24、思い込みは解決を遅らせる
「アンタの持ってる本……」
「どうしました?」
ユリオプスの呟きに彼の方を見ると、彼の視線は本棚に戻しかけていた魔導書に向けらている。適当に取ったためタイトルすら知らないが、深緑の表紙のそれは他の魔導書と大して変わらない。
「いや、なんでそんな本わざわざ選んだんだよ」
「えっと、『魔物を躾ける100の方法』ですか。適当に取ったんですがなんか物騒なタイトルでしたね」
首を傾げた私にユリオプスは呆れ顔で問いかける。気まずさに負けて目についたものを手に取っただけだったが、彼がそんな顔をするような本なのだろうか?
収めかけた本を取り出し表紙を確認すれば、タイトルは不穏なものの特段おかしなものではない。スズランちゃんも、どこかの国では魔物と共生していると言っていたしこういう内容の本があっても不思議ではないはずだ。
「は? アンタ今、翻訳魔法なんて使ってないよな」
「使ってませんよ。というか、使えないです。どうしたんですか急に……」
ユリオプスの質問の意図が分からず戸惑いを隠さずに言葉を返す。翻訳魔法など使えないし、この大陸の文字すら完璧ではない私では使いこなせないと言ったのは彼自身じゃないか。
「じゃあ、どうしてその文字が読めた?」
「文字? いえ、普通に……うん? これ大陸の文字じゃないですね」
最近はある程度、文字が読めるようになってきている、ユリオプスだってそれは知っているはず。では、なぜそんな質問を? と困惑しながらもう一度、深緑の本を見れば圧倒的な違和感が飛び込んでくる。
何の疑問も抱かずに読んだ本のタイトル。改めて見たら知らない文字だ。何度見ても読めはするのだが、これがどこの文字かは分からない。
最近は見慣れた大陸共通文字でもなければ、もちろんこの世界に存在しない前世で慣れ親しんでいた文字でもない、ではこの文字は何なのか。
「ああ。この蔵書室には色んな国の本が紛れてるんだ。その中には大陸の外から来たのもある。アンタが持ってるのはまさにそうだ」
「これってどこの文字ですか? 読めたもののよく分からなくて……」
本を凝視している私にユリオプスは軽く説明してくれた。確かに蔵書室には見慣れない文字で書かれた本が一定数あるとは思っていたがそういう事情だったのかと、納得するとともに謎が深まる。
「知らない」
「え、その口ぶりで知らないんですか!」
「仕方ねえだろ。翻訳魔法で知らない言語も解読はできるが、どこの文字かまでは分からないし」
「そういうものですか」
バッサリと言い切ったユリオプスに、つい声が大きくなってしまった。いかにも物知り顔で話していたから知っているのだとばかり。
驚いた私にジト目を向けてきたユリオプスは、机に寄りかかりながら怠そうに返事を返す。翻訳魔法の細かい仕組みは理解していないが彼の知識を疑う気はない、そういうものなのだろう。
「もしかしてアンタ、この文字を使ってるとこの出身なんじゃないか?」
「確かに……元々、知っていた感じで自然に読めました。知らない文字だとさっきは感じましたが、もう一度見ると何だか馴染みがある気がします」
彼の推測に少し考えて頷く、知らない文字なのにどこか見覚えがあるような気がして落ち着かない。
ユリオプスに言われなければ、これを知らない文字として認識すらしないで流していただろう。それくらい自然に読めたのだから、記憶を失う前に使っていた文字だと考えてもいいはずだ。
「文字を知らなかった、もしくは記憶喪失で言語まで忘れた。アンタのことはそう認識してたが、この大陸の出身じゃなかったから大陸共通文字が読めなかっただけってことか」
「そうかもしれないです。うっ……!」
ユリオプスに同意しながら、もう少し深く考えようとした瞬間ズキンと強く頭が痛み声が漏れる。氷魔法を発現した時以来の既視感に、何か思い出せそうな気がしたが痛みと同時にその感覚も消えてしまった。
「おい、大丈夫か!」
「少し頭痛がして。もう、なんともないですよ」
「ならいいけど」
急な痛みに頭を押さえた右手を本に戻しながらユリオプスに軽く笑みを見せる。大丈夫だと伝わったのか強張っていた垂れ目がちな目元を緩めた。
「アンタの出身は雪国の貧困村だと思ってたがそれも違うか」
「雪国?」
考え込んでいた私にユリオプスはやや独り言気味に呟いた。彼の発言をいまいち理解できず復唱するように聞き返す。
「文字も読めないなんて今どき、その辺のヤツらくらいだし。アンタが雪景色は見たことあるって言うから」
「あ、そんなことも言いましたね!」
ドキッと心臓が音を立てたが最近の出来事に比べれば大したことはない。来たばかりの頃にやらかした矛盾発言をユリオプスは覚えていて、そこから私の出身を推測していたようだ。
ただ、雪景色は前世の記憶だし、今回のことで私が文字を知らない単純に学のない人間だったというのも否定されたためその推測は違うだろう。
「もし僕がこの大陸の外から来たとして、それって普通にあることなんですか?」
「その文字を使う所がアンタの出身かも、なんて言った手前アレだが多くはない。大陸内なら別国のヤツなんかはそこそこ自由に移動してるが、外となると珍しい」
ふと浮かんだ疑問を口にすれば、ユリオプスは苦いものを食べた時みたいに眉を寄せてぐっと目を細める。
騎士団の人間しか知らないが、彼の言うような大陸の外出身の人には出会ったことがない。魔法があれば大陸間の移動も現実世界より簡単だとすら思ってしまうがそうもいかないのだろうか。
「海を渡るのが大変とかですか?」
「それも大変だし、土地に流れてる魔力が違うせいで大抵のやつは適応できずに体調を崩すから、そもそも長くいられないんだ」
副団長に魔力を流されただけで酷い吐き気に襲われたのも記憶に新しい。あの時のように、体に合わない魔力が自分に流れ混んできたら三分とその土地にはいられなさそうだ。
「そうなると、やっぱり僕もこの大陸の人なんですかね? たまたまこの文字を勉強してたとか」
前世で言えば、慣れない土地の気候が合わなくて体調を崩す的な感じだろうか。聞いた感じではそれより酷そうだ。となると、今まで通りこの大陸の出身と考えた方が無難なのか。
「考えられなくはないけど、これ……たぶん結構マイナーな文字だと思うんだよな。オレはあんまり言語には詳しくねーから何とも言えないけど」
「何かわかったような、分からないような感じですね」
うーんと唸りながらもう一度考えてみる。わざわざ学ぶような文字ではないみたいだし、記憶を失う前の私が何故この文字を読めたのかは分からない。
マイナーな文字を研究する変わり者だったのか、はたまた何かしらの方法でこの大陸に適応した外から来た人間なのか……。
「ま、気を落とすなよ。記憶の手がかりには変わりねえだろ」
「そうですね! 魔法を使えるようになれば記憶も戻ると思ってたんですが全然で……少しでも手がかりが増えたんですし凄い進歩です」
考え込んだ私を、落ち込んだと思ったのかユリオプスは普段より少し明るい声で励ましてくれた。
もし、今日のことが無ければ私はこの文字が読めたことも知らなかった。そして、この大陸の人間ではない可能性なんて考えもしなかったはずだ。彼の言う通りだ、私も声のトーンを上げて明るく同意を示す。
「魔法と記憶……ね。アンタって氷魔法しか使わねえよな?」
「そうですね。他の属性は全く適性がなかったのでおそらくこれからもそのはずです」
彼の問いかけに、散々だった適正検査を思い出す。後で調べたが手に乗せられた物は水、風、氷、炎、光それぞれの属性の力を持つ魔法石と呼ばれる石の欠片だったらしい。
適正を示したのは氷だけであとは絶望的に炎耐性が低いことしか分からなかった。そのため氷魔法以外は練習しても無駄と判断して殆ど調べてもいない。
「属性関係ない魔法は覚える気ないのか?」
「え、そんなのあるんですか?」
何だそれ、初耳だ! 不思議そうな顔でこちらを見ながらそう言ったユリオプスに目を見開く。
「厳密に言うと全く関係がないわけじゃないが、殆ど影響ないのもある。どっちかって言うと必要なのは魔法のセンスと魔力量」
「属性が関係ない……あ、洗脳魔法とかそういうのですね!」
彼の説明を聞いているうちに思い至る。考えてみたら、明らかにこの属性だ! と分からない魔法も存在していた。スズランちゃんが口にしていた洗脳魔法も詳細は分からないが、どの属性にも当てはまらなさそうなイメージだ。
「どこでそんな物騒なヤツ知ったんだよ。他にもっとあるだろ」
呆れ顔でため息をついたユリオプスに苦笑いを返す。確かにこれは出した例が良くない、よりによってグレー寄りの危険な魔法を言ってしまったのか。
「シールド張るやつと、位置がわかるやつも聞いたことあります。あと、翻訳魔法もそうですかね?」
急いで記憶を辿れば、スズランちゃんが言っていたお守りについていた機能を思い出せた。あれも属性の関係ない魔法由来のものだと予想できる。そして、少し前に彼と話題にしていた翻訳魔法もその類だろう。
「まあ、そのへんもそうだな。イメージ的には攻撃に使わない魔法は、属性関係なく技術があれば使えるのが多いぜ」
「知らなかった訳ではないですが、何と言うか……氷魔法以外はそもそも絶対に使えないって思い込んで挑戦すらしてませんでした」
思い込みというのは本当に良くない。勝手に全ての魔法に属性が関係あると思って調べもしなかった私の落ち度だ。反省の気持ちが強くなってきて、気が付けば項垂れていた。
「例えば、昔のアンタがその辺りの属性関係ない魔法を使ってたなら、もう一回覚えて使えば何か思い出すかもしれないだろ?」
魔法を覚えれば記憶に刺激が行くのではないか、というのは副団長の仮説だがユリオプスも否定はしないかった。
氷魔法の精度は上がっていくのに記憶に進展がなく不安に思っていたが、ただ別の魔法に手を出していなかったから刺激が止まっていただけなのかもしれない。
突然に湧いた新たな希望に、思わず顔を上げてユリオプスに力強く頷いた。




