26、さらっと爆弾発言
「見習いが騎士へ昇格するには時期が早いのではないでしょうか。僕としてはありがたい提案ですが、他の騎士が反発するのでは?」
正式な騎士になろうと奮起したタイミングでこの提案は、飛び上がってしまいそうなくらい嬉しいが一度心を落ち着け言葉を返す。
今、自身が騎士たちの間でよくない目立ち方をしている自覚はある。副団長の指導を特別に受けているのが主な原因だが、自惚れでなければ騎士になれる程度の実力を短期間でつけたせいだ。
「確かに前例はない。だが、規則にはそれが違反だとも書いていない」
「分かりました。副団長が仰るなら僕は謹んでお受けします」
副団長だって騎士たちの反発は認識しているだろう。だが、彼が返したのは何とも強引な答えだった。規則にはうるさいが、書いていないことは伝統が崩れても気にしないタイプらしい。
眉一つ動かさずに言い切るものだから私も受けるしかない。
「色よい返事が聞けて嬉しいよ。試験はちょうど一ヵ月後、それまでもう少し君の指導を続けよう」
相変わらず視線の鋭い副団長はとても嬉しいなんて表情には見えないが、自ら指導を名乗り出るくらいだから嘘ではないのだろう。だが、スズランちゃんの推測が当たっていれば、この「嬉しい」は生贄が順調に育って喜ばしいの意になってしまう。
「ありがとうございます」
感謝を述べつつ悲しいことに、私を禁忌魔法で使う生贄として育てていると考えれば色々と納得いく部分はある。冷酷な印象のわりに私への評価は少し過剰だったし、周りの反応からして特別扱いを受けているのも明白だ。
このゲーム世界の主人公だからご都合主義的に進むだけと言われればそれまでだが、そんな甘い世界ではないこともひしひしと実感している。
「聞き忘れていたが馬術の心得はあるか?」
「入りたての頃に、見習いには必要ないと先輩方に言われてそれきりです」
副団長の思惑をあれこれ考えていると意外な質問を投げかけられた。馬術と言われれば、入って一週間くらいで見習いはやるなと言われてから厩舎には近づいてもいない。
「そうか。では試験までに馬術も身につけてもらおう」
「見習いの身分で良いのですか?」
「騎士になるのだから問題ない。見習いから昇格する気が無い、もしくは実力がない者には馬術が要らないというだけだ」
「そういうことですか」
素直に答えれば、容赦ない要求を表情一つ変えずにしてくる。しかし、副団長の説明を聞けば無理などと言えるわけもない。
ユリオプスと対等になるためにも騎士になると決めたばかりだ、今さらこの程度でしり込みするのもおかしな話。
「君の配属先はまだ決まっていないが乗れるに越したことはない。担当の者には私から伝えておこう。仕事が終わり次第、厩舎の方へ向かってくれ」
「全くの未経験ですが、一ヵ月で乗れるようになるでしょうか?」
なるほど、副団長の中では私が断るという選択肢はないらしい。やっぱりこの人、強引だよなぁ……なんて思いながらも、それを隠して疑問を口にする。
「なに、戦場を駆け抜けられるくらいに乗りこなせとは言わないさ。先ずは最低限、身につけてもらえばいい」
「分かりました。必ずものにして見せます」
大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。不安を口にするのはやめて副団長に力強く言葉を返せば満足そうに頷かれた。何でも軽く熟せる副団長の主観で話されていたら終わりだが、一旦その可能性は排除しておく。
「……」
「えっと、何かありましたか?」
先程まで勘違いでなければ満足そうな顔をしていたのに、急に黙り込んだ副団長顔は顎に手を当てて何やら考え込む。心なしか纏う空気が重くなったような気すらする。
まさか、私が副団長を探ろうとしていることがバレたのだろうか、まだ何もしていないのに?
すっと体温が下がっていく感覚に気づかないフリをして問いかける。こういう時は自分から聞いた方が、やましさを悟られない気がするからだ。
「スズランと君がしていた恋バナだが……」
またこれかよ! 叫ばなかっただけ褒めてほしい。真剣な顔で何を言い出すかと思ったら……というか、あの時に否定しきれなかったせいで、副団長は私に想い人がいると勘違いしたままなのか。だからと言ってそれが、何だというのが正直な感想ではある。
「あれは、特定の人物を慕っているとかではなくてですね。こういう人が理想だ、みたいなことを話していただけですからお気になさらないでください」
疑わし気に私を見る紫の瞳に言い訳のような言葉が出てくる。これでは、まるで本当に私が好きな人を必死に隠しているみたいじゃないか。
嘘をついているとすればあの時、話していたのが恋バナではなく副団長の企みを阻止しよう大作戦だったことくらい。
「そうか、ならば問題はない。理想を持つくらい誰にでもあることだ。もし特定の人物がいるのならば、こちらからも言わねばならないことがあったからな」
「……あ! もしかして、恋愛禁止の規則に引っ掛かるからですか?」
焦る私に副団長は淡々とした口調で言葉を続けた。それが恋バナを振ってきた人の態度かよと悪態をつきそうになったが、彼の話を頭の中で繰り返して、ようやく思い至る。
この人、普通に規則違反の恐れを感知してただけじゃないか?
「厳密に言うと、規則では女性との交際が禁じられている。君の趣味嗜好は知らないが、君が普段接触しているのはこの騎士団に所属する男性だけだろう」
「つまり、相手が規則違反になると」
やはりそうだったらしい。当たり前だ、副団長が恋バナましてや私の好きな人に興味があるわけないだろ! 私の言葉に「そうだ」と頷いた副団長に申し訳ない気分が湧いてくる。
意外と柔軟な対応を見せたが、違反に厳しいことには変わりない。限りなく普段の様子に近い副団長である。
「君に限って軽はずみな行動はとらないと思っているが、そう言った感情は時に判断を狂わせる」
「僕は、性別を隠している状態です。それに、生きるのに必死でそんな余裕はありませんよ。ですから、副団長の危惧することにはならないと思います」
何となく含みを感じる言い方の副団長が気になりつつも、先ずは疑いを晴らすことが先だろう。恋愛をする気はない、どころか回避することに全力を注いでいるのだからこの言葉に嘘偽りは一切ない。
「そうしてくれると助かるよ。一応忠告しておくが、君の元教育係だけはお勧めしない。奴には愚かで汚らわしい血が流れている」
「け、汚らわしい……?」
感情が読みにくいのは毎度のことだが、あまりに何でもないことのように爆弾発言をした副団長に困惑が隠せず、彼の発言の中で特に印象的な部分を復唱してしまった。
発言の過激さが嘘みたいに副団長は涼しい顔のままだ。私は開いた口が塞がらないというのに。
唐突にユリオプスの悪口を聞かされたが、流石に言い過ぎではないか? 仲が悪いのは分かっていたが、私の想定よりずっと根深いのかもしれない。
「ついでに言えば私もお勧めしない。汚点とすらいえるが、奴と同じ血が半分流れているからな」
「……え?」
未だ困惑したままの私を置き去りに、少しだけ眉を顰めた副団長は更に続ける。心なしか先程よりも低い声に、私と彼に大きな隔たりがあるのだと実感する。
何の話だ、と言いたいところだがユリオプスとの確執の一端がようやく見えた。どうやら二人は両親のどちらかが共通している血縁関係にあるようだ……顔も性格も似ている部分を探す方が難しいくらいだけれども。
「余計なことを話したな。試験の話を続けようか」
「は、はい!」
とりあえず後でこの話は考えよう、副団長が話を変えたため忙しなく私も思考を切り替える。今日は話がコロコロ変わって、感情がジェットコースターどころではない。これ以上変な話があったら、ベルトが外れて吹っ飛んでしまいそうだ。
「試験内容だが、ここから少し先にとある魔物の生息地がある。簡単に言えば、そこの群れのボスを倒すことが合格条件だ」
「野外に行くんですね」
「そうだ、何か気がかりなことでも?」
勝手に試験は本部でやると思っていたが、騎士は外での活動のほうが多いのだから試験も外なのは当然か。
どうやら私の不安が声から伝わってしまったのか副団長は話を止めた。単純に魔物が怖いと言えば怖いが、もっと気がかりなことがある。
「前に副団長が仰ってた、僕が魔物を引き寄せるかもしれない、というのはもう大丈夫なんですか?」
「暫く魔物の動向を観察したが怪しい動きはない、恐らく大丈夫だろう。だが、君を結界の外へ連れ出したことが無いため確証はない」
「……そうなんですか」
私には結界のことも、魔物の行動も分からないためそう言われてしまえば頷くしかない。
あの時も可能性の話だったわけだ、別にいざ出てみたら何ともないっていうほうがあり得るのだろう。しかし、あんな風に脅されて騎士団に入った身としては納得がいかないわけで。オーバサイズのローブの袖をぎゅっと握り込む。
「だが、正式な騎士となれば君も野外で任務を果たすことになる。騎士団本部から出ないという選択肢はない」
「分かりました。騎士になるのですから覚悟を決めます」
勇ましい騎士をイメージして返事をする。虚勢半分、本音半分だ。あまり頼りない印象を植え付けるのも不本意だし、覚悟を決めようと思っている気持ちもある。
それに、現時点で信用があるかは怪しいが、さらに失ってしまうのもこれからの調査に響いてしまうだろう。
「ああ、だから次の訓練からは本部の外で行う。一ヵ月あれば君が狙われていないことも分かるだろう。私がいれば万が一、何かあったとしても対応できるだろう」
「ありがとうございます、それなら試験前に、魔物に異常がないかも見極められますね」
副団長は当たり前だというような顔で話す。表情が得意げという訳では無いが、圧倒的な存在感は確かに魔物程度、彼の敵ではないと納得させられる。
今後、その副団長を敵にする可能性が高いというのは考えないほうがいいか。今日は、彼の企みについては探れそうにないが、訓練で接触する機会は増える。未来の自分に託すとしよう。
「そういうことだ。他に聞いておきたいことはあるか?」
「いえ、今のところは大丈夫です。実戦については訓練の際にまた質問すると思いますが」
少し考えて首を振る。聞きたいことはあるものの、直接聞けることでもない。ついでに、試験についても今の時点では、質問が浮かぶほどのイメージを固められていない。
「ああ。問題ない、それでは見習いの仕事に戻ってくれ」
そういった頃には既に手元の資料に目を落としていた副団長に、邪魔をしないよう小さめの声で挨拶をして部屋を後にした。




