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詐欺ヒロインの生存戦略 〜選択ミス=即死亡の乙女ゲームに転生したら、攻略対象全員に執着されていた〜  作者: 夜銀リィナ
1章

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27、悪夢の狭間で星を見る

※23話の補完に近い三人称視点の話ですが本編です

※少し長い

 

「わざわざ呼び出して何の用だ」


 ユリオプスは乱暴に副団長室の扉を開けて苛立ちを隠さず吐き捨てた。問いの形はしていたが、彼にだって呼び出された理由の察しはついている。昨夜の修練場であったことをまさか忘れるわけがない。


「貴様にはカルミアの教育係を外れてもらう。元々面倒がっていたんだ、反論はないだろう?」

「はあ? 押し付けといて勝手なことばっか言いやがって。アンタが何て言おうと教育係は最後までやり通す」


 報告書を書く手を一切止めないアスターは、普段の落ち着いた声に少しの嘲りを籠める。それが分からぬユリオプスでもない。眉をピクリと挙げた彼は形の良いアイスブルーを目の前の憎い男に負けないくらい鋭くした。


「おや、貴様にそんな責任感があるとは感心した。だが、貴様のしょうもないプライドに付き合わされる彼の気持ちを考えたことはあるか?」

「アンタがアイツの何を知ってるわけ」


 はっと鼻で笑ったアスターは相変わらず手を止めず、低く唸るような声を零したユリオプスを視界にすら入れない。勝手に決められることも、相手にすらならないとばかりに見ようともしない態度も彼の苛立ちをヒートアップさせるのに十分な理由となった。


 ユリオプスは、舌打ちの一つでもしてやりたい気分だったがぐっと耐えて考える。どう考えたってカルミアのことを深く知っているのは自分だ。アイツだってこんな強引なヤツより、オレと訓練している方がずっといいはず、そんな彼の縋る様な思いもアスターの次の言葉で粉々に砕かれる。


「先程、彼と話をしたんだ」


 静かにアスターは事実を述べる。確かにほんの数分前に彼はカルミアと言葉を交わしたが、実際に会話をしたのは殆どスズランとであり彼女とは一言話した程度に過ぎない。


 当然、ユリオプスや今後の指導のことなど彼女とは一言たりとも話していないのだ。しかし、アスターはそんなことを親切に、今しがた表情が抜け落ちた目の前の男に伝えるつもりは毛頭ない。むしろそれが彼の狙いなのだから。

 アスターは横目で様子を伺っていたユリオプスから視線を手元に戻す、なんともあっけのない男だとでも言うように。


「まさかアイツが……?」


 そんなことを知るはずもないユリオプスの脳は、昨夜からずっと想像し続けていた彼にとっての一番嫌な答えを導いた。

 カルミアがアスターの指導を受けたい、そしてオレの指導はいらないと言った? ユリオプスは自称スマートな騎士とは思えない震えた声を絞り出す。

 嫌な予感は当たる、自分の人生はそんなことばかりで満たされている、彼の思考はもう止まりたがっていた。


「貴様との話は終わりだ。教育係、ご苦労だった」

「……っ!」


 ようやく手を止めたアスターは口の端を釣り上げてユリオプスを一瞥すると、羽ペンをドアへ向けて退出を促した。

 その姿にぎっと唇を噛んだユリオプスは口に広がった不快な味に顔を歪めた。入ってきたときの威勢をすっかり失ったユリオプスはのろのろと副団長室を出ていく。


 そこからは全てが曖昧だ。ふらふらと彷徨って、気づけば彼の目の前には見習いの少年カルミアがいた。


 いつも通り少し気の抜けた雰囲気で金の瞳を彼に向けている。まるで何もなかったみたいに、アスターにユリオプスの指導は要らないなんて言っていないみたいに。


 なんだ、別にオレのこと嫌いになった訳じゃないのか、ユリオプスは冷や汗を流しながらも、変わらぬ彼の姿に確かに安堵の表情を浮かべた。


「なあ……」

「僕は副団長に指導を頼みます。あなたみたいな半端な人に教えてもらうことはないので。もう関わらないで下さいね」


 予定では「アンタは本当にオレじゃなくてアイツを選んだのか?」と続くはずだった。ユリオプスは、ひゅっと息を呑む。

 先程まで静かに浮かぶ月のように淡く光って見えた少年の瞳はさっと陰りを見せる。そして意地悪く弧を書いた口から発せられたのは感情のない、いや、嫌悪だけがありありと滲んだ冷たい声だった。


「待てよ、アンタはそんなこと……」


 ユリオプスは呼吸の乱れを感じながらも、ぐっと絞まった喉の奥から無理やり声を出す。カルミアに向けられたことがない、一切温度のない金の瞳に彼が伸ばした手は震えた。

 彼自身、ずっと消えない諦念に囚われた自分がどこまで行っても半端者でしかないことは嫌という程分かっている。だから言葉の続きは音を成すことはなかった。


「知ってますよ、ユリオプス・ヴェルデ。あなたのせいでヴェルデ家は潰れたんですよね。それに、あの二人の血を引いてるあなたを信じることなんてできませんよ。あなたは、みんなに捨てられたんでしょう?」

「どこでそれを……」


 伸ばした手はだらりと落ちて、悪あがきのように零れた声は行き場を失って消えた。頭が真っ白になっていく感覚にユリオプスの呼吸もそれに合わせて浅くなっていく。


 自身の出自や過去についてカルミアには話していない。誰から聞いた? 噂が回ったとしてもここまで知っているのはアスターくらいだ、ユリオプスは、どんどん暗くなっていく己の思考の中で必死に藻掻く。


「さようなら、誰にも必要とされていない誰かさん」


 知らない影がニヤリと顔を歪めて後ろを向く、ずっと耳の奥に残っているユリオプスを罵る女の声が重なった。そして、やっと彼は自身が夢を見ていたことに気づいて目を開ける。


「はぁ、はぁ……はは、最悪。なんだよ、この夢」


 カーテンの閉まった真っ暗な部屋、僅かに遠くから雑音が聞こえる。ぐっしょりと汗のかいた体と未だバクバクと脈打つ心音を、酷く不愉快に思ったユリオプスは目を擦りながら体を起こして前髪をくしゃりとかき上げる。


「最近はマシになったと思ってたけど……」


 誰に聞かせるわけでもなく呟いたユリオプスは、ベッドの近くのライトをつけて手鏡を確認する。

 普段はバッチリきまっている髪型は好き放題崩れているし、元が色白とは言え血の気のない顔は幽霊でも見た人のように蒼白だ。


 自身の姿を認識したユリオプスは、吐き捨てるように小さく笑ってボサボサの三つ編みを乱雑に解く。どうやら、アスターと話した後に部屋に戻ってそのまま眠っていたらしい。ようやく状況を理解したユリオプスは再び眠りにつく気にはなれず、仕方なく長く伸びた金糸の髪を編んでいく。


 まだ悪夢の余韻が残っている部屋から逃げ出すように、身支度を無理やり整えてユリオプスは蔵書室へ向かう。

 今夜は誰にも会いませんように。臆病な彼の願いは夢に出てきた少年によって叶うことはなかったが、それは後から考えればユリオプスにとってそう悪いことでもなった。



 実力不足をたった何冊か魔導書を読んだことで覆せるわけがない。しかし、ページを捲る手も、知識を得ようと脳を動かすことも止めることは許されない。それが、崩れかけの彼が心を保つ唯一の手段だった。


「はあ……」


 どれくらいの時間が経ったか、切れかけの薄暗い照明の中では時間の感覚が狂ってしまう。机に乱雑に置かれた大量の魔導書にユリオプスはわざとらしくため息をつく。


 流石にそろそろやめるべきか、妙に冷静さを取り戻してきた彼は大人しく本を掴んで片付け始めた。もう少しで終わるとユリオプスが思った瞬間、蔵書室へ向かってくる小さな足音を過敏になった彼の耳が拾う。


 慌てて本を片付けたユリオプスは、椅子に座って適当に一冊とった本を開く。今は誰とも顔を合わせたくない彼は、ずっと前からそうしていたみたいな顔で魔導書を眺めながら音の主を待つ。


「あ、ユリオプスさんも蔵書室に来てたんですね」


 そんなことも知らず明るく声を掛けてきた彼は、ユリオプスにとって考えうる最悪の人物だった。扉の方を向けば、見慣れた銀髪と金の瞳を持った少年がいつもと変わらぬ様子でユリオプスを見ている。

 一瞬、悪夢に重なったカルミアの顔を振り払うようにユリオプスは普段以上に平常心を心がけて口を開く。


 案外、彼は動揺を隠してカルミアと話すことができたが、そう思っていられたのも彼が想定外の言葉を口にするまでだった。

 カルミアはアスターからユリオプスが教育係をやめることを聞いていないというのだ。ならば、彼はまだ己とアスターを天秤にかけてアスターを選んだというわけではない、そう認識してしまった瞬間ユリオプスの見掛け倒しの冷静さは再び崩れ始めた。


「で、アンタは副団長だけの指導をこれから受けるのか?」


 ユリオプスの問いかけは、彼が思っている以上に冷たくカルミアに響く。しかし、それを気にできる程の余裕は当然彼に残されてはいない。


「指導は受けると思います」

「だよな。分かってたぜ」

「そ、その……」


 ユリオプスが問いかけてもカルミアの答えは夢と同様にアスターを選んだ。彼はこうなることを覚悟していたが、どろりと溢れてきた仄暗い心の闇には抗えない。


「……やっぱりアンタも、オレよりアイツが良い?」


 困惑するカルミアをユリオプスは追い詰めていく。鼻が触れそうな距離まで近づいて彼を追い詰めても、怖がらせてまで無理やり答えを求める行為に何の意味があるかユリオプス自身にも分からなかった。


 それも仕方がないことだ、幼い自分を守るために幾度となく麻痺させてきた心ではカルミアに対してなぜ執着心が芽生えているのかすら正しく理解していないのだから。


「で、アンタはアイツとオレどっちの指導を受ける?」

「……」


 ユリオプスはただ答えが欲しかった。アスターを選ぶと言われれば、当然だと納得してまた痛みを麻痺させて享楽的に生きていけばいい。もし、ユリオプスを選ぶというならば……言うならば何だろうか?


「黙ってたって分からないぜ」


 思考の絡まったユリオプスは抱えきれない苦しみをぶつけるようにもう一度カルミアを急かした。


「僕は、副団長の指導を受けますよ」

「……そう、だよな」


 小さく息を呑んだユリオプスは次こそ再び悪夢を見ている気分になった。分かり切っていた答えなのに、カルミアに選ばれなかった事実は鋭く彼の心を抉る。

 そもそも、情を持つくらいなら関わらなければよかった。明日からは関わりもなかったことにして他人になればいい、そこまで考えたユリオプスに届いた言葉は彼の想定を遥かに超えていた。


「でも、教育係が終わったってことは僕たちは対等な関係になったってことですよね!」

「……ん?」


 鬱屈とした蔵書室の空気が嘘のようにカルミアの明るい声によって振り払われる。ユリオプスは彼の言葉をかみ砕いているうちに、カルミアが背後に逃げ去っていたことに気づいた。


「だから、友達になりましょう」


 振り向けば目が合う、能天気でバカみたいな笑顔だとユリオプスは思った。しかし、黄金に輝く瞳がただ自身にだけ向けられていることに気づけば途端に釘付けになってしまう。

 始めからずっと彼に向き合ってきてくれていたのだ、ユリオプスが受け入れたくなかっただけで。


「友達? オレとアンタが?」

「え、嫌なんですか?」


 聞き間違えたのかと、ユリオプスは夢見心地に聞き返す。彼は想定外のことに対応するのが苦手だった、例外なく今の状況にも当てはまる。そう、ユリオプスはまさに混乱していたのだ。


「別に嫌じゃないけど……そう。うん、予想してなかったな」


 パチっと何かが弾けた様な感覚にユリオプスは目を見開くが、直ぐにじんわりと熱を持ち始めた心が彼に答えを与えた。そして格好もつかないままボソボソと言葉を返す。


 ユリオプスに心を開ける友人はいなかった。いつか自身が選ばれなくなる日が来るのだと怯えるくらいなら始めからいらない。心の内では全てを遠ざけ享楽的に振舞った。

 踏み込ませないし、自分も誰かに踏み込まない。ユリオプスが己に課した生き方であったがこの日、彼はうっかり踏み込まれてしまったし、自ら踏み込ませてしまったとも言える。


 ユリオプスは、自身と対等な友人になると宣言したカルミアを待つ選択をした。臆病な心がやめておけとユリオプスに忠告するが、夜闇に輝く星のような金の瞳が彼を離してはくれない。


「……ズルいやつ」


 彼が去った蔵書室でユリオプスは本棚に寄っかかって小さく呟く。今さらカルミアに詰め寄ったことを思い出し不機嫌そうに顔を赤らめたユリオプスが、自分をかき乱した少年が本当は少女だと知るのはもう少し先の話。



 数日後、ユリオプスは隣町に来ていた。彼が入り浸っている酒場がある大きな町だ。慣れた道を進む彼は行きつけの店を視界に入れるが、少し悩む素振りを見せて直ぐに過ぎ去っていく。


 今日の彼の目的は酒場ではなく異国の書物を多く取り扱う古書店であった。

 さて、アイツのためにどんな本を選ぼうか……頭を一杯にしたユリオプスは傍から見れば明らかに浮足立っているのだが、それを指摘する人は誰もいなかった。


「……」


 軽い足取りで去っていくユリオプスの背中をじっと見つめる一つの影があった。目深に被ったフードからは宝石のように青く輝く瞳が覗いている。


「どうしました? 次の目的地はあちらでしょう」

「あっ、ごめんねジーリオ!」


 フードを被った女は、落ち着いた男の声にさっと振り向いてニコリと微笑み謝罪を口にする。


「何か気になることでもありましたか?」

「ううん、何でもないよ」

「では、早く行きましょう。ボク達にはそこまで時間が無いのですから」


 淡い茶髪の男は眼鏡の位置を直しながら緑の瞳を鋭くした。言葉の通り、彼の声と表情には焦りが滲んでいるが風に揺れるふわふわの髪のお陰で険悪さはない。


「そうだよね、ジーリオの相棒さんを早く探さないといけないもんね」


 彼の焦りは大して気にしていないのか、女は控えめな装飾の入った日記帳を取り出し小さく開く。 そこにはこの世界には存在しない文字で『総愛され計画』と記されている。

 もし、彼女を除きこの字を読める人がいたとしたら、それは異界での記憶を持つ騎士団の見習いだけだろう。


 日記を閉じた彼女は青龍騎士団の方角を一瞥するが直ぐにジーリオと呼んだ男の背中を追いかけた。

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