らかに私の知っている馬とは異なった姿だ。
「魔馬は魔力の流れが強い土地に適応した特殊な馬なんだ。人みたいにそれぞれ魔法の適正もあるくらいだからね」
セダムさんは魔馬が好きなのか楽し気に説明を続けている。魔物や魔法を使える人間が存在するのだから馬だって魔法に関連して姿を変えていてもおかしな話ではない。
「やっぱり希少な種族なんですかね? 人間と魔物以外に魔法を使えるなんて初めて聞きました」
おかしくはないと言っても、前に見た騎士団に住み着いてた野良猫は前世の記憶通りの姿だったし、空を見上げて目に入った鳥も違和感を感じる見目ではなかった。
魔馬のように適応して姿を変えた方が稀有なのだろうか、セダムさんが話しやすいせいか思いついたまま疑問を口にしてしまう。
「君の言う通りだよ。だから、野外調査の人たちが連れていくだけで出払っちゃうんだ。だから今いるのは三頭だけ」
「なるほど、えっとこの子たちが……」
「うん、この子は副団長の愛馬だよ。それでこっちが俺の相棒」
副団長の愛馬と言われた真っ黒な体色をした魔馬は、燃えるような赤い瞳を鋭くしてこちらを見ている。心なしか副団長に似ているような……目つきの悪さとか特に。
それに比べ淡い桃色の体毛に覆われたセダムさんの愛馬は、つぶらな瞳で私を見ていて穏やかさを感じる。飼い主に似るってやつだろうか、それとも人間側が雰囲気の合う魔馬を選んだだけなのか。
「あれ、もう一頭は?」
「あの子は気難しくてね。魔力も高いから活躍できると思ったんだけどなぁ。あ、こっちに来たよ!」
厩舎の奥から私たちを窺っていたらしい純白の毛並みが美しい魔馬がのろのろとした動きで近づいてきた。気難しいと言われたその馬は、キリっとした深い青色の目でじっと私を見つめている。一体なんだろうか?
「へぇ、真っ白で綺麗ですね……うわっ、何!?」
気難しいと言うくらいだから、暴れでもするのかと思ったけど案外おとなしい。そう思って近づいたのが間違いだった。
「大丈夫かい? この子よくそうやって、くしゃみするんだよね。さあ、このタオルを使って」
「ありがとうございます」
怒らない、これくらいじゃ怒らない。相手は魔力があろうと馬だ、アルパカやラマみたいにつばを掛けてくるわけないし、今のだって偶々くしゃみのタイミングが悪かっただけ。
タオルでべちゃべちゃの顔を拭きながらもう一度、真っ白の魔馬を見ればフンと鼻を鳴らして得意げな顔をしてきた。その顔の何と腹が立つこと。
「こ、この!」
コイツ絶対わざとだ! 気難しいってこういうこと……。
「あはは、皆そんな感じって訳じゃないから安心してね。今日は俺の相棒で乗る練習をしよう」
「ありがとうございます。セダムさんの相棒なのに、知らない人が乗って怒りませんか?」
セダムさんはこの態度にも慣れているのか呑気に笑っている。ならば私が怒るわけにもいかない、お礼を言いつつタオルを返してセダムさんの愛馬に視線を移す。
「大丈夫、穏やかな子だから。カルミアさんは馬に乗るのは初めてだと言ってたね」
「はい。恥ずかしながら全く触れたことがなくて」
「見習いさんじゃ、なかなか厩舎にも近寄れませんもんね。今日は魔馬のこと好きになってくれたら嬉しいな」
薄いピンクの毛並みを撫でながらセダムさんは朗らかに目元を緩める。先程の白馬とは仲良く馴れそうにないが、彼に撫でられて満足げな穏やかそうな魔馬となら不安もない。
「動物は好きです、任せてください」
前世から動物は好きだった。それに今世の体は最近も訓練で鍛えているうえに、元から体感がしっかりしていてとても頼りになる。乗馬にも耐えうる身体能力が備わっている自負だってあるくらいだ。
こうやって自信満々な時ほど痛い目を見るとそろそろ学んだ方がいい、過去の自分に何か言えるならそういうだろう。
「ひぃええ! す、スピードで過ぎでは!?」
「あはは! カルミアさん、気に入られたね」
セダムさんに手伝ってもらいながら魔馬に乗ったはいいが、始めは緩やかだったはずのスピードはみるみる上がってそう広くない放牧場を駆け回っている。
さっきまでの穏やかさはどこへ消えたのか、半泣きで手綱を握っている私と対照的に桃色の魔馬は、はしゃいだみたいに走り続けているのだ。
「笑ってないでどうにかしてもらえませんか!」
体色も相まってメリーゴーランドの馬みたいだと、メルヘンな印象すら抱いていたが頬をきる風と不安定に上下する体がそんな可愛らしいものではないと教えてくれる。
「鐙と鞍に魔法が籠もってるから、落ちないようになっているし大丈夫だよ」
「そ、それは良かった! でも、さすがにちょっと、そろそろ止まりません? ねぇ、ってば!」
「訓練はみっちりやるように言われてますから、もう少し頑張りましょうね」
あ、セダムさんもちゃんと騎士団の人だ。朗らかな雰囲気は変わらないが、副団長に仕事を任せられるだけあってスパルタ教育の片鱗が見える。いよいよ覚悟を決めないといけないらしい。
「もう少し体を起こしてみて、きっと安定するよ!」
「は、はい!」
魔馬に翻弄される私へ投げかけられたセダムさんの大きな声に、負けじと声を張って返事をする。きっと魔馬だって慣れない人を乗せるのは好きではないだろう、私が怖がっていてはダメだ。
鐙に籠る力が強くなる、手綱をしっかり握り前傾になり過ぎた体を起こした。しっかりと前を見れば全身を混ぜられているような激しい揺れは収まり、次第に恐怖も消えていく。
「良い調子だね!」
遠くに聞こえるセダムさんの声が風に流れていく。軽快な速さに乗りながら爽やかな風を感じる、どこか懐かしい感覚だった。
この世界で魔馬に乗るどころか、前世で普通の馬にすら乗ったことがない筈の私がそう思うのは、十中八九この体に残された記憶が反応しているのだろう。でも、似ているだけで何か違うような……微妙な違和感がある。
「わっ!」
思考に持っていかれて集中が削がれたせいで体勢が崩れた。もし、記憶を失う前のこの体が乗馬に関係あったなら続けているうちに何か思い出すかもしれない。
今は、目の前のことにだけ集中しよう。再び体勢を整えて前方に視線を向ける、もう手綱を握る手の震えは止まっていた。
「そろそろ今日は終わろうか、こっちにおいで」
「はい、分かりました」
時間を忘れて訓練に励んでいたら日がほぼ落ちかけている。セダムさんに呼び止められようやくそのことに気づいた、随分と集中していたらしい。
「どうだった? 相棒も何だか満足してる気がするよ」
「それなら良かったです。僕も何とかやっていけそうな気がしました」
魔馬から降りれば久々の地面に何だか、まだ少し浮遊感が残っている変な感覚だ。桃色の魔馬はセダムさんに撫でられ満足げに目を細めている、相棒というだけあって懐いているのが伝わってくる。
「君なら、一ヵ月なくてもきっと乗りこなせるようになるよ。また明日おいで」
「ありがとうございました、しばらくの間ご指導お願いいたします」
「そんな畏まらなくていいのに。副団長が推薦するからどんな怖い子が来るかと思ってたけど杞憂だったかな」
「あはは……」
軽く頭を下げればセダムさんはそんなことを言って、元から困り眉なのにさらに眉を下げた。騎士団に対しては私と殆ど変わらない認識のようだ、これには苦笑いしか出てこない。
彼も彼で騎士団の人にありがちな習うより慣れよスタイルだったけど、とは言わないでおく。優しい人格をしているのは間違いないはずなのに……。




